D.I.Y.出版日誌

連載第334回: 長い死から醒めた気分

Avatar photo書いた人: 杜 昌彦
2022.
02.12Sat

長い死から醒めた気分

長編を書き上げるたびにだれにも見せずに燃やす男というのをこれまで何度も書いてきたけれど自分で実際にやったのは初めてだった表に出さなければ自分にはやれたとの想い出だけが残る世渡りが下手なせいで作品や書いていた一年半の生活を貶めずに済むあくまで比喩的なことなので実際には気が変われば出版もできるただ少なくとも半年は忘れるつもりでいるこれまではモチベーション維持と見栄えの確認のために連載と称して他人にも閲覧可能にしていたけれど次はそうするつもりはない三年くらいかけて自分の楽しみのためだけにやるヘンリー・ダーガーに一歩近づいたまいにち筋トレをする理由も書くのとおなじだ他人に見せるためじゃない怠惰で醜い自分がきらいなだけだ向上するために努力するのがすきだ幸も不幸も脳内物質の加減でしかないのだから自己満足できればそれでいい江戸時代は数学の問題を解いたら神社に奉納したんだよなひとが集まる場所に掲げればだれかが見てくれるんじゃないかってこれまで小説の出版で似たようなことをやってきたけれどそれすらも浅ましい気がしてきた奉納せずにお焚き上げすることにした書いたのをおれだけわかっていればいい

“The Long Goodbye” の田口俊樹訳が出るそうな。 『長い別れなる書名になるという。 「がないだけ簡潔でキビキビしたマーロウになるのかな二十代の一時期どの本にどれだけ誤植があるか知っているくらいチャンドラーを愛読していた意識の流れや説明的なせりふまわしに慣れた現代の若者がチャンドラーやハメットをはじめて手にしたら読みにくいと感じるはずなんだよねそこで諦めないでほしいそういうものだと思って何冊も読んでいるうちに読み方がわかってくるからおれもそうだったよ最後に読み返してから四半世紀にもなるのであやふやだけれどたしか清水訳マーロウは地の文では会話文では」。 でもシリーズを通じて一箇所だけになっていて、 『さらば愛しき女よで薬を盛られて監禁され脱出する場面なんだけどよっぽど頭にきたんだろうな⋯⋯と笑えたよ村上春樹さんは作家としてより翻訳家として好きでチャンドラーを訳したらどうなるんだろうと夢想していた柴田元幸さんとの対談で実際に取り組んでいると知ったときはわくわくしたもんだったよ出版された実物は清水訳では二十回読み返さなきゃわからなかったことが一度でわかって感激した一人称がおれで元気な田中小実昌訳もだけれどグレープフルーツにざぼんの類いと注釈をつけていることで有名な双葉訳大いなる眠りも Kindle で読めるんだよな権利的にグレーな出版だけどいろんなひとがチャンドラーを訳していてその多くが Kindle で読める訳されて電子版も出る作家とそうでない作家の差がひらきすぎ小鷹訳ハメットが古い印刷版でしか読めないのはとても残念なことだ日本のハードボイルドの夜明けはいつ来るんでしょうかね⋯⋯

