杜 昌彦

血と言葉

第9話: 手製の銃(1)

書いた人: 杜 昌彦, 投稿日時: 2022.07.12

ああ殺したよこの手で何人も撃ち殺した今も手に小道具の感触と硝煙の臭いが刺青のように残っているおれたちの芸術を理解しない世間に報復してやった最高の舞台で帝都芸術劇場中ホールあそこで演るのが夢だったマスコミに媚びた劇団やミーハーな観客どもざまをみろ
 おれは下北沢のありふれた役者ばかだった劇団の財政や団員の人間関係に頭を悩ませ夢と現実の差に苦しむ座長に過ぎなかったそれが気づけば血と汗と埃にまみれて警官に追われている偉大な公演を成し遂げた高揚感が過ぎ去ってみれば何がどうなったのかわからない息を切らして階段を駆け上がった背後に大勢の足音が迫る
 わが劇団がよその芝居に乗り込んで不遜な解散公演を行った理由はだれにもわかるまい犯行声明には表現の自由やら抑圧からの解放やらと謳ったあの女の指示のもとで長い時間をかけて準備し上演に至るまでは陶酔していられた
 芸術に殉ずる? 今となってはおれ自身にすら意味がわからない
 そもそもあの訓練からしておかしかった。 「絵になる撃ち方だけを延々と練習したのだ芝居の延長で何の疑問も抱かなかったもっと段取りを綿密に練るべきじゃないのか台本のない興行なんてあり得ない何もかもあまりに杜撰で行き当たりばったりもいいとこだ時間が来たら客席で立ち上がって撃ちまくるなんて作戦でも何でもないおまけにあの女実行の瞬間にはどこにいたんだおれたちだけをこんな目に遭わせやがって
 扉に追い詰められた把手をつかんだ施錠されていない屋上に出た昼の光が目に突き刺さるあのおかしな霧の後遺症で頭痛がしたああこの光が舞台の照明であったなら飛び移るには隣の建物は遠すぎた追っ手が間近に迫ったおれの名を呼んでいる畜生せめて芸名で呼べひと旗揚げようと盛岡を出たときに本名は棄てたんだなな舐めるんじゃない
 ステンレスの小道具を腰から抜いて構えようとした
 うわっマジで撃ちやがった威嚇射撃って空に向けるもんじゃないのかよ跳弾で怪我したらどうすんだよ公務員で生活安泰のおまえらと違って保険入ってないんだぞこっちにはもう弾なんてないのに解散公演で撃ち尽くしたんだよ一発一発がおっさんの体を吹き飛ばして女の頭が西瓜みたいにはじけ飛んで舞台の役者が独楽みたいに転倒し逃げ惑う観客が血の海にぶっ倒れた子どももいた人体にあんなに血が詰まってるなんてあんなひどい光景になるなんてだれも教えてくれなかった
 動くなだと? どのみち殺すつもりだろう毒の霧のなかでおれは見ちまったんだ見境なく銃を乱射する黒いマスク集団を仲間も観客もみんな死んだ目を剝き舌を突き出し喉を掻きむしって撃ち殺されたおれも危うくそうなるところだったどうやって逃げ出したのか無我夢中で憶えていない悪い夢だ何もかも全部嘘だって芝居だっていってくれよ
 近寄るなおれに触るなつまらないテロの実行犯なんかじゃないおれは役者として死ぬんだ観客ども一世一代の演技を見ろ近づいたら飛び降りるぞああっ身を翻して飛び降りた通行人が驚いて見上げる路面が視界いっぱいに迫るどうしてこうなった有名になって世間から賞賛されるはずだったのに仲間と非現実の世界を楽しみたかっただけなのに
 叩きつけられる寸前にようやく悟った嵌められたのだ芸術も政治も関係ない単にあの女がそうしたかっただけだなんでそんなのと関わっちまったんだ
 どうして

