イシュマエル・ノヴォーク

第49話: 暗号美学

書いた人: イシュマエル・ノヴォーク, 投稿日時: 2022.01.14

白と黒のチェス盤のような床カウンターの前に設置されたクリムゾンレッドの丸椅子壁にはワッペンどころか山道向け自転車まで掛けられており常に漂う揮発した食用油の粒子によって自転車のギアは黒光りしているホットドッグにマスタードとケチャップをかけたブルームデイがホットドッグを齧りダックテイルが揺れた
それで何かわかったか?
 ジョニーは黄ばんだ本を見ながらマーガレットから譲り受けたメモ用紙に一心不乱にペンを走らせていくドーナッツを頬張ったマーガレットが考え中みたいねと言うとジョニーが手をヒラつかせた
これで何もわからなかったらおれたちはいよいよどうしようもない馬鹿だとブルームデイマーガレットは口に入った真っ赤な横髪を指で摘まみ出して
きっとどうにかなると言った
ジョニーみたいな言い方だ楽天家っていうのは伝染するのか?
悲観的になるよりはマシでしょう?
 ブルームデイはホットドッグを飲み込みおれだって悲観的なわけじゃないどちらかといえば楽天的だだが今回はそうとは言えないインディアンから押し付けられたショットガンで留置場それからマイアミで暗号解読が趣味の家庭内暴力野郎……おかしくなりそうだ
逆に考えれば私たちは今までがおかしかったのかも
今がマトモに見えるか?
 マーガレットは水が入ったグラスに映った自身の真っ赤な髪を見つめ隣に座るヌーディスーツにダックテイルパイロット・サングラスをかけたブルームデイを見たそれからブルース・リー風全身タイツにアフロヘアー腰からヌンチャクをぶら下げているジョニーを見たマーガレットは両手をヒラつかせため息をつくと見えないと言ったブルームデイが言う
女を殴る奴はクズだ自慢じゃないがおれは女を殴ったことがない女が男よりも素晴らしいからじゃない喧嘩になれば女が不利だからだ相手が自分よりも弱いとわかっているのに殴るような奴は男じゃない吹っ掛ければこちらがドブに捨てられるかも知れないとわかった上でやるのが喧嘩だ
世の中の家庭内暴力男に言ってやって
そうだなそんな奴は一人残らずブチのめしてやりたいもちろんおれがブチのめされるかも知れないがそこはどうでもいい
 マーガレットはドーナッツの欠片を口に放り込んで水を流し込みレザージャケットの上から胸を軽く叩いてスティーヴは喧嘩が好きなの?
いいや覚悟しなくちゃならん時が人より多いだけだ
喧嘩は向こうからやってくる?
ノックもなしにやって来るそして……
 ブルームデイがケチャップ・ディスペンサーを指差しクソをブチまける
ケチャップが嫌いだったの?
大好きだこいつとは一生涯仲良しでいると誓う
 ジョニーはメモ用紙に楔形文字のようなインク染みを書き殴るとアフロヘアーを一揉みしてグラスに注がれた水を飲み干したジョニーが思い出したように立ち上がりブルームデイが便所か?と言ったもののジョニーは返事をせずに店の外に出て行った
漏れそうってわけじゃなさそうだとブルームデイ
コーヒーマシンが念仏を唱える僧侶のようにしゃがれた音でコーヒーを捻り出す音が響きマーガレットがコーヒーは飲む?と言ったブルームデイが首を縦に振るとマーガレットは手を挙げたするとすぐに縦縞模様のシャツを着たウェイトレスがやって来て注文?と尋ねた
コーヒーを三つもらえる?
砂糖とミルクは? こういう時他の店ならテーブルの脇に置いてあるんでしょうけどこのあたりはふざける人が多いのこの間なんか砂糖瓶の中にケチャップを入れた人がいたのよそれでテーブルに置かないようにしたの毎回聞く度に不思議な顔をされるし面倒本当嫌になるわ
 ブルームデイはダックテイルを撫でると両方いらないと言った興味津々といった様子のウェイトレスが
あなたたち何をしにマイアミに来たの? ひょっとしてショウ?
どうしてそう思う?
そんな恰好をしている人は多くないからよコックのヴィンと賭けをしているのあなたたちの仕事は何だろうってね
 ブルームデイはパイロット・サングラスの縁を撫でマーガレットが肩を上下させた
仕事じゃないのとマーガレット
仕事でもないのにそういう恰好をするの?
 喉を鳴らしたブルームデイがお嬢さんおれはキングが好きだからこういうスーツを着ているやましいことがあるわけじゃないだがショウというのは半分ぐらい当たりだと言うとウェイトレスが笑みを浮かべた
OKコーヒーはヴィンからの奢りよと言ってウェイトレスが厨房に向かって歩き去ったブルームデイはウェイトレスの後ろ姿を見ながら
タダほど高くつくものはないと言った
マーガレットはレザージャケットの胸ポケットから心臓型サングラスをとり出し頭にのせた
似合う?
よく似合っている驚くぐらいだ
ありがとう
思ったことを口にしただけだぞ
私も思ったことを口に出しただけそういえばスティーヴはどこで歌を覚えたの?
鼻をピクつかせたブルームデイがどうしてそんなことを聞く?と言った
エルパソで歌を聴いた時すごいって思ったの
 ブルームデイはヌーディスーツの襟に触れ言う
カントリーのバンドだその時はヴォーカルじゃなくて雑用係だったステージに上がってドラムを並べたりアンプを運ぶバンドのリーダーはヴォーカルだったがずぼらな奴で酒を飲むと手が付けられなかったある日そいつがぷっつりいなくなったメンバーたちは右往左往そこそこ有名なバンドだったんだ客は満員そんな時にヴォーカルがいないなんて知られたらどうなるかわからないメンバーたちはない頭を絞ってヴォーカルの奴に遠目から見れば似ているという理由で急遽おれが歌うことになったおれはキングのことは好きだったが別に歌手になりたいなんて思っていなかったステージに上がってマイクの前に立った時は緊張した初めて女と寝た時よりもだそれでも普段何を歌っているかを知っていたからなんとかなると思った思えばとんでもないことだが若い時っていうのはそういう無茶なことをやるんだ見様見真似のカウントをしてステージがはじまった盛り上がったよおれはお目当ての奴じゃないのにな結局ヴォーカルの奴は戻って来なかったからその日からおれがバンドで歌うことになった半年ぐらいそんな生活が続いたが結局バンドは解散したその時には自信があったからこれからは好きなようにやろうと思ったそれでそれまで貯めた金を使ってヌーディスーツとブーツを買った気が付いたらマイアミのダイナーで喋っている
不思議ね
自分の人生そこここで選択したつもりだがこの結果はまるで予想できなかったこの調子だと来年は月に行っているかも知れん
私もリトルロックのアパートでお婆さんになるんだと思っていた旅行をしようとか休みの日にどこかに出掛けようなんて考えもしなかったのに大陸横断するなんてね
 コーヒーをステンレスの盆に載せたウェイトレスが彼らの前にコーヒーを置いたマーガレットが
ありがとうと言うとウェイトレスが私こそよと言って笑顔を浮かべたウェイトレスが去るとブルームデイはコーヒーを啜り揉み上げを掻いた
人生どうなるかわからんこうしたいこうなって欲しいと思っていたはずが気が付くと変わっているだが悪い気はしない
そうね
 ドアにぶら下げられたベルが振動で鳴ると二人はドアを見たジョニーはアフロヘアーを揺らし息を切らしながら早足で近付いきた
厄介事に一ドル賭ける
 マーガレットが何かわかったの?と尋ねるとジョニーはテーブルに地図を広げブルームデイがカップを持ち上げ一息ついたらどうだ?
 ジョニーは白い歯を見せるなりコーヒーを啜り大きく息を吐いて地図を指差した
驚かないでくれよ? おれが驚いたんだからさタイタスビルなんてこった答えは近くだったんだ
そこに行けばショットガンが見つかるのか?
それはわからないけど何かあるぜ
そりゃ何かあるだろうだがお目当てが見つからなかったらどうする?
 ジョニーはテーブルに両手をつきその時はその時さまた考えればいい挑戦と失敗は双子だぜ
マーガレットが成功は?と尋ねると親指で胸を指したジョニーが
ここにあるぜと言った


