Pの刺激

第1話: プロローグ 「悪夢潜り」の誕生

Avatar photo書いた人: 杜 昌彦, 投稿日時: 2022.08.25

これは世界の終わり
の物語が書かれた本
を読み耽る傴僂せむしの猿
を閉じ込めている檻
の建つ荒れ果てた丘
が見下ろす小さな街
を覆い尽くす黒い霧
が呼ぶ世界の終わり
の物語が書かれた本
——羅門生之介『PUNK』

 記憶の始まりは炎の中。郁夫は十一歳。それ以前の記憶は炎にかすんだ。いわば火中から現実世界へ産み落とされたようなものだ。
 儀式は教祖の死を合図にはじまった。白装束の信者は髪を振り乱してお題目を叫び、ひとり、またひとりと倒れた。全員が昏倒するのを見計らって幹部らが祭壇を押し倒した。燭台の火は競い合うように駆け巡った。障子がぱっと燃え上がり、炎が柱を舐め上げた。幹部らは火の壁の向こうへ姿を消した。
 皮膚が炙られ髪の毛が縮んだ。幹部らの気配が消えるのを待って郁夫は顔を起こした。すでに周囲は火の海だった。炎のほかに動くものはない。郁夫は黒い錠剤を吐き出した。唾は薄墨のようだった。
 視界が霞むのは煙のせいばかりではない。信者らの体をなぶる炎のあいだから悪鬼がこちらを窺う。消防車のサイレンや野次馬の声は現実なのか。溶けた薬で舌が痺れた。炎の壁が押し迫った。
 思わぬ声が聞こえた。「郁夫こっちだ!」
 教祖の息子だった。炎と煙に遮られて表情までは見えない。
「何してる早く。こいつで息をしろ」
 濡れた布を放られた。どうにか受け止めた。確かに実体のある感触だ。ついて来いと郁夫に合図し、若様は身を翻して駆け出した。まるで正しい道が見えているかのように。
 はめられているのか。だとしてもほかに道はない。あとを追って走った。火の粉や落下物をかいくぐり、他人の手足を踏みつけて走った。火勢が弱いほうへ、空気が流れ込んでくるほうへ。生へ向かって。
「諦めるな。最後まで見届けるんだ」
 どうしてひとりで逃げない。なぜいつもおれを特別扱いする。もっとマシな道連れがいるだろうに。
 その問いは届かなかった。高い天井が大きくたわんだ。燃え盛る梁や瓦が一気に崩落した。若様は炎に呑まれた。間際の声が記憶に焼きついた。
「私の分まで生き延びろ。現実の人生を!」


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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