Pの刺激

第14話: 『妄想老人日記』

Avatar photo書いた人: 杜 昌彦, 投稿日時: 2022.08.25

羅門生之介さん行方不明
深夜、埠頭で高波に呑まれる」

 今朝午前二時過ぎ、『街で最凶の美女』『洟垂れ! 少年時代』などの著作で知られる作家、羅門生之介さん( 72 )が青葉埠頭で大型バイクを運転中、高波に呑まれて消息を絶った。地元ダイバーの協力で捜索が続けられているが、生存は絶望視されている。目撃者の証言によると羅門さんのバイクは制限速度を超えていた。追走する車を振り切り、海へ突進したように見えたという。この車を運転していたのは羅門さんを担当する編集者、宍戸菱康さん( 33 )。警察と消防では、宍戸さんに事情を聞きながら事故原因を調べている。
 青葉市全域には当時、暴風・大雨・波浪警報が出ていた。

「羅門さんとの親交で知られる地域経済人、支倉秀一郎さんの談話」
 若い頃から破滅型の作家だった。最近は妄想や幻覚に悩んでいたようだ。思い留まらせようとした編集者を振り切り、嵐の海へ突っ込んだというが、ありそうな話だ。覚悟の自殺だったのではないか。

「解説・出版界の動向に詳しい書評家、沼元秋樹さん(青葉市在住)」
 奇行ともいえる言動で物議を醸した作家だが、出版史に残るベストセラーを量産した。技術は高いが個性に乏しい新人が増えている。文壇や出版業界は大きな痛手を被るだろう。偉大な才能を失った。
(『青葉新報』九三年○月×日付朝刊)

「出版界に広がる動揺
市内各書店で追悼フェア」

 人気作家の行方不明事件は、大手出版各社に大きな衝撃を与えた。最近業績を伸ばしたある社では、復刊や文庫化を含む羅門さんの著作が前年度売り上げの九割を占めたという。
「業界は羅門文学で保っているといって過言ではない。頼り切っている現状だ」(大手取次営業)
「時代の空気を巧みにすくい取る作家だった。今後は未発表作の発掘が進むだろうが、新作ではないという憾みがある。巨人の不在が出版景気にどう影響するか。危惧が囁かれている」(某社文芸担当)
 羅門は最後の無頼派と呼ばれ、世界的にも評価が高い。事件は海外でも大きく取り上げられた。「サムライの死」(NYタイムズ)といった紋切り型が並ぶなか、太宰や三島の自殺と比較する報道も多い。三年前に『洟垂れ! 少年時代』が翻訳出版され、「羅門熱」と呼ばれるブームが起きた中国では、政治的な暗殺の噂まで広がっている。
 事件には不可解な点が多い。また羅門には実人生を演出する癖があったことも知られている。このことから事件は仕組まれた失踪劇であり、彼は生存しているとする憶測も内外の一部で報道されている。
 市内の書店では事件を受けた動きが見られた。協周書店駅前店・文芸書担当の古本在子さんは、朝のニュースで事件を知り、在庫をかき集めて特集コーナーを設けた。売れ行きは好調という。
「今後も伸びると思いますが、新刊が出ないことを思うと心配ですね」(古本さん)
 市内の各店は嬉しい悲鳴をあげている。特設レジを増やしたり、商品の確保に努めるなど対応に追われていた。早くも品切れとなり、増刷の入荷まで数ヶ月待ちの店もある。普段はビジネス書しか読まない並平凡人さんは、デパートの特設売場で文庫本を二十冊も購入。小説を手にするのは羅門の処女作『獣と暮らし過ぎて、魂の箍が外れても何ともなくなった男の手記』以来という。
「ほかの作品もいつか読みたいと思っていましたが、まさかこんなことになるとは」と驚きを隠さない。「生之介の新刊が出なければ、読書はますます縁遠くなりますね」
(同紙同日付夕刊)

「青葉市カルト集団自殺
教祖、信者を道連れに
三百名以上犠牲か?
炎に包まれる施設
睡眠薬使用の疑いも」

(『読経新聞』翌日付朝刊)

「新興教団火災
施設に火を放ち
犠牲者三百名以上
幻覚剤を服用か?
運び出される遺体、続々と」

 今朝二時五〇分頃、青葉市中央区米蔵三丁目の宗教法人「本多羅教」道場で火災があった。犠牲者は三百名以上にのぼる模様。教団は以前から夜中の騒音など、近隣とのトラブルが絶えなかった。
 警察の調べによると、犠牲者の多くは覚醒剤を使用していた。大勢が意識を失い、動けなくなったところへ、灯油のようなものが撒かれて火をつけられたと見られる。教祖が末期癌だったとの証言もあり、信者を道連れにした可能性もある。情報が錯綜しており、詳しい事情はまだわかっていない。
 消防の消火活動が続く中、大勢の見物人が集まり、遺体が次々と運び出されるなど、現場は騒然とした雰囲気に包まれた。(二、三、三三面に関連記事)
(『青葉新報』同日付朝刊)

「人気アニメ『炎のメモルちゃん』放送延期」
 テレビ関東は視聴者の感情を顧慮して、当番組の放送を中止することを発表した。主人公が錠剤を服用して炎に包まれ、変身する場面が含まれるため。再開は未定。

「清涼飲料CMも中止」
 プッカコーポレーションは「脂肪燃焼飲料バニッシュ!」のテレビCMを中止した。キャッチコピー「飲んで燃やせ!」が、消費者に事件を連想させるのを懸念したという。
(『毎朝日報』同日付朝刊)

「青葉市自殺教団
不況を背景に急成長
勢力拡大の裏に
向精神薬で信者獲得?」

(『週刊毎朝』九三年○月○日号)

