イシュマエル・ノヴォーク

第40話: テキサス州エルパソ

書いた人: イシュマエル・ノヴォーク, 投稿日時: 2021.12.31

親父がロデオ競技に出場したことがあるその時の親父は今のおれよりも若かったおれはうんと小さかった競技はチーム・ローピングだチーム・ローピングは二人組のカウボーイが馬に乗りながら逃げる子牛の頭と後ろ脚にロープをかけるまでの時間を競う競技だ相棒はラフだったラフはウィッピングの名人だおれは最前列で見ていた隣に座っていたおふくろは親父が心配で仕方なかったらしくて朝から顔色が悪かったゲートが開き子牛が駆け出してきた競技のはじまりだ割れんばかりの拍手喝采始まって早々親父が乗っていた馬が暴れ出した昔はロングドライブで暮らしていたカウボーイの親父がだ信じられなかったおれが呆気にとられているうちに馬は前脚を上げて静止……親父を背に乗せたまま地面に転がった隣のおふくろは心臓発作を起こしそうな顔だった馬に下敷きにされた親父はすぐに這い出てきた競技場は爆発したんじゃないかと思うぐらいの歓声が上がった親父がおれとおふくろに向かって手を振りそれから地面に転がったカウボーイハットで砂をはらい落してから頭にのせた歓声と拍手は鳴りやまなかった近くに座っていた男がレンジャー・バーリングは大した男だなとかそんなようなことを言っておれの頭を撫でたおれは誇りに思っていたあんな突然の状況でもかすり傷一つ負わずに立っている親父を見たんだからなでも親父は苦しそうな悲しそうな顔をして地面に転がっている馬を見ていた馬は骨折していて走ることはおろかもう二度と立って歩くこともできない様子だった少しすると係の奴が銃を持ってやって来たその間親父はずっと馬の首筋を撫でていた係の奴が親父に何か言った多分どいてくれだろうだが親父は係の奴から銃をとり上げるとそのまま引き金を引いたおれは生まれて初めて死の瞬間を見たどんなものよりも冷たく固い……行動の結果と責任色々なことが言えると思うもしかすると野蛮で暴力的だと批判する奴もいるかも知れないそういう一面はあるだが獣医がモルヒネを打つのを待つべきなのか? 結果は変わらない他人任せにすることはできるただ黙っていればいいんだだがそれは自分自身を放り投げていることに他ならないやるべきことは有無を言わずにやるんだ……さぁ着いたぞ
 助手席に座っていた青年がドアを開けありがとう父さんと言ったハンドルを握る中年男は白いカウボーイハットを一撫でして
ちゃんとやれよそれからそろそろ車を買ったほうがいい保安官補が自分の車を持っていないなんて恰好がつかないからな
レンジャーとしての助言?
親父としてのだ
ローンを組んだほうがいいかな?
ディーラーに言われるままにローンを組んで利息が払えずに破産した奴を知っている
貯金をがんばるよ
 青年がドアを閉めようとすると中年男がリロイ気を付けろよと言った
 中年男がハンドルを切ると無線が鳴り中年男はブレーキを踏んで無線機を手にとった

― エミール遅刻よ
タイニー今日は昼からだ
― そうだったかしら?
今までおれが遅刻したことがあったか?
― ないわねでもこれからも遅刻しないとは言い切れないでしょ?
いつだって約束は守ってきた
― 元奥さんが聞いたらきっと怒る
エリの話はするなおれは遅刻しない今までもこれからもだ
― ならいいのドライブを楽しんで

 無線が切れるとエミールはアクセルを踏んだ

 昼食を済ませたエミールが事務所に着くと受付係のタイニーが呆れた顔でエミールを見たエミールはカウボーイハットを次に半分ほど白く染まった口髭を撫で
どうした?と尋ねたため息をついたタイニーが事務所の隅を指差した隅にある椅子に腰掛けていた麦わら帽子にオーバーオール姿の老人が真っ白い伸び放題の口髭を触りながら
聞いてくれ大変なんだ
 エミールはシャツの胸に装着したローンスターに指で触れ
牛を盗まれたのか? それとも馬か?
違うもっと厄介だブタだよ
ソテーにしてやれ
豚舎から逃げた奴の倅か孫なんだとにかくデカいどっかでイノシシのカミさんをもらったんだイノシシと結婚して生まれてきた奴は手に負えないデカい上に頭が回る罠にかからないんだウチの鶏を平らげちまった
 エミールは首を鳴らしアールレンジャーはブタ狩り要員じゃないと言うとアールが不満げな顔で
デニスは断ったりしなかった
親父は関係ない
デニスは立派な男だった頼み事を断るような薄情者じゃなかった
 ため息をついたエミールが次の休みまで待ってくれ知り合いにも声を掛けるウェズとグリッソンあとはリロイにしよう
リロイって誰だ? 知らん名前だ
おれの息子だ
お前のカミさんは随分昔に息子を連れてダラスに行ったと聞いたぞ?
 小さく舌打ちしたエミールがタイニーを見て
リロイは最近こっちに来たんだ今は保安官補をやっている
保安官補のヒヨッコなんか信用できんもっとマシな奴を誘ってくれ
アールおれはブタ狩りを引き受けると言っただがやり方や人選はおれが決めるウェズとグリッソンは狩りが得意だしおれだって射撃は自信がある不慣れなヒヨッコが一人いたからって結果は変わらない
その言葉信じていいか?
週末はバーベキューの用意をしておくといい死ぬほど食わせてやる
まだ死にたくない
 エミールがそれならエルパソ中の知り合いに声を掛けておいてくれと言うとアールが
今も昔もレンジャー・バーリングは大した男だよと言って笑みを浮かべた

