シュウ君と悪夢の怪物

第5話: 悪との対決

Avatar photo書いた人: 杜 昌彦, 投稿日時: 2022.08.19

どういうことなの」
 チカ先生は腕組みして、シュウ君を見下ろした。
「聞いてたでしょ。あなたの話とかなり違うみたいだけど。納得いくように説明してもらいましょうか」
 シュウ君はテーブルにぺったり座っていた。ぬいぐるみなので顔は変わらない。でもノベルには、タジタジとなっているのが見てとれた。彼もこの先生が苦手なのだ。
「ええっと……つまりそのう……」
 シュウ君はしどろもどろ。チカ先生がいらだったそのとき、テーブルの携帯電話が振動した。
「はい……ええ、いますよ。つい十五分ほど前に。……ええ。住所わかります?」
 会話が終わるのを待ちきれない。ノベルは口を挟んだ。
「父さんから?」
 チカ先生は頷いた。
「鮎香ちゃんのことを担任の先生から聞いたんですって。急いで新幹線に飛び乗ったそうよ。あなたがマンションにいないから、もしかしたらって。……ええ、代わります」
 ノベルは携帯を受けとった。車の中らしい音が聞こえる。
「心配させてごめん。大丈夫だったのに……」
「バカ。心配すんのが親の仕事だ」
「口ばっかり」
 いつもの憎まれ口のつもりだった。父親は一瞬、黙った。
「おまえがしっかりしてるから、つい頼りすぎて悪いと思ってる。何があったか教えてくれるか」
 ノベルは先生とシュウ君を見た。シュウ君は視線をそらした。チカ先生は励ますようにうなずいた。
「あのさ……父さん、昔SF書いてたよね」
「おまえの生まれるずっと前だな」
「あの小説くらい変な話なんだ。信じられないだろうけど、最後まで聞いて」
「チカ先生には話したんだろ? 話せよ」
 ノベルはすべてを包み隠さずに話した。言葉に詰まると、チカ先生が代わってくれた。交代で説明するあいだ、父親は静かに聞いていた。疑問も挟まなかった。
 話し終えたところで表に車の停まる音が聞こえた。父親がお金を払ってタクシーを降りた。階段をのぼってくる音がして、呼び鈴が鳴った。電話の向こうでも聞こえた。
 チカ先生が玄関に出て鍵をはずし、扉を開けた。
 ノベルの父親が立っていた。
「よお」
「ひさしぶり」
 親子は見つめ合い、同時に電話を切った。チカ先生は押し入れから、新しいクッションを持ってきた。
「どうぞ。お座りください」
「はあ、どうも」
 父親は軽く頭を下げ、あぐらをかいた。そしてテーブルのぬいぐるみを見下ろした。
「ひげ、もっときれいに剃りなよ」
 シュウ君が無遠慮に指摘した。
 父親は眉をあげ、息子と先生を見比べた。
「これが……?」
「そうよ」
「見ての通り」
 父親はシュウ君を手にして、しげしげと見つめた。
「よくできてるな。どうなってんだ?」
 父親はだれもがするようなことをした。手足をピコピコ動かし、さまざまな角度から眺める。先生とノベルは、飽きるまでさせておいた。
 シュウ君は新体操めいたポーズをとらされた。顔をむにゅーっと歪められもした。それでも抗議せず、じっとおとなしくしている。彼にしては立派だとノベルは思った。
「ぐ、ぐるじい……」
 ついにシュウ君は音をあげた。父親は彼をそっとテーブルに降ろした。
 シュウ君はふーっと大きく息をつき、うんざりしたように言った。
「もう気が済んだ、おじさん?」
「どうやら信じないわけにはいかないようだ。息子はいつだって正しい」
 百点満点の答案を見せられたときも、父親はこんな複雑な顔をしたものだ。
「で、どうやって退治するんだ。その人喰らいってのは」
「それだよ。ずっと気になってた。あの青い光でやっつけちゃえばいいのに。なんでそうしなかったの」
「きみさえ邪魔しなきゃ、そうしてたさ。テレパシー爆弾はもう通用しない。あれが最後のチャンスだった。やつは前より強くなってる。もう、ぼくの手には負えない」