「呪われた街 !?
青葉市謎の二大事件
『私は見た!』羅門亡霊出没の噂も」

(『週刊ホスト』同日号)

「青葉市の黒い噂
二大怪事件の接点は『脳が溶ける薬』?
地方都市に広がる汚染
無頼派文豪も犠牲者」

(『週刊文椿』同日号)

「琴之台公園でファンの集い『羅門は生きてる!』」
 昨日、青葉市中央区の琴之台公園で、羅門生之介の愛読者の集い「 Too tough to die  羅門は生きてる!」が行われた。先日出版された未発表短編集『左のポッケに黒死病』の販売促進を兼ねたイベント。大手出版社が主催した。
 昨年の事件から広まった生存説に、出版社が便乗した形だ。熱心な羅門ファンとして知られる女優の鹿山美帆菜かやまみほなさん、歌手の妃央南ひおな凛子さん、茶川賞作家の礼文都千虎れいもんどちとらさんのトークショーのほか、妃央南さんのミニライブも行われた。羅門の詩を元にした新曲「現実世界を越えて——誰がおれを変えられる?」が披露されると、会場に集まったファンから歓声が上がった。大事件が続いた昨年の青葉市とは打って代わり、会場は終始和やかな雰囲気に包まれた。
 大手取次店や市内の書店関係者の話によると、関連書籍の売れ行きは次第に鈍っているという。新刊が売り上げ上位を占めるのは数週間に留まる。「邪悪な神」(業界関係者)とまで呼ばれた圧倒的な人気は下火になりつつある。自殺教団事件との相乗効果で話題となった青葉市の「伝説」に、出版社もすがらざるを得なかったか。
(『青葉新報』九四年×月×日付朝刊)

『妄想老人日記』連載第六六六回 九三年○月某日 午前三時半
 呑みてぇ、楽してぇ、女とやりてぇ……! お馴染みの監視役、獅子ド君はそこまで気が廻らん。焦らされた女の蜜みたく芸術が溢れ出すにゃ、チョイとばかし生命のエキスが必要さ。この世に男と生まれついたら、カタいのは頭じゃ困るってこった。例のデカい逸物はどうなったかって? ふん、大きなお世話だ。モリモリとひり出されてるから安心しな。読者諸君にだけ特別にお教えしよう。そいつには黒いアバズレが登場する。諸君をたらし込んで破滅へいざなう魔性の女よ。おれはこいつをドンペリで流し込み(芋が原料のドンペリさ)、溢れるご託宣を書き留めてるってわけだ。畳の縁から泥が噴き出し、キーの隙間や積んだ本から蔓が生えやがる。気がつきゃ密林に文机を構え、樹のうろを睨んでサルノコシカケを叩いてる塩梅さ。
 猿といや昔なじみのエテ公だ。今も勝手口から侵入して来やがる。曲がった背中で翼をバタつかせてな。まったく腐った魚みたいに臭いやがる。てめえの書かれようが気になるらしい。キーキー騒いで軍勢を呼び集める了見なのさ。金と権力の亡者ってのはあんなのをいうんだな。息子の嫁の親父とは信じられんぜ。奴とは郵便屋時代に知り合った。ガリ版刷りの投稿が気に喰わねえ、とねじ込まれたのがキッカケさ。おれはただ酒がもたらす世迷い言を書き連ねただけなのにな! 親友気どりでつきまとっちゃ、助言と抜かして因縁をつけやがる。イッソ本気で笑いもんにしてやろうと考えた。後ろ暗い秘密をたっぷり盛り込んでやったぜ。ちっぽけな街を見下ろす豪邸で、黒い神を操ったつもりの勘違い野郎。世間にバレたら見ものだな。……おおっと、これ以上はバラせねえ。大傑作が書店に並ぶ日を請うご期待さ。ワッハッハ!
(『日刊勝馬スポーツ』九三年○月×日号)

 羅門生之介  Shounosuke Ramon (1930-1993)
 一九三〇年、青葉市で生まれる。二歳で中国東北部へ家族で移住、十歳で母親の自殺を期に帰国。高校卒業後、地元の雑貨店に就職するが精神病を理由に馘首。五五年まで国内各地を放浪。無頼の生活を送る。
 五四年、最初の詩をカストリ雑誌に発表。六二年からは郵便局に勤務しつつ、ミニコミ誌に随筆や短編小説を投稿するようになる。七〇年、アングラ劇団の看板女優を妊娠させて結婚。最初の短編集『獣と暮らし過ぎて、魂の箍が外れても何ともなくなった男の手記』が出版される。昼は郵便局で働き、夜は詩や小説を書く生活を十年間続ける。八〇年、五〇歳で郵便局を辞めて作家活動に専念。九三年に謎の失踪を遂げるまで推計五百作に及ぶ著作を発表。その後も未発表作が次々に発見され、刊行されている。
 失踪後、年齢の詐称が発覚した(引用した記事は未訂正)。『PUNK』は作家とともに所在不明となった幻の長編小説。常に研究者の論争の的となっている。『妄想老人日記』は八二年から途絶までの十年間、競馬新聞に不定期連載された。引用した最終回が遺作となった。
 主な著作に『街で最凶の美女』(月潮社)、『日雇い!』『郵便屋稼業』『ブラウン管の糞爺』(勉塾社)、『女と自称詩人ども』『洟垂れ! 少年時代』『生之介の酔いどれ紀行』(黒河書房新社)など。また彼の作品を原作とした映画に『居酒屋無頼』『黒い熱を帯びた月』『街で最凶の美女・ありがちな狂気の物語』など。


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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