紙の本にも電子の本にもそれぞれよさがある。 『海峡のまちのハリル』 は、 紙の本のよさを最大限活かした絵本だ。
箔押しのタイトル。 一枚一枚手作業で貼られた表紙絵と切手。 切手は柄や貼られた位置が一冊一冊異なる。 この異常に手間のかかる造りのためかこの本の発売は遅れに遅れ、 著者のぼやきが出版社の HP で連載されるほどだった。 けれどそれだけの手をかけただけのことはある、 唯一無二の本になっている。
舞台は約千年前の帝国の都スルタンテペ (トルコのイスタンブール)。 主人公のハリルは学校にも行かず祖父の仕事を手伝っている。 祖父は伝統工芸エブル (水の上に染料を溶かして描く絵、 マーブリング) の職人だが、 最近は国内では古くさいものとして見向きもされず、 注文が減っている。 そんな中、 異国の商人なかむらはエブルの美しさを高く評価し、 輸出用に大量の注文を入れる。 なかむらの息子たつきとハリルの交流を通じて、 エブルの描き方が紹介される。
ふたりがエブルを描くための画材を探しにバザールの奥へ奥へと入っていく様子、 エブルの描き方を学んでいく様子には、 読んでいるこちらも同じ体験のなかに巻き込んでいくような臨場感がある。 このあたりの描写は実際に現地でエブルの描き方を学んでいた著者の経験が存分に活かされているのだろう。
挿入されているエブルも美しく、 本の構成により自分が実際にエブルが仕上がったところを目の当たりにしたような感動がある。
どの国でも似たような状況かもしれないけれど、 いま伝統を受け継いでいくのは本当に大変なことだ。 千年前のイスタンブールで、 ハリルのおじいちゃんのように、 それでも次に繋いでいこうと情熱を燃やしてきた人達がいた。 古くさいと言われながらも昔からの素材を使い技法を変えず守り作り続けてきた。 だからエブルは現代に残っているのだが、 私は商人なかむらと息子たつきの存在にも注目したい。 エブルの価値を理解し、 自国にその美しさを伝えようとした情熱。 技法を学ぼうとする好奇心。 彼らのような存在もまた、 エブルの存続に必要だった。 日本人のなかむらは未知なる良いものを求めてトルコまで旅し、 エブルと出会った。 エブルは古いものだというのが大衆の認識であったところに、 新たな価値観で良いものを見いだす人が現れて風穴をあけていく。
この物語の主人公ハリルは、 航海に出たままの父の帰りを待っている。 ハリルとたつきはふたりの国の伝統を合わせた祈り方を日々重ねて無事を願う。 ふたつの国が出会って生まれた希望。 変わらないものと新たに生まれるもの。 受け継がれて続いていくもの。 エブルという伝統工芸の魅力を存分に伝えてくれる一冊だった。