Pの刺激
第1話: プロローグ 「悪夢潜り」の誕生
これは世界の終わり
の物語が書かれた本
を読み耽る傴僂の猿
を閉じ込めている檻
の建つ荒れ果てた丘
が見下ろす小さな街
を覆い尽くす黒い霧
が呼ぶ世界の終わり
の物語が書かれた本
——羅門生之介『PUNK』
記憶の始まりは炎の中。郁夫は十一歳。それ以前の記憶は炎にかすんだ。いわば火中から現実世界へ産み落とされたようなものだ。
儀式は教祖の死を合図にはじまった。白装束の信者は髪を振り乱してお題目を叫び、ひとり、またひとりと倒れた。全員が昏倒するのを見計らって幹部らが祭壇を押し倒した。燭台の火は競い合うように駆け巡った。障子がぱっと燃え上がり、炎が柱を舐め上げた。幹部らは火の壁の向こうへ姿を消した。
皮膚が炙られ髪の毛が縮んだ。幹部らの気配が消えるのを待って郁夫は顔を起こした。すでに周囲は火の海だった。炎のほかに動くものはない。郁夫は黒い錠剤を吐き出した。唾は薄墨のようだった。
視界が霞むのは煙のせいばかりではない。信者らの体をなぶる炎のあいだから悪鬼がこちらを窺う。消防車のサイレンや野次馬の声は現実なのか。溶けた薬で舌が痺れた。炎の壁が押し迫った。
思わぬ声が聞こえた。「郁夫こっちだ!」
教祖の息子だった。炎と煙に遮られて表情までは見えない。
「何してる早く。こいつで息をしろ」
濡れた布を放られた。どうにか受け止めた。確かに実体のある感触だ。ついて来いと郁夫に合図し、若様は身を翻して駆け出した。まるで正しい道が見えているかのように。
はめられているのか。だとしてもほかに道はない。あとを追って走った。火の粉や落下物をかいくぐり、他人の手足を踏みつけて走った。火勢が弱いほうへ、空気が流れ込んでくるほうへ。生へ向かって。
「諦めるな。最後まで見届けるんだ」
どうしてひとりで逃げない。なぜいつもおれを特別扱いする。もっとマシな道連れがいるだろうに。
その問いは届かなかった。高い天井が大きくたわんだ。燃え盛る梁や瓦が一気に崩落した。若様は炎に呑まれた。間際の声が記憶に焼きついた。
「私の分まで生き延びろ。現実の人生を!」