D.I.Y.出版日誌

連載第335回: 売りたい

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2022.
04.25Mon

売りたい

三月のにひきつづき今月は二冊を手がけさらに二冊が発売を待っている一冊につき一万の出費長くつづけるためには金にしなくてはいけない方向性はふたつしかないひとつは著者から手数料をとることでこれはやりたくないいわゆる虚栄出版そのもので詐欺に至る道だからだなぜ書くという労働をして金を払わなければならないのか収益の一部をさっぴくのもだめだただでさえ高い POD におれの取り分を上乗せする余地はないしのちのち著者とトラブルになるのが明らかだもうひとつの方向は広告収入伊藤さんに今回やってもらった頼んではいないみたいに URL にうちのアフィリエイトコードをつけてもらうでもこれは著者の厚意に頼るほかなく強制力はない何をどうツイートするかなんてひとの自由だしこうしてくれと頼む権利はないやはり POD の価格がネックでコンビニの複合プリンタがエスプレッソブックマシンの機能を備えるくらいの変化がなければどうにもならない次にあらたな読者を獲得する方法だけれどこれはソーシャルメディア上の著者の自己宣伝能力に頼るほかないかつて FacebookGoogleAmazonTwitter にずいぶん金を注ぎ込んだ。 「やらないよりはまし程度の効果しかなかったインターネットと読書は本質的に相性が悪い広告に反応する客はおおむね筋が悪く低評価レビューが増えるだけの結果に終わりがち筋のいい客は見知らぬ本の広告になど反応しないすでに評価の定まった高名な作家や大手出版社のブランド名にしか反応しないソーシャルメディアでの反応にしてもそうだけれど結局はあらかじめ知られていることが広告においてさえ重要になる広告で初めて知ってもらうなんて少なくとも出版ではあり得ない。 「なじみ感を制さなければどうにもならないそのためには高評価レビューを Amazon なり個人ブログなりソーシャルメディアなりに書いてもらうしかないここで堂々巡りになる無名の本になどだれも関心をもたないだれも関心をもたない本はその時点でだれにも相手にされないしむりに関心をひいたところで低評価を強めるだけの結果となる現代ではひとは他人にどう見られるかのためだけに本を読むおれには大手出版社の本はどれも判で押したような心を動かさない本に思えるそうなるのもあらかじめ知られていてなじみ感があるものでなければ投下資本が回収できないからだ注ぎ込む金がでかいから確実に取り戻す保証がなければならないほかのどの本とも同じでなければ会議を通らないおれは貧乏人が血を吐きながらどうにか賄える程度の金しか注ぎ込んでいないしはなから回収をあきらめているから独自の個性をもつ本を出版できるそうでなければおれが出版する意味がないしかしこのやり方では長くつづけられない本業もいつ馘になるかわからないであればどうにかしてなじみ感を獲得するしかないそのためには高評価レビューをソーシャルメディアなり個人ブログなり商品ページなりで共有してもらうしかなくそのためにはまずレビューの書き手になじみ感をもってもらわなければならない具体的には名刺配りなり挨拶回りなりの泥臭い営業だ同人誌即売会や懸賞付きコンテストがどうやらその世界であるらしく伊藤さんの人気もそのあたりにあるようだそれはまさに演歌歌手の価値観と同じだ落ち目だった大物演歌歌手が同人誌即売会で自分を知らない若者たちに名刺配りや挨拶回りを丹念にやって話題にしてもらい大人気に返り咲いたという話もあるじつのところ海外で Kindle の自主出版から大ベストセラー作家にのぼりつめた作家はどれもこのやり方をしているソーシャルメディアで時間をかけて大勢に挨拶し自サイトのサブスクライブへ誘導しメール集客をする小説を書くことには重要性がない時間も労力もほぼ挨拶回りに注ぎ込むのだそうだおれがだめなのはそのあたりにあるというのはわかるのだがじゃあ名刺配りや挨拶回りをがんばろうとは思えないそんな器用な真似ができたら小説になど関心をもたない社会的能力に欠陥があるから小説を書き自力で出版しているのだ


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。