八秒、栄光のとき

第2話: 第二章 ~エミール・バーリング

Avatar photo書いた人: イシュマエル・ノヴォーク, 投稿日時: 2022.07.02

長方形のテーブルを囲むように腰掛けた男たちの胸にはサークル・スターが装着されており、ピストルベルトとカウボーイハットは彼ら以上に年季が入っている。シャツとジーンズは最古の法執行機関として支給されたものではないにも関わらず、彼らは当たり前のことだと言わんばかりの顔をしている。エミールは白い髪と白い髭を揺らし、グラスに手を置いた。
「レンジャーとしてどう振舞うべきかいつも考える。それはここにいる全員が同じだろう。死刑執行に立ち会うことは苦痛に感じる。おれ自身が昔よりも死に近付いていることがわかっているから苦痛に感じるのかも知れない。数時間後に死ぬことが決まっている相手になんて声を掛けたらいいのかわからない。大抵の囚人は押し黙っているか、メソメソ泣いている。馬鹿なことをした、こんなはずじゃなかったと繰り返す。おれに縋りついてどうにかしてくれと言ってくる奴もいる。何もできない。おれは恩赦を与える書類にサインする立場じゃないからな。やってきた教誨師が聖書を引用する。大抵は『コリント人への手紙』だが、まれに『ヨハネの黙示録』の時もある。この段階になると囚人は静かになる。聖書を読んだことはないし、神も信じていないような奴らなのに敬虔な顔をする。奇妙に思うよ。教誨師の話が済んだら囚人と一緒に廊下を歩く。手錠はしない。先に歩かせるか、隣を歩くようにしている。あとはカーテンを開け閉めするぐらいだ。ほとんどの場合は何も起きないが、その場で気を失ったり、錯乱して暴れ出す奴がいるから気は抜けない。一度なんて、囚人をベッドに固定したら心臓発作を起こした。三〇分後にはあの世に行っているのに心臓マッサージをして電気ショックだ。もう少し電圧を上げたほうがいい? あぁ、クリス……お前の言う通りだ。おれもそう思う。だが、病死されちゃあ困る。体裁や面子の問題じゃない。誰しもが責任を果たさなくちゃならないからだ。責任なんてものを軽々に口に出すようになったことを、おれ自身、疎ましく感じる。若い頃は何を言っているんだと思っていたからな。ダーシー・エドマンズの話をしよう。エドマンズは仕事もしないで母親と暮らしていた。エドマンズの母親は小学校の教師をしていたが、随分前に病気で死んだ。エドマンズは母親の積立年金で食い繋いでいた。母親が死んだっていうのに、役所の職員はコンピュータの操作ミスをしていて、エドマンズの母親は書類上、生きていることになっていた。ある時、おかしいことに気が付いた役所がエドマンズの母親が死んでいることを保険会社に報せた。当然、年金の支払いは停止。保険会社はそれまでの払い過ぎた金を返せと言ったが、エドマンズには金がなかった。やがて、裁判所から書類が送られ、家が差し押さえられた。家に住んでいても競売には掛けることができる。法律だからな。競売の買い手は土地だけを買った。それでも、エドマンズは家に住み続けた。買い手がベンジーの知り合いだったから、おれとベンジーがエドマンズの家に様子を見に行くことになった。家は平屋で、穴の開いた屋根をブルーシートで塞いでいた。呼び鈴は壊れていたからドアを何度も叩いた。しばらくすると、エドマンズが顔を出した。瘦せこけた頬で、ヤマネコみたいにギラついた目をしていた。家の中はスカンクみたいな臭いがした。ベンジーが申立書を渡すと、エドマンズはヘラヘラしていた。おれたちは半ば強引に家に入った。居間はゴミ溜めだったが、壁には牛や山羊の骨が掛けられていた。ベンジーがトイレに行くと言い出し、エドマンズが案内すると言ってついて行った。後悔している。どうして、あの時、エドマンズをその場に引き留めておかなかったのか……おれは壁に掛けられた骨を見ていた。ふと、シカやイノシシの頭蓋骨の下に妙なものを見つけた。骨だ。疑いようのない骨。だが、それが人の大腿骨なら? おれがベンジーを呼ぶと、ベンジーの叫び声が聞こえた。おれは廊下を走った。トイレの前でベンジーとエドマンズが揉み合っていた。おれは拳銃を抜いて、エドマンズの肩を撃ち、顔を蹴り上げた。血反吐が床に染み付いた。ベンジーを立ち上がらせると、無線で救急車を呼んだ。ベンジーの片目は潰れていた。ベンジーが引退することになったのは、おれが迂闊だったからだ。おれがあの時、もう少し用心深かったらあんなことにはならなかった。ベンジーはおれを責めることをしなかった。ベンジーはおれの親父の次にいいレンジャーだった。鷹揚で寛大な男だ。おれは責められるほうが楽だということを知った。おれは責任の結果をベンジーに背負わせた。到底、償いきれるものじゃない。お前たちにはそうなって欲しくない。鷹揚さや寛大ではあって欲しいとは思うが……その後、エドマンズの家の床下からバラバラになった人の骨がいくつも掘り出された。身元がわかった骨は家族のもとに帰り、墓に入ったが、判明しなかったものもある。エドマンズの証言がハッキリしなかったからだ。自分が殺した相手だぞ? そんなこと信じられるか。裁判は荒れた。弁護人はエドマンズの心神喪失を訴え、無罪を主張する始末だ。最終的にエドマンズには死刑判決が下ったが、結局、身元不明の被害者はわからずじまいだ。人が殺されたっていうのに、未だに家族を待っている者がいるというのに幕引きなんて信じられない。新聞は始めのうち面白おかしく書き立てただけ。それ以降はしんと静まり返って、今じゃあ、すっかり忘れている。殺された人々に落ち度があったのか? ダンボール箱に詰められ、轢死した動物みたいに処理されることが正義なのか? エドマンズの責任は安楽死で支払ったことになるのか? おれはそう思わない。そう思いたくない」


作家、ジャズピアニスト、画家。同人誌サークル「ロクス・ソルス」主催者。代表作『暈』『コロナの時代の愛』など。『☆』は人格OverDrive誌上での連載完結後、一部で熱狂的な支持を得た。
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