杜 昌彦

GONZO

第39話: 瞳の奥に触れるときあなたが描く絵

書いた人: 杜 昌彦, 投稿日時: 2022.01.03

ズル剥け男は確かにやり過ぎだった下読みをしてくれている友人たちの期待するのは美しい男たちの恋愛や美少年の裸であって肥満中年でもなければ屍体でもない姫川尊が登場せぬばかりかあまりに多くの人間が無造作に死ぬので苦言を呈されたあるいは読者諸氏も同じ心境かもしれぬ裏切って申し訳ないがこれはそういう物語なのである黒ずくめの二人組が彼ら自身であったためがために多くの人間が無残にも命を落とすその物語も遂に終盤へ近づいたもうしばらくのお付き合いをお願いしたい
 これまでわたしは社会病質の大量殺人者である梶元権蔵を常人とはまるで異質と見なしてきたしかし世渡りの巧みな男たちを観察していて感じさせられるのはむしろ彼との類似性だときには夫をはじめとする世の男たちのほうが余程……と思わされることさえある生命は脆弱であり人間が他人や自分を殺さずにいるのは労力に見合う利益がないからにすぎないしくじった際の不利益も大きすぎる人間は安全にやりおおせると確信すれば単にそうしたいからというだけで殺しを愉しむ快適なソファで寛ぎながらスマホ操作で大量殺戮できるならだれもがそうするし事実世の高齢男性たちは低賃金の女性オペレータを日々スマホで罵倒して自殺へ追いやり道理を教えてやったと立派な紳士のつもりで得々としている社会とその日常は人間性なる薄氷の上にありその幻想は強者の嘘にねじ伏せられて成り立っているゴンゾはただ生活のため手を汚すにすぎず世の多くの男たちと異なり己が暴力を暴力と認識していた
 ゴンゾは無人の守衛小屋を通過して炎上するプラントを離れロードスターの運転席に身を沈めた煙や薬品の刺激臭を嗅ぎながら爆発の地響きやサイレンを聞く箱沼は現れなかったこれ以上は待てない待つ利点もないと判断して車を出した別の方向から逃げたのかもしれないし死んだのかもしれないどちらにせよゴンゾの知ったことではなかった行動を共にしたのは利害が一致したからにすぎず煩わしくなればいずれ殺した経験を積み向こうが年老いたいまなら首を掻き切るのは造作もない仕留められなかったのは慣れぬ撃ち合いだったからだ
 携帯を携帯しなかったのは正しい判断だった武器と共に奪われていたろうからそう考えてナイフを取り戻せなかったのを悔いながら物入れから携帯を出して田澤にかけた車で半日かかる場所を指示された姫川尊の身柄もそこへ移したという公安の監視をどうしたのかと尋ねはしなかったそれもまたどうでもよいことだ犬を預けていたことを思い出し遠回りになるが街へ引き返してペットホテルへ寄った心を持たぬゴンゾにすら察せられるほど犬は機嫌が悪かった視線を合わせようとしないしリードを引いても座り込んで頑として動かぬやむなく抱え上げて清算を済ませ助手席にハーネスで固定しほったらかして悪かったと詫びたがそっぽを向かれたゴンゾは悪態をついて車を出した全身で不満を表明しながら逃げようともせぬところがだれかにそっくりだと彼は思った建物がまばらになり郊外店や中古自動車屋やパチンコ屋が点在する地区を過ぎ大型トラックとしかすれ違わなくなりやがて山道としかいいようのない人里離れた道路となった牧場のような広大な敷地へたどり着く頃には日が暮れていた最寄りの民家や商店まで車で半時間もかかる所有する山とはいえこんな辺鄙な土地に別荘を構える感性が理解できなかった