『ロクス・ソルス』という同人小説サークルで活動しています。それから、ジャズピアノの演奏活動をしています。気が向くと絵を描いたりします。

連載目次


  1. 一九七一年 パリ、ホテル・アンリ四世
  2. 二〇〇三年 アーカンソン州リトルロック
  3. リトルロック空港
  4. アーカンソン州リトルロック
  5. カリフォルニア州ロサンゼルス
  6. カリフォルニア州サンタモニカ
  7. カリフォルニア州ビバリーヒルズ
  8. アリゾナ州エルコ
  9. 一九七〇年カリフォルニア州ロサンゼルス / ミスター・ジョンソン。死んだよ
  10. 私たちは何者か?
  11. テキサス州ダラス
  12. アーカンソン州リトルロック
  13. カリフォルニア州ロサンゼルス
  14. カリフォルニア州ブエナパーク
  15. アーカンソン州リトルロック
  16. サタデー・ナイト・サタナイトショー
  17. 黒いブラックサバス
  18. カリフォルニア州スキッドロウ
  19. ブリテン・ボード・システム
  20. カリフォルニア州インペリアル郡 ~ジャック・トレモンド
  21. カリフォルニア州インペリアル郡 ~スティーヴ・ブルームデイ
  22. 裸の街
  23. 明敏で過敏なパーセプション (一九六六年 アップビート誌 九月号より)
  24. カリフォルニア州サンディエゴ ~ドーピーズ
  25. ピンクパープルの力学
  26. カリフォルニア州サクラメント
  27. 一九七〇年 コロラド州プエブロ
  28. ハート・オブ・グラス
  29. 屈折した知覚
  30. ミズーリ州セントルイス
  31. 離見の見
  32. 審理前会議
  33. オーディション
  34. 予備審問
  35. ハイエナたち
  36. デイライト
  37. アリゾナ州フェニックス
  38. 立証を終えて
  39. ブリテン・ボード・システムⅡ
  40. テキサス州エルパソ
  41. チップの用意はいいかい? ~TAKEⅠ
  42. チップの用意はいいかい? ~TAKEⅡ
  43. チップの用意はいいかい? ~TAKEⅢ
  44. テキサス州エルパソ ~天使のホンキートンク
  45. はかりごと
  46. 煙が目にしみる
  47. フロリダ州マイアミ
  48. モルフォゲンの輝き
  49. 暗号美学
  50. フロリダ州タイタスビル
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