Pの刺激

第4話: 家出少女の救出

Avatar photo書いた人: 杜 昌彦, 投稿日時: 2022.08.25

どんな仕事にもお定まりの手順はある。家出少女捜しには刻文町から手をつけるのが定石だ。青葉市一の歓楽街。キャッチとぼったくり、ヤクザと風俗の街だ。駄洒落の店名と毒々しい電飾、アイドルの集合写真を無断転用したパネル、脂っこい排気を吐き出す換気扇。電柱脇のぱんぱんに詰め込まれたゴミ袋の山。立て看板や電柱をピンクちらしやフライヤーが蛾の群のように覆っていた。
 郁夫は携帯を見た。四時。気の早い店は仕込みを終えて営業をはじめていた。女たちの多くは出勤前。聞き込みはあとまわしだ。ゲーセン巡りから取りかかった。
 低音が誇張された流行歌や割れた電子音。繰り返されるアニメ声。明滅する閃光、ヘッドセットで店内アナウンスする店員。掲示板には貼り紙がいっぱいだ。新作ゲームやバイト募集の告知。景品の獲り方の解説。細かい文字がびっしりの紙もあった。三軒目で早くもビンゴ。UFOキャッチャー前に中年男といるのを発見した。
 暮らしぶりで容貌は変わるし、化粧や服装で別人に見えることもある。わかっていても郁夫は戸惑った。濡れ羽色の爆発ヘアー。濃いマスカラに痣のようなアイシャドウ。黒マニキュア。悪意の冗談めいたフリルだらけの黒ドレス。腕を覆い隠すように巻きつけた毒々しいバンダナ。編み上げ靴の爪先には金属が入っていそうだ。変わらないのは広い額と陰険な眼つきくらい。椎奈は中年男を無視してガラスケースの景品を睨んでいた。
 男のほうは大学教授と営業マンの中間に見えた。渋茶色のジャケットにパンツ。細い縦縞のマオカラーシャツ。頑丈そうなビジネス鞄、履き込まれた革靴。角張った顔にゴルゴ風の太い眉、筋の通った鼻、蛙めいた大きな口。整髪料で後ろへ撫でつけた髪。椎奈に辛抱強く話しかけていた。価格交渉だろうか。
 郁夫は歩み寄って男の肩に手をかけた。男は困惑したように振り返る。「私に何か」
「この子はおれが預かる」
 椎奈は眉根を寄せてレバーを操作した。クレーンが賞品のタグを引っかけ、オルゴール風の電子音とともに緩慢に吊り上げる。男は椎奈に助けを求めようとした。その肩を郁夫がつかんで引き離した。
「触るなといったろ!」
 男はよろめいて高校生の集団にぶつかった。制服をだらしなく着崩した若者たちは将来に夢を抱いているようには見えなかった。いてえ、なんだこの親爺。と叫んで中年男と郁夫に詰め寄った。他の客たちが携帯を構えた。シャッター音が少ないのは動画を撮っているからだろう。
 郁夫は抗弁した。「その援交野郎が悪いんだ!」
 不良集団は戸惑って顔を見合わせた。
「私は変態じゃない」中年男が叫んだ。「その子の担当者だ!」
 店内にざわめきが走った。誰、有名人? 知らない……。
 不良集団は拳の関節を鳴らして包囲を狭めた。郁夫は狼狽してあとずさった。編集者だって? 話が違うぜ。不良は掌で郁夫の胸板を押した。郁夫はよろめいてガラスケースにぶつかった。椎奈が悲痛な声を発した。縫いぐるみは取出口の間際で落下した。
「ざあん念!」UFOキャッチャーがわめいた。「もっと続けるぅ?」
 椎奈が陰険な目で振り向いた。郁夫はたじろいだ。観客は静まり、電子音の喧騒が際立った。
 椎奈はゆっくりと明瞭に発音した。「糞野郎」そして郁夫を蹴った。
 郁夫は悲鳴をあげて脛を押さえた。中年男は椎奈と連れ立って去ろうとした。その行く手を不良集団が阻んだ。
「待てコラおっさん、お前もだ」
 不良は男の肩をつかみ、振り向いた頬を殴りつけた。男は両腕を拡げて倒れた。ガラスケースが砕け散り、料金箱から硬貨がざあっと吐き出された。非常ベルが鳴った。その音に負けない金切り声がした。奇妙な黒ずくめの三人組が椎奈を連れ去ろうとしていた。デブとノッポ、柔道でもやっていそうな体格の男。いずれもダークスーツに黒ネクタイ、サングラスといった扮装だ。いかにも怪しい……。
 いやいや、と郁夫は頭を振った。人を見かけで判断してはいけない。
「何すんのよ痴漢!」椎奈はわめいた。
「厭がってるだろ。離してやれよ」
「警察呼ぶぞ!」
 見物人が見かねて割って入った。三人組が反撃して揉み合いになる。ひとりが周囲を巻き込んで倒れた。悲鳴が上がった。誰かの攻撃がそれて別人をぶちのめした。その別人がさらに別人を殴った。制止した者が突き飛ばされてやり返した。巻き添えが巻き添えを呼んだ。
 乱闘になった。機器が火を噴いた。ガラスが割れて景品がぶちまけられた。縫いぐるみが飛び交った。小瓶が壁で砕け散り、安香水の匂いが立ちこめた。有線の音楽だけが変わらず陽気だった。
「お客さんやめて、お願いですから!」
 おろおろする店員が張り倒され、乱闘に引きずり込まれた。
 悲鳴。罵声。電子音やループ音声の叫び。両替機が倒れて硬貨が溢れた。シーリングファンに怪獣フィギュアが命中した。羽根が火花を噴いて傾き、落下した。ゲーム機の爆発音とともに大勢が下敷きになった。
 郁夫が椎奈を発見してからわずか数分の騒ぎだった。
 デブとノッポが混乱に乗じて椎奈を羽交い締めにした。椎奈は狂った機関車のように暴れた。郁夫と編集者は手近なフィギュアをつかみ、デブとノッポを殴りつけて昏倒させた。残りのひとりは乱闘に巻き込まれたらしく見当たらなかった。警察のサイレンが近づいた。郁夫と椎奈は裏口へ抜けて路地へ紛れた。編集者がそのあとを追った。回転灯の光が背後を過ぎた。


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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