 複数の棟が繋がった藁葺きの古民家だった管理人と毛足の長い大型犬が出迎えたかつて田澤の警護をしていた大柄な老人とその飼い犬だヘミングウェイを思わせるセーターとジーンズの管理人はマスクをしていなかった灰色の髪もひげも長く伸ばしていて色こそ違えど大型犬と親子のようだった画家の犬と大型犬は互いに尻の臭いを嗅ぎまわっていたがやがて追いかけっこをはじめた土足で上がるよう促され板張りの居間に案内された古本屋父娘とミコトがいたやはりだれもマスクをしていなかった父親は不安そうな顔で薪ストーブに向かって椅子に前屈みで座り娘のほうはデビュー当時のビリー・アイリッシュのような服装で退屈そうにソファで仰向けに寝そべって携帯を弄っていた別のソファに黒ドレスのミコトが骨董屋の窓に飾られた人形のような姿勢で座っていた彼は数ヶ月を共に暮らした男に気づいていながらひと言も発せず視線すら合わせなかった高い天井に等間隔で吊られた裸電球は薄暗く黒々とした床板は冷えきっていてごつい煙突の伸びる薪ストーブが燃えさかっていてさえその部屋は薄寒く感じられた辛気臭え隠れ家だなとゴンゾは思ったこれで飯がまずければおれは帰るぞ……
 書斎にしている奥座敷から田澤が出てきたどてらを羽織っていかにも普通の老人のように見えるここはノーマスクなのかとのゴンゾの問いを無視して箱沼が死んだことを老人は挨拶代わりのように告げたこの年寄りから事実を聞いたためしはないが疑う理由もないゴンゾにはどうでもよかった銃を手ほどきしてくれた男がこの世にもういないことをミコトはすでに聞かされていたのか無反応だったこの先いつか恋人ができてそいつが殺されてもこいつは同じ態度をとるだろうとゴンゾは思いどうせ何とも感じまいと決めつけてアクセサリー作家と細谷秘書が死んだことをちょっとした笑い話のように教えてやったどっちもおれがったんじゃない女はだれかに殺されてたし細谷は全身に酸を浴びて仲間に撃たれたんだあの気取り屋あんたの爺さんを強請ろうとしてたんだぜ女のほうはあいつの仲間にやられたのかもなミコトの瞳がかすかに慄えて色を変えたように見えたミコトが細谷を嫌っているのは感じていたし女とはただの知り合い以上の関係だったに違いないがゴンゾに見てとれた動揺はそれだけでそれきりミコトは再び頑なに無視を決め込んだ見えてる癖にとゴンゾは思ったどれだけうわべを取り繕ってもあんたはこっち側の人間なんだ臭いは消せない
 県内で初雪が観測されたと携帯ラジオが告げたのは翌日だったアナウンサーの声が流れる納屋で古本屋は錆びた釘を瓶に集める作業を娘とミコトに手伝わせたあとで火薬を詰めるんだ餓鬼の頃にゴンゾとよくやったよと古本屋は懐かしそうに説明した納屋の前ではゴンゾと灰色ひげの管理人が薪割りをしていた相変わらず上達しないな腰を入れるんだよと老人が呻いた人間の頭蓋骨を割るのは得意なんだがねとゴンゾは軽口で応じ腰を入れるなんていまの若い奴には伝わらないぜそもそも爺さんの腰はいまの日本語と違うんだよと笑ったどういう意味だと管理人は問いふたりは腰を突き出したり引いたりしながら死語どころか動作そのものが忘れ去られたことについて議論した
 飽きた娘がもういいでしょといい棄て二頭の犬を連れて去るのと入れ違いに薪割りを終えたゴンゾと管理人が合流し納屋に積まれていた板を戸口や窓に打ちつけたおれが子どもの頃の漫画には台風に備えて窓を板で塞ぐ描写がよくあったと古本屋は語りそれらが出版された時代にはもうそんな風習は廃れていたのになぜと不思議がっただれかが万引きしてきた雑誌をまわし読みしたっけなとゴンゾは懐かしみ昭和中期の雨戸は風を防げないほど粗末だったとか釘を打つことができるような壁材だったとか描いた漫画家は子ども時代の記憶に寄りかかりすぎて現実の変化に気づかなかったのだろうといった意見を男たちは交わした
 いま都会でそんな真似をしたら事案だな不審者扱いされて通報されるよと古本屋がいいそれはあんただからだろうとゴンゾに混ぜっ返された管理人は独り言のようにあたしらが若い頃は何もかもが雑でいい加減だった好きにふるまっても後ろ指をさされるどころか男らしいとか元気があってよろしいなどと称賛されるばかりだったといったそりゃ寛容な社会だったなとゴンゾは感想を述べ古本屋は肯いていまはよくも悪くも逸脱を許さないおかげでうまく適応した連中が搾りとる手口は巧妙になりいかにも小綺麗になってアパルトヘイトで儲けた家柄の奴やおれら貧民を倉庫で過労死させる奴が宇宙旅行をしているといったさすがインテリとゴンゾが冷やかし管理人はだからあたしは引退させてもらったのさいまじゃ大卒の富裕層があたしらの商売をやっている合法的に政治家や弁護士を味方につけてねこれだけ世の中が変わっても刻文町で店をつづける田澤さんは化け物だよといいあたしにはもう彼が何をやっているかわからないと寂しげに付け加えた
