D.I.Y.出版日誌

連載第336回: だったら小説なんて書いてない

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2022.
05.01Sun

だったら小説なんて書いてない

要するに本を売るには名刺配りや挨拶まわりが唯一の正解なんだけど社会的能力に秀でていなければ生きていかれないっていう種類の正解であってだったらおれは小説なんて書いていないっていうでも現実問題社会的能力あってこそ読まれるのだし読まれない小説に存在価値はないしそれ以前に存在しないも同然なので社会的能力に欠陥のあるおれみたいな人間に小説を読んだり書いたりする権利はないおれみたいな生きる資格のない人間でも客として認めてくれる小説を読みたいですねおれしか書いてないけど正直にいえば趣味のいい独立系書店に置いてもらう夢を見たことは過去に何度もあるまずおれの街には駅前の紀伊國屋か郊外の TSUTAYA みたいな店しか本屋がない駅前一等地のビルは取壊し費用をだれも負えずに廃墟と化し寂れた郊外の光景は全国どこも判で押したように同じそして書店内の光景は駅前だろうが郊外だろうがどこも判で押したように同じそれが現代の地方都市だ気が滅入るからおれはもう何年もそれらの書店に行っていないどの本屋にも判で押したような本ばかりが並んでいてだれがこんなもの読むんだよ少なくともおれは客として疎外されていると感じるおれはあのなかに自分の本を置きたくない一緒くたにされたくないだからおれはおれが自分の本を置きたくなるような棚を自分でつくることにしたそれが本の網見せ方には改良が必要だと感じているけれど

 二年前に取次の業者さんに問い合わせたらその方はおれみたいな知的障害者にも親切で、 「最初から大きな流通を目指す方」 「最初は手売りで始めたが次はもう少し大きな流通でやりたいと来られる方が多いそうで、 「オンデマンド印刷のみですと一般取次流通する書籍としては難しいと教えてくれた同時期にほかのいろんな方面に問合せなり相談なりしてみたけれど全体的に敷居が高くて読みたい本を出版したいだけの人間には門前払い感がありその敷居の高さは読者にとって必然性があるとは思えなかったんでおれが進む道としてはちょっと違うなと思ったそもそも何かをある場所から別の場所へ移動するためだけにやたら金なり人なり法律なり制度なり実績なりを専門的な知識とスキルと実績と資本で乗り越えないといけないなんてただ読みたい本を読みたいだけの人間としてはあほらしく感じるどうせなじみ感は名刺配りと挨拶まわりでしか手に入らないんだから手売りでよくね? マーティン・ニューウェルだって何十年もそれでやってるんだしなのでサイトのコンテンツを強化して集客しメールマーケティングで手売りするのが正解かなと思っているじっさい海外で成功している著者は自サイトからのメールマーケティングが欠かせないらしいしメール情報を預かりたくないしまだ客が少ないからサブスクライブすらまだ手をつけてないので道は遠いけどね自著だろうと他人のだろうと本をつくるのが好きなだけだ読まれるかどうかはどうでもいい他人の本については読まれてほしいけれどそのために出版しているのかどうかはわからないおれには他人に評価される能力が極端に欠落しているから読んでほしいだけなら他人に任せるおれは手を出さない

 プラットフォームのアルゴリズムが生成した市場価値に適応しない本は淘汰されるという意味のことをいわれたことがあってそれはすなわちおれという境界領域知能の社会不適応者は価値がないので淘汰されるという意味なのでまぁ確かに仰せの通りで現に淘汰された結果がこれなのだけれど作家が公然とそれをいうかよとびっくりしたそういうのをやるのは国家とかそういうのであっておれら作家は抗って地下出版サミズダートする側じゃないのかよというまぁ権力に媚びる側にまわる作家もいるだろうけれど別にそれで安泰ってこともなくて風向きが変わればそいつも粛正されるわけだしやっぱり違うと思うよおれらの視界は国家や企業の力関係で決まっている現代の作家はそう強く意識したほうがいい


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。