「じゃあどうしようもないっての?」
「ひとつだけ方法が。みんなの力を借りる必要がある」
「もったいぶらないで教えなさいよ」と先生。
「やつには弱点があるんだ。安心感が苦手なのさ。家族や友だちから信頼された子どもを前にすると、混乱して力を失う」
「竿をふりまわすとコウモリが落ちるようなもんだな」
 父親がそう口を挟んだ。
「人喰らいは『不安』に頼って生きてるわけだ。クジラにとっての地磁気や、コウモリにとっての超音波みたいに。人間でいえば、急に目が見えなくなるようなものだ」
「おじさん、うまいこと言うね」
「もっとわかりやすくお願い」
 先生は辛抱強く言った。
「愛されてる子どもから可能性は奪えないってことさ」
「それは例え話じゃないのね?」
 チカ先生の問いかけに、シュウ君はうなずいた。
「その実感が強まったときがチャンスさ。みんなの気持ちを収束し、攻撃する」
「しゅうそく?」
 父親はノベルに教えた。
「一点に集めることだよ。太陽の光をレンズで集め、紙を焦がようなものさ」
 チカ先生は顔をしかめた。
「よくわからないけれど……みんなが鮎香ちゃんを大切に思えば、そいつをやっつけられるの?」
「そういうこと」
 シュウ君は得意げに胸を張った。
 ノベルは幽霊屋敷での経験を思い出した。四人の気持ちがひとつになった、あの瞬間。人喰らいは確かにひるんだように見えた。そのことをみんなに話した。
 大人たちは考え込んだ。
 間の抜けたところのある父親と、怒ると恐いチカ先生。対照的なふたりなのに、どこか似通った雰囲気を感じる。夫婦だった頃の父母より、ずっとなじんで見えた。ノベルはそれまで、陣内先生は父親に似ていると思っていた。でも彼がチカ先生と並んだら、きっとちぐはぐな印象を受ける。
 この奇妙な発見に、ノベルはとまどった。
「肝心なことを聞き忘れてたな。人喰らいは今どこにいるんだ」
 父親がシュウ君に尋ねる。大人が真顔でぬいぐるみに話しかけるのは、変な感じがした。それがチカ先生だと、なぜかおかしくも何ともない。
「ノベルの話じゃ、異次元に消えたそうじゃないか」
「やつはあの廃墟が気に入ったんだ。巣にしたに違いない。きっとまだいるはずさ」
「隠れてるってこと?」
 シュウ君はノベルにうなずいて見せた。
「時空の隙間にもぐりこんでるんだ。うまく攻撃すれば、あぶり出せるよ」
 ノベルの父親が口を開いた。
「人喰らいが可能性を奪うのはいつだ。子どもを捕まえてすぐなのか」
 チカ先生は唇をかんでうつむいた。彼女にとっても鮎香は大切な生徒なのだ。
「はっきり言ってよ。鮎香はもう助からないの?」
 と、ノベルは言った。
「生きてさえいればいい。だめな大人になっても、みんなで一生助けてやれば……」
「それは違うぞ、ノベル。人間には必要なんだ。何でも自分でやれるってことがな」
 父親が静かに言った。それからシュウ君に尋ねる。
「どうなんだ」
「まだ望みはあるよ」
 チカ先生が顔を上げた。
「本当?」とノベル。
「やつは子どもを捕まえても、すぐには手をつけない。菌糸で手足を縛ってほっとくんだ。弱って気力を失うまでね。『だれも助けに来ない。自分はひとりぼっちだ。幸せはもう戻らない』……そう悟ったとき、可能性は体からひとりでに離れる。やつはその瞬間を待つのさ」
 父親の顔つきに、ノベルは衝撃を受けた。彼がその気持ちを知っているのがわかったのだ。
 ノベルは祖父母の顔を知らない。どんなひとたちだったかさえ、話してもらえない。母親との結婚がうまくいかなかったのも、そのせいだとノベルは知っていた。
「それが食べ頃なんだ。やつは可能性を吸い込む。じゅるっとね」
 ノベルは顔をしかめた。シュウ君はまるで、わざと残酷な言い方をしているみたいだ。チカ先生もむっつりしていた。
 どっこらせ、と父親が立ち上がった。その体は大きく見えた。
「善は急げだ。手遅れにならないうちに、助けだそう」
