ノミのサーカス

連載第3回: ルイジアナ・ホット・セブン

ゼネラル・モータースの一九四八年製グレイハウンド、GMCPD四一五一シルバーサイドに乗車したバーンサイド〈クロックネック〉デイヴィスが指笛を吹くと、車内で眠っていた六人の男たちが一斉に目を覚ました。ヒックスは手を膝の上に置き、人差し指と中指でトリルを弾くように指を動かし
「次の行先は決まったのか?」と言った。〈クロックネック〉は唇を震わせ、右手を前後にスライドさせると
「ここさ」と言って運転席に腰掛けるドナテロに向かって丸めたメモ紙を放り投げた。ドナテロは口が開いたポップコーンの袋に手を突っ込む。
「そろそろ、運転を交代しないか?」
〈クロックネック〉は首を振り「ベースは土台だから、ドナテロがいい。そのほうがしっくりくる」
「おれはチューバだ。ベースじゃない」
 床に置いたままの、ボディに穴が開いたギターを拾い上げたジェフが弦を爪弾く。
「変わんねぇよ。ボン、ボンと吹いているだけだろ」
 ドナテロの手からポップコーンが落ちる。オーヴィルは胸ポケットからアイスクリームの棒のような葦のリードをとり出して口にくわえ、モゴモゴ呟いた。サブーは肩の上に、肩章のように置いていたペイパーバックの『トリストラム・シャンディ』を隣の座席に放り、黒縁眼鏡に触れ「興味深い夢を見た」と言った。ニッキーが
「どんな夢だ?」と言い、両頬をカエルのように膨らませた。オーヴィルがモゴモゴと呟き、ヒックスはズボンの上についた埃を鍵盤の上を滑るネコのようにグリッサンドさせた。
「それよりも行先だ。この間みたいに、お前の妄想に付き合わされた挙句にガソリンが切れて、全員でバスを押すなんて御免被るからな」
〈クロックネック〉は肩を二度、上下に振り「妄想じゃない。本当にあった仕事なんだ。行先までガソリンが足りなかっただけ」
 ジェフがハーモニクスを奏すると、潰れた和音が響いた。ヒックスが「下手糞」と言い、ジェフは舌打ちした。〈クロックネック〉は拳で胸を叩いた。
「サブー、夢の話の続きを聞かせてくれよ」
 サブーはパール社製ドラムスティックの先端部、チップで叩かれて凹んだ『トリストラム・シャンディ』の表紙に触れ
「嘘みたいな話だ。話せば嘘になる。おれは嘘つきになりたくない」
「アルゼンチン人に教わった曲に『嘘つき女』っていう曲があるんだが、向こうだと〈ラ・トランペーラ〉と言うんだと。トランペット吹きはホラ吹きっていう意味だと思うが、おれはホラ吹きじゃない。サブーはどう思う?」とニッキー。ハンケチで額を拭ったサブーが「興味深い」と答えた。腰に手をやった〈クロックネック〉が
「ドナテロ、地図まで食わないでくれよ? それから、次に演る曲は、これだ」と言って、喉を震わせた。ジェフが弦を爪弾いて和音を添えると、ヒックスは眉をひそめて「それじゃあ、合わない。ドナテロ。ラインを歌え」
 ドナテロは一度と五度、二拍子のベースラインを朗々と歌い、オーヴィルがリードを舐めた。ヒックスは人差し指、中指、薬指を振り
「ニッキー、オーヴィル、〈クロックネック〉は三度でハモれ。最後のコーラスは三人で同時にアドリブを吹けばいい。ドナテロ、四度上に移行しろ……そうだ、いいぞ」
 ニッキーは丸々とした目をパチクリさせ「サブー、どのパターンで叩く?」と尋ねると、サブーは首を振った。両手を挙げた〈クロックネック〉が言う。
「さぁ、オースティンに出発だ!」
 ドナテロがアクセルを踏み、グレイハウンドがゆっくりと進みはじめた。


作家、ジャズピアニスト、画家。同人誌サークル「ロクス・ソルス」主催者。代表作『暈』『コロナの時代の愛』など。『☆』は人格OverDrive誌上での連載完結後、一部で熱狂的な支持を得た。