 熱い湯に打たれながらちありは両手の指を見つめた原稿に触れていた指を洗い流したくなかった全身に男の臭いと痛みが染みついていた男の住居には風呂がなかったちありにシャワーを浴びるよう命じておきながら彼自身は不潔でも気にならないようだったちありもそのほうが好ましかった煙草と汗の臭いあの腕と言葉に抱かれていればいつまででも眠れた
 男の言葉はそれまでのだれとも違った生き方を男に否定されたと感じた無知を見透かされた気がした憎悪のような反抗心が湧き上がった悔しかった憑かれたように原稿に引き込まれたどうしても放り出せなかった男の文体は手がかりを示すだけで答えを見せなかった彼が見せようとしているものに届きたかった焦がれるように何度も求めた
 あるいはそのために近づいたのかもしれなかった自分を変える力に曝されるために
 それまでの自分は相手の気が済むまで壁に打ちつけられる粘土だった夜の公園で酔ったサラリーマンに公衆便所へ連れ込まれたのが最初だったそれから中学の同級生たち昼間はあざ笑いながら人目がなくなると暗がりに引き込み翌日には決まって後ろめたい目つきでこそこそ逃げ隠れたコミュニケーションアプリは友人や家族とやりとりするものではなく加齢臭のする脂ぎった中高年に買われるためにあった
 その夜の男もそのようにして知り合ったひとりだった整形外科医を自称していたが真否はどうでもよかった穴倉のようなバーに連れて行かれたカウンターにいる男は常連から先生と呼ばれていた縮毛で眼鏡をかけた陰気な男だった商売をする気がないのか片手にウィスキーのグラスとフィルターのついていない煙草を持ちもう一方の手で文庫本を読んでいた
 自称医師は酒臭い息を吐いて道徳を説いたちありは煩わしく感じたどの男も同じださっさとやるだけやって金を払ってくれたらいいのに視線を感じて顔を上げるとカウンターの男が文庫本を降ろして煙草をふかしていたちありを見ているのではなかった男はカウンター越しに自称医師のグラスを取り上げ流しに酒を棄てた
 自称医師は狼狽しついで罵声をあげたカウンターの男は短く厳しい言葉を発した金は要らない出て行ってくれ自称医師は暗い店内でもわかるほど怒りで顔を赤らめちありの腕を掴んで立ち上がったカウンターの男がまた厳しくいったその子を離せ痛がっている客がどうしようが勝手だろうと自称医師は叫んだ数人いた客が眉をひそめて自分たちを見つめていたちありはうつむいたその耳にカウンターの男の声が聞こえた
 その手はその子のものだあんたの勝手にはならない
 店内の視線に耐えかねて男は手を離した二度と来るかこんな店訴えて潰してやると棄て台詞を残して去ったちありは指の跡が残る腕をさすりながら店を出ようとした稼ぎ損ねたが金がほしいわけではなかった振り返ると男は文庫本を読んでいたそのような男をほかに見たことがなかった薄気味悪かった
 ほかのどの夜とも変わらないはずだったその後も年配の異常者たちに買われたΩの男が店主でもバーテンでもなく店番を任されているだけだと数人から聞かされた先生と呼ばれるわけはだれも知らなかったいつも何か読んだり書いたりしているからだろうまるで作家先生みたいじゃないかとある男はいった何人かにせがんだが連れて行ってはもらえなかったひとりで訪れる勇気はまだなかったあの店は未成年の飲酒に厳しいんだ前は固いことはいわなかったんだがと男たちは弁解した変な疑いはかけられたくないだろうともいった
 あの夜からだとちありは思った
 カウンターの男を次に見たのは高校の入学式でだったちありは目を疑った他人の空似だろうと思った廊下ですれ違ったり出席簿と教科書とチョーク入れを抱えて職員室に入る姿を見たりするたびに同一人物だとの確信が深まった
 二年目にちありは辻凰馬から現代文を教わることになった凰馬は部活も担当しておらず呆れるほど仕事に熱意がなかった学校という空間にはつねにほかの生徒や教職員がいて近づく隙はなかった
 高校の授業は退屈だったどの科目も教科書を一度読めば理解できる愚かなふりをして質問するにも限度があった夏期講習に参加した文学作品を読み込んで質問するほうが凰馬の気を惹けることに気づいたそれまで読書に関心はなかった絵空事に関心を持つ者の気が知れなかった何をどれだけ読んでもそれは変わらなかった読めば読むほど辻凰馬は理解から遠のいた
 周囲に気づかれて揶揄されるようになった何かが気に障ったらしく凰馬の態度も厳しくなったちありは近づいて話しかける代わりに監視をはじめた凰馬を尾行し私生活を携帯で写真に収めた収穫物を部屋に貼って飽きずに見つめた写真は増殖し鱗のように壁を覆うようになった
 やめられなかった何が自分を惹きつけるのか知りたかった


(1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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