「警察には?」
 チカ先生が珍しく、間の抜けたことを言った。ノベル親子はかぶりを振った。
 シュウ君があきれたように言う。
「なんて通報するのさ。いたずら電話だと思われるよ」
 ノベルの父親は玄関で振り向いた。
「子どもは、愛されていればいいんだよな。大人はどうなる?」
 ノベルもシュウ君も、きょとんとした。チカ先生だけがその意味を理解したようだった。ノベルにはその顔が、ひとりぼっちの小さな女の子みたいに見えた。
「親だって人の子だ。何か身を守る方法はないのか」
 ノベルに抱え上げられながら、シュウ君が答える。
「幸せだった頃の記念品とかない? そういうのを身につけるといいよ。お守りみたいにね」
「あいにく大人には、そんなものはない。だから子どもを大切にするんだ」
 ずっと言いたくてがまんしていたかのように、チカ先生が怒って言った。
「周世さんはノベル君を大切にしてきたんですか」
 大人たちはにらみ合った。
 ノベルはうんざりして、話題を変えようとした。
「みんなの気持を『しゅうそく』するって、どうするの?」
「幸せな気分を思い出すんだ」
 と、ノベルの腕のなかでシュウ君が言った。
「そして信じる。みんなが信頼しあい、助け合って生きていけるってね」
「そうすると人喰らいが弱って出てくる?」
 シュウ君はうなずいた。
「そこをぼくが、菌糸の網で捕まえる。繭みたいに閉じこめるのさ」
 チカ先生はクローゼットの「作品」をかき集め、トートバッグに入れた。文庫本をたくさん読むともらえるやつだ。先生の小型車は、近所の駐車場にあった。運転は先生がした。助手席に父親。後部席にノベルとシュウ君が座った。
 先生とシュウ君には、マンションの前で待ってもらった。エレベーターでノベルは言った。
「父さんのナイフを借りたよ」
 父親はかすかに眉を上げ、ノベルを見た。そして階数表示のランプへ視線を戻した。
「やるよ」
「え?」
「あれはおまえのひいじいさんの形見だ。戦争にも持ってったらしい」
 そんな話をしてくれたのは初めてだった。もっと詳しく聞きたかった。
 かごが止まって扉が開き、話はそれきりになった。ノベルは父親の背中を追った。
 戻ってきた親子に、シュウ君が尋ねた。
「何を持ってきたの」
 内緒、とノベルは答えた。折りたたみナイフはまだポケットに入っていた。見せるものではないと思った。
 父親は写真立てを背後に隠そうとした。ノベルの代わりに、チカ先生が言った。
「別れた奥さんのことは忘れなさい。そんな大きいもの、持ち歩けないでしょ」
 父親はばつが悪そうだった。ノベルにうなずきかける。
「そうだな。おまえがいれば十分だ」
 チカ先生は幽霊屋敷の塀の脇に車を停めた。ノベルがペンライトで先を照らしながら先導した。
「ふんふん……臭うぞ!」
 シュウ君が小声で言う。先生のバッグから顔を出していた。
「やつはまだあそこにいる。まちがいない!」
 父親が段梯子をのぼった。
「開けるぞ」
 父親が扉を押し開け、はい上がる。ノベルがあとを追った。先生も続いた。
 父親は携帯電話の光で、ノベルはペンライトで屋根裏部屋を照らした。シュウ君が叫ぶ。
「みんな離れないで!」
 互いにぴったりと寄り添って、シュウ君に教わったとおりに精神集中した。
 チカ先生は教え子たちのことを、父親は息子との十年を思い出しているのだろう。ノベルは何もない空間をにらみつけた。黒い渦が消えたあたりだ。三人組やシュウ君のこと、チカ先生や両親のことを念じる。
 どこからともなく、黒いモヤが漂った。ちょうど墨汁を垂らした水みたいに見えた。
 シュウ君がささやく。
「いいぞ、その調子……」
 屋根裏部屋に黒いモヤが満ちる。魚の腐った臭いが立ちこめた。
 ノベルは急に気分が重くなった。まるで全身の毛穴から闇に侵入されたみたいだ。鮎香が連れ去られた記憶がよみがえる。惨めな絶望、ふがいなさ……。
