ノミのサーカス

連載第17回: ルイジアナ・ホット・セブン ~テキサス州会議事堂前

テキサス州会議事堂前にグレイハウンドが停まり、七人の男たちが降り立つ。ランチタイムを速足で歩く人びとは楽器を抱えた男たちを見るなり、民主主義に対するデモ隊が脳裏に過ぎり、目を細める。男たちは安物の黒い既製品の背広を着ており、彼らの背広代を合計しても道行く人々が着ている背広一着にも満たない。
 トロンボーンを構えた〈クロックネック〉が議事堂前に植えられた街路樹を駆け抜け、大袈裟にカウントする。スーザフォンを身体に巻き付けるように構えるドナテロはラオコーン像のように身体を捩るとF、A、Bフラット、Cの牧歌的なベースラインを吹きはじめ、スネアドラムを肩から垂らしたサブーがパール社製ドラムスティックでナイアガラの滝のようなスネアロールを叩く。クラリネットのオーヴィルは高音部を吹き、トランペットのニッキーがアスファルトに向かってしゃがれた音を吹き出す。アコースティック・ギターを中腰で構えるジェフはネコの髭のように飛び出した弦を撫で、笑みを浮かべる。ヒックスは仏頂面のままアコーディオンでモーリス・ラヴェルの『左手のための協奏曲』をヘ長調で弾いた。〈クロックネック〉は見えない壁に阻まれたような仕草をすると、人差し指を突き立て、アブドゥーラ・イブラヒムによる『マネンバーグ』のメロディを吹いた。オーヴィル、ニッキーがメロディに対旋律をつけ、対旋律はウィルスのように変わっていく。ニューオーリンズ州特有の粘り気あるリズムを聴いた人びとは足を止め、ポケットから携帯電話をとり出してカメラ機能を起動する。
 目を大きく見開いた〈クロックネック〉が笑みを浮かべてトロンボーンを上下に振ると、人びとは肩や頭を揺らした。散り散りになっていた対旋律が収縮し、オクターブのユニゾンを形成する。鼻歌のように軽やかなメロディが繰り返され、〈クロックネック〉が縮れた髪を振りながらメロディを口ずさみ、人びとも真似をした。いつの間にかランチタイムを忘れた人々はステップを踏み、議員たちは議事堂の窓から外の様子をうかがう。警備員たちが戸惑った顔で出て来ると、〈クロックネック〉は警備員と肩を組み、繰り返されるメロディを歌った。警備員たちは宥めるように「落ち着け」と繰り返したものの、終いには半ば呆れたような顔でメロディを歌った。人びとは午後に山積した仕事を忘れ、顔も名前も思想も所属するコミュニティや宗教のことも知らない相手と肩を組んでいる。リンゴ社製携帯電話のカメラに向かって〈クロックネック〉が言う。
「明日のサウス・バイ・サウスウェストのステージに、おれたちルイジアナ・ホット・セブンが出演するんだ。これを見て、気に入って、来れる奴は来てくれ。一緒に楽しもう」
 人々から歓声が上がり、小鳥の囀る記号が拡散された。


作家、ジャズピアニスト、画家。同人誌サークル「ロクス・ソルス」主催者。代表作『暈』『コロナの時代の愛』など。『☆』は人格OverDrive誌上での連載完結後、一部で熱狂的な支持を得た。