ノミのサーカス

連載第8回: イタロ・マリネッティ記 ~LAプレッパー

今なら〈忙しい〉という言葉をもっともそれらしく口に出すことができる自信がある。試しに……やめておこう。それよりもやるべきことが沢山ある。たとえば、食事。三度よりは四度がいい。冗談はほどほどに。これ以上、体重を増やすと今回が遺作になってしまうかも知れない。だとしたら、題材は『ドン・キホーテ』のほうが良かったかも知れない。オーソン・ウェルズ? それとも、テリー・ギリアム? ぼくがやろうとしていることは、風車小屋にロバで挑んでいるようなものだし。とても奇妙でクレイジー。

 スタッフたちとのやりとり。撮影地の下見、交渉、裁判所に足を運んでの許可申請。エージェントを雇うべきだと思う。撮影の許可申請はとても難しい。友人の勧めもあって、なんとか撮影場所はテキサス州のオースティンに決まったけれど、エキストラや広告のことを考えると、かなり限定しないと手続きだけでぼくの一生は終わってしまう。それは困る。煩雑な書類上の問題を減らすためにはどうしたらいい? 答えを思いついた時はホテルのシャワー室で叫んでしまった。
「ヘウレーカ!」
野外での撮影を極力避けること。風景は書割。書割をアニメーションにしてもいい。やろうとしていたことが一気にストンと落ちたような感じ。脚本を練り直そう。携帯電話の電源を切り、外界からの情報の一切を遮断しよう。『トレマーズ』シリーズすべてに出演しているマイケル・グロスが演じたバート・ガンマーのように。ホテルの部屋のカーテンを閉め、テレビのコンセントを引き抜けば気分はプレッパー。世界の終末を信じ、そのために備えているプレッパーがアメリカにどれだけいるのかは知らないけれど、砂漠や山奥に住んでいるということぐらいは知っている。多分、どの国にもプレッパーはいるだろう。でも、一番多いのがアメリカだということは疑いようがない。イタリアで困ったことが起きるとパスタが消え、アメリカで消えるのは弾丸。ゆえにスパゲッティウェスタンは普遍性を持つということ。ちょっと違うかも。そろそろ、仕事に戻ろう。

——イラクで反米デモ。代償を支払うべきは誰か? ニューヨーク・タイムズ紙——
 


作家、ジャズピアニスト、画家。同人誌サークル「ロクス・ソルス」主催者。代表作『暈』『コロナの時代の愛』など。『☆』は人格OverDrive誌上での連載完結後、一部で熱狂的な支持を得た。