「ノベル君、集中して!」
 シュウ君の声で、ノベルは我に返った。危なく取り込まれるところだった。雑念を振り払い、大切な人たちを思い浮かべる。父親。チカ先生。シュウ君。頑太に秋彦——それに鮎香。
 彼らとの心のつながりを意識した。
 父親とチカ先生が左右からノベルの手を握った。
 臭いが強まり、風がうなった。みんなの髪が乱され、服がはためく。モヤが凝集し、人影が滲み出てきた。現像液に晒された印画紙みたいだ。じわじわと形を結ぶ。
 人喰らいの姿が浮かび上がった。蛇みたいな目が、ノベルたちを捉えた。曲がった背中を覆う針状の鱗。鋭い牙、かぎ爪。もう人間みたいには見えなかった。
 人喰らいは鮎香に覆い被さって丸呑みにしようとしていた。血の色をした喉の奥が見える。
 鮎香の肌は死人みたいに青白く、すり傷だらけだった。ワンピースはぼろぼろで、黒いヘドロみたいなものにまみれていた。ノベルはそんな友人の姿を見たくなかった。
 人喰らいは威嚇の声を発した。鮎香を突き放し、ノベルたちに向き直った。見るからに怒り狂っている。しかしそれだけではないのをノベルは感じた。理解できないものを前にして、人喰らいは怯えている。
 何かが起きた。力強い波が空間を歪めるのを、ノベルは感じた。怪物は地響きのような声で吠えた。黒い粘液が鱗から、ジクジクとにじみ出た。髪の毛が焦げるような異臭が漂う。
「今だ!」
 シュウ君は右手を突き出した。ねばねばの白い網が広がった。身もだえする怪物に絡みつく。
 怪物は絶叫した。逃れようとすればするほど、網はきつく食い込む。シュウ君は容赦なく締めあげた。酸に灼かれるような音がして、怪物から煙が立ちのぼった。
 チカ先生はすばやく鮎香を抱きかかえた。父親がふたりを抱き留めた。
 人喰らいは目をむき出した。黒い舌が膨れあがる。眼球がこぼれ出た。網に締めあげられた黒い肉が、ぶちん、とはち切れた。腐ったトマトを潰すような音がした。ヘドロのような粘液が噴き出た。
 父親は大きな腕と背中で、三人を怪物からかばった。
 地響きのような絶叫とともに、青白い光が炸裂した。衝撃が建物を揺るがした。
 やがて静寂が戻った。ノベルは目を開けた。
 雨戸から差し込む朝日で、周囲がうっすらと見てとれる。ペンライトは床に転がっていた。
 異臭も黒いモヤも消えていた。
 父親の胸は温かかった。広い腕はあいかわらず力加減を知らない。息子の身じろぎに気づき、父親は腕をゆるめた。ノベルはそっと抜け出した。
 父親は驚いたように息子を見つめた。
 鮎香が堰を切ったように泣きだした。慰める先生の声を背に、ノベルはライトを拾い上げた。照らされた先には、小柄な青年が倒れていた。ジーンズにチェックのシャツ。気絶しているようだ。
 シュウ君は白い毛糸玉のような繭を抱えていた。チャックのついた大きな口で、ノベルに笑いかけた。おかしな話だ。ぬいぐるみの顔は動かないのだから。でも確かにそう見えた。
「その中に入ってるの?」
「そうさ。聞こえるだろ」
 シュウ君は繭を振った。脚がたくさんある虫が中で暴れているような、乾いた音がする。
「ほっとけば冬眠して、おとなしくなる」
 ノベルは振り返った。鮎香は泣いているが、元気そうだ。何も奪われなかったと信じた。
「そいつを研究所に戻すんだろ。行っちゃうのか」
「うん。世話になったね。短い間だったけど、きみといて楽しかった」
「また遊びに来いよな……」
 そのときだ。冷笑するような声が聞こえた。
「上首尾だったわね」
 みんなは振り向いた。ペンライトの光に、灰崎が立っていた。おもちゃの光線銃みたいなものを構えている。
 銃口はシュウ君を狙っていた。
「それを渡してもらいましょうか。自称宇宙刑事さん?」
「きみは……?」と父親。
 鮎香はチカ先生にしがみついた。先生は教え子を抱きしめた。
「あなたが灰崎さんね。ノベル君から聞いたわ」