長いお別れといえばつい先日 NHK のドラマ版を観たのだけれどよく読み込まれていて解釈のしかたに感心した作家の妻が年齢不相応に少女めいたしゃべりかたをしていたり彼女が店にはいってきたとき反応するのが男ではなく噂話好きの女たちだったり女性の描き方に説得力があった原作は女性や人種にたいする差別意識がひどいのでうまいこと翻案してあった差別意識がもっとも濃く現れている人物を歳上の奥様に憧れる書生に置き換えたりいちばん感心したのは戦後のどさくさでのし上がったやくざで関西弁でしゃべらせてあってわかってるじゃん!と嬉しくなったモーターボートの騒音を花火に置き換えたあたりも感心した映像的にそうでなくてはならない通好みのサービスもあって看護婦がベッドをめちゃめちゃにひっぱたく場面には大いなる眠りの読者ならニヤリとさせられたはず新聞社をテレビに置き換えたのは NHK の資料を使える利点をうまく活かしたなと思うし原作のマーロウも文句をいいながらテレビを観ていたから違和感はなかったマーロウが事件にかかわる動機はまちがっていたけれどそこはわりとどうでもいい翻案に苦心したろうなと思わされる箇所もあってたとえばデュードランチに相当する文化がないのをただの西部劇かぶれにしてあるところ当時のテレビが題材になっているから筋は通るけれどちょっと苦しいかなと思わされもしたあと麻薬の描写覚醒剤が近所の薬屋でふつうに買えたりマスオが精神安定剤をぼりぼりむさぼってたりする時代なのでそのあたりの描写はちょっとむりがあったがファンタジーとして許せる時代考証でいえば看板の文字がどれもパソコンから出力したフォント然としていてそこはかなり気になった

新訳の話題がうれしくて一時間も Twitter で熱く語ってしまった若い作家志望者に役立つアドバイスチャンドラーは読むなかれはプロットが下手だ運転手をだれが殺したのかわからない小説を書くはめになるぞ一年半かけた原稿を焼いたのもそれが理由だ

思いのほか反応があったのでチャンドラーは読まれていることがわかったモールの導線はロングテールの指名買いか売れるから売れるの二極しかない利益の最大化のみを意図した関連付けは棚づくりによる文脈の生成とじつは真逆で、 「売れるから売れるのみに寄与し書店での偶然の出逢いは期待できない。 「売れるから売れるとはすでによそで知られるための資本が投下されているかもしくはソーシャルメディアなり実生活なりでファンがいる (「握った手の数だけ票がとれると同義ものがクリックされクリックにより優先表示され優先表示されるからクリックが誘発されて雪だるま式に売れることわれわれが読みたい本を読むためにはロングテールの指名買いへの導線をモール外で用意するしかないところが指名買いをしようにも望む書籍の権利がモールにおいて許諾されているとはかぎらない存在しない本は買えない売れなければ表示されないし権利の対価も払えないし出版されないかくしてモールには読みたくない本ばかりが溢れかえりそのような世界しか知らない若い世代は読書とはつまらぬものだと学習してますます本は売れなくなるそもそもロングテールじゃ権利に金を払えない音楽におけるフィジカル回帰とおなじことがいずれ起きる一度流通したものは残るからだそのときわれわれ読者が読みたい本を探す先は書店ではない地域の図書館だ読まれない本を処分しないでほしいその日のために

Twitter に時間を融かすのをやめて図書館でナボコフを三冊借りてきた電子図書館のちらしを渡された知らぬ間におれの街でも利用できるようになっていたらしいおそらく OverDrive と契約したのだろうけれどちなみに人格OverDrive はあの会社となんの関係もない)、 電子図書館は読む権利を借りるものであってそこにある本を読む権利があらかじめ市民にひらかれているフィジカルな図書館とはそこがちがう図書館には資料を保存する役割もあるので税金は物理媒体の購入に使ってほしいんだよな⋯⋯わかってないひとがあまりに多すぎるんだけど電子書籍やらストリーミングやらってのはコンテンツビジネスじゃなくて権利商売なんだよおれたちが買っているのはコンテンツじゃなく一時的な権利法律を使って稼ぐやつらの気まぐれでたまたま読んだり視聴できたりしているだけ原稿は燃えるAmazon が電子書籍の商売に燃やすと名づけたのはそういう理由12 年前の元年には epub にサミズダートの夢を見たけれどアルゴリズムが議会を襲撃させる時代にいたって何も希望をもてなくなったいっぽう電子書籍はインクの匂いがしないなんて時代錯誤もギャディスの小説に出てくる小学生に星の美しさを説く教師みたいだおれは小説は読めればいいと思っているのだけれどその最低限の読むが現代ではいかにむずかしいことか


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
ぼっち広告