 大人たちが頭上で交わす会話にミコトは口を挟まず古本屋が打ちつける板を支えたり老人に釘を差し出したりしたこうした作業は嫌いではなかった建物の窓や戸をひと通り塞ぎ終えるとゴンゾは古本屋に手伝わせて車のトランクから武器を運び出したどうしたんだこれと管理人は眉をひそめて訝しみ警察から分捕ったのさあんたテレビ観ないのかとゴンゾはいいああ姫川さんのあれかずいぶん欲ばったなと管理人は呆れ合う弾が地下室にあるはずだと教えた黒光りする冷たい銃器に雪片が舞い落ちた大人たちは頭上を見上げた冷えるわけだと古本屋がいった
 それから数日は静かに過ぎた大人たちは退屈な冗談を交わし古本屋の娘は携帯を弄りミコトは二頭の犬と戯れた灰色ひげの管理人はマスクをして麓の街まで食材を買い出しに行った古本屋の娘はやることがなくて暇だからと料理を手伝ったゴンゾも興味を示したがつまみ食いか毒を入れるのが目的だろうと見透かされて断られた普段より手の込んだ料理が薪ストーブの前に並んだ田澤が仕事用の老眼鏡から普段使いの眼鏡にかけ直して奥座敷から現れた犬たちが期待に目を輝かせ舌を覗かせて人間たちを見上げたさあパーティだ盛り上がろうぜ音楽をかけろよとゴンゾが冗談をいったがだれも笑わなかったゴンゾは持ち前の健啖を発揮し二頭の犬もたちまち皿を舐め尽くしたが古本屋父娘もミコトも見るからに食欲がなかった老人ふたりはそれもまた業務であるかのように機械的に食事をした
 食事が済んで男たちが食器を洗い終えると古本屋の娘はまたしても携帯を弄りはじめた彼女の足許には管理人の大型犬が眠りミコトの足許には殺された女の犬がじゃれていた思春期の子を持つのはこういうことさと古本屋がゴンゾの視線に弁解するようにいった倫理観を持たぬ社会病質のゴンゾは躊躇なく少女の背後にまわって画面を盗み見ておまえのファンがここにいるぞと大声でミコトをからかった大型犬は目を醒まして頭をもたげ女の犬は驚いてソファの背後に隠れた古本屋の娘は怒るよりも怯えた表情になりついで戸惑いどういうことかと黒ドレスの同世代に尋ねたミコトは後ろめたそうに俯き長い睫毛を伏せて答えなかった頬を紅潮させ唇を噛んでいた描いたものに好意を寄せられるのに慣れていなかった
 大人たちが欠伸をしながら三々五々に寝室へ引き上げ犬たちがその場で眠り込んだのちも十代のふたりは話し込んでいた古本屋の娘はミコトに細谷とはだれかと尋ねたゴンゾとの会話を盗み聞いていたのだ秘書である旨をミコトは告げた会長と社長の隣にいるのをテレビで見たと古本屋の娘はいった彼のために人生が何もかもうまくいかなくなり不登校になった顛末をミコトは語った他人に打ち明けるのは初めてだった何があったか直接には触れなかったが伝わったようだった呪いの絵を見るのが気にならないのかと彼は尋ねた描いたものが世間にいかに受け止められたかその時点ですでに知っていただれにも愛されぬ自分が見出した逃げ場所が他人にとってどのような意味を持つかを古本屋の娘はミコトの瞳を見つめその奥に潜む怯えを見抜いた気にしてもしょうがないと古本屋の娘はあっさり答えたこの山荘にいる全員がその運命にあるそのときはもうすぐだと
 予言は的中した剣崎の率いる武装集団に襲撃されたのはその夜だった


(1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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