「チカ先生ね。ノベル君はあなたが大好きみたいよ」
 灰崎は唇を歪めて笑った。銃の筒先でシュウ君を示す。
「彼がやったことも聞いたかしら? 実験体の逃走を報告せず、隠蔽しようとした。このことが外部に漏れたら大騒ぎになる」
「きみの心配は、マスコミや警察に知られることか。子どもたちの安全ではなく」
 父親の指摘を、灰崎はせせら笑った。
「知ったことじゃないわ。私は任務を遂行するだけよ」
「血も涙もないやつだ」とノベル。
 灰崎は視線を合わせなかった。いらだったように叫んだ。
「その通りよ。地球人とは違うの。わかったらどいて。商売の邪魔よ!」
 ノベルには強がりのように聞こえた。
 灰崎はシュウ君へ向かって踏み出した。
「さあ、早く渡しなさい。いっしょに来るのよ!」
 シュウ君はいやいやをした。繭を抱えて後ずさる。
「やだ!」
「観念しなさい。もう逃げられないわ!」
「その通りだ。お前もな……」
 野太い声がした。
 緑色の光に部屋が浮かび上がった。夜光塗料みたいなボンヤリした光だ。
 奇妙な扮装の男たちが、段梯子をのぼってきた。筋肉質の体を覆うスパンデックスのスーツに、手袋とブーツ。アンテナのついたヘルメットとサングラスをつけている。どの男も、ひげの剃り跡が青かった。
 光は彼ら自身の体から発していた。
「宇宙警察だ。そこを動くな!」
 総勢五名が、おもちゃのような銃を構えて部屋に散らばった。
 中央の大柄な男は、身分証と書類を掲げていた。
「灰崎コオ。隠蔽防止法違反と殺人未遂の現行犯で逮捕する。銃を捨てて両手をあげろ」
 灰崎は硬直して立ちつくした。シュウ君は抜き足、差し足でその場を離れようとした。
「そこのおまえもだ。悪夢処理法違反の容疑で逮捕状が出ている。署まで来てもらおう」
 部下たちは手際がよかった。灰崎は無抵抗で手錠をかけられた。シュウ君は数人がかりで床に押さえ込まれ、ジタバタあがいた。ふたりはうなだれて階下へ連行された。
 リーダー格らしき男が、ノベルたちに説明した。
「ご協力感謝します。『揉み消し』が疑われる情報があり、捜査していたのです」
「その格好で?」とノベル。
「もちろん。宇宙刑事だからね」
 男は胸を張った。
「ところで、宇宙警察には決まりがありまして。地球人に存在を知られてはいけないのです」
 父親は渋い顔をした。
「だろうと思った。記憶を消すんだね?」
「勘がいいですね。話が早い」
「何度も書いたからな」
「大丈夫ですよ、奥さん。われわれに関する記憶だけですから」
 それを聞いてチカ先生は安心したようだ。むしろ早く消してくれという顔をしている。
 父親はノベルの両肩に手を置いた。
「あのふたりは息子の友だちなんだ。それでも忘れなきゃいけないのか」
「残念ですが、規則なので」
「きみにも子ども時代はあったろう。友だちとの思い出はないのか」
「いいんだ父さん。決まりはみんなでうまくやっていく知恵だよ。守らなきゃ」
「驚いたな。チカ先生から教わったのか」
「父さんからだよ。ねえお巡りさん、その前にひとつだけ聞いていい?」
「どうせすぐに忘れてしまうんだ。何でも聞いてくれたまえ」
「それは宇宙警察の制服?」
「いや。今回のために綿密に調査し、考証した。だれが見ても、宇宙刑事だとわかるようにね。地球の子ども向け番組は、とても参考になった」
 ノベル親子とチカ先生は、互いに顔を見合わせた。
 宇宙刑事は首をかしげた。腑に落ちない様子だ。独り言のようにつづけた。
「それにしても妙だ。地球人のだれもが、われわれを避ける。女の子に声をかけたら、悲鳴をあげられてしまった。地球の警察は、そんなに市民に嫌われてるのかね?」


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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