 自身の事務室に着くなりエミールは革張りの椅子に腰掛け机に山のように積まれた書類を押しのけて受話器のボタンを押した留守番電話に録音された取り留めのないメッセージが再生されていくそれらはテキサス・レンジャーを必要としているとは思えないようなものばかりでため息をついたエミールは壁にかけられたレンジャーたちの写真を見た白いカウボーイハットにブーツピストルベルト胸に装着されたローンスター全員が同じ恰好をしているこれらは前任者から受け継いだものであり彼らの象徴誇りでもある本来ならばエミールもレンジャー就任後に写真を撮影し彼らと同じように飾る伝統だが頑なに拒否したことで額装された写真は倉庫で箱に入ったまま埃をかぶっている留守番電話を聞き終えたエミールがコルト・シングルアクションアーミーを机に置くと見計らったように受話器が鳴ったエミールは舌打ちすると受話器を手にとった
もしもし?
― あぁエミール……良かった話をしたいんだ
ブタ狩りの話を聞く気はない
― なんの話だ?
なんでもないこっちの話だ
― 相変わらず忙しそうにしているみたいだな
皮肉か?
― いいや感心しているんだ
本題は?
― またトンネルが見つかった
先月から何個目だ?
― 今回はデカい連中トロッコで移動していた金鉱脈でも掘り当てるつもりなのかもな
アメリカは金鉱脈だと思うか?
― 考え方によるでもメキシコにいるよりはずっとマシだもしおれがメキシコに生まれたのならすぐに国境を越えるカルテルは異常だ
DEAのお偉いさんが言っていいことじゃない
― そうだなでも事実だ
異常だと言って片付くならおれは明日から休暇をとる
― アメリカが狂ってももっと忙しくなるだけだ
とっくに狂っているそれでジェイミーおれに何をして欲しい?
― 人手を貸して欲しい
国境警備隊の番号を忘れたのか?
― 警備隊も大忙しなんだ
移民を押し返すことにか?
― 知らんよ元保安官のよしみかおれへの貸しと考えてくれていい
出世を自慢しているのか?
― お前だって出世したじゃないかレンジャーになる夢を叶えたレンジャーは簡単になれるものじゃない全米で二〇〇人しかいない超精鋭この国で最も歴史ある法執行官
言い方はそれぞれだな何人か手配しようあまり期待しないでくれこっちも忙しいんだブタ狩りがあるからな
― 囚人の護送に失敗したのか?
こっちの話だ切るぞ
 受話器を置いたエミールはコルト・シングルアクションアーミーをベルトにおさめて立ち上がると事務室を出た廊下を歩いていると見知った顔たちが会釈した出口にやって来るとタイニーが
どこへ行く気?と尋ねたエミールはカウボーイハットを一撫ですると
パトロールだ
夕方までには帰って来て机の上の書類は明日までに処理して頂戴

 ☆

 二七五号線をトラックが勢いよく走り抜け白茶けた砂埃がメキシカンブルーの空に向かって巻き上げられる貧相な飛び込み台のような外灯が昼となく夜となく灯っているのは整備が行き届いていない証であるもののそのことを気にかけて市役所に電話をする者はいないあたりには平均身長以上に成長した木々は一本も生えておらず低木がまばらに地を這うように生えているだけの荒野が広がっている路肩に停められたリンカーン・コンチネンタルはボンネットが開いており内部からは白い煙が立ち上っている
 ブルース・リー風全身タイツを半分ほど脱いで褐色の肌をさらしたジョニーは工具を握りながら手をヒラつかせたブルームデイはシャツのボタンをすべて開けており自慢のダックテイルも垂れ下がっているブルームデイがどうだ?と尋ねるとジョニーは自身を手で扇いで
この通りお手上げだよと答えた
どうする?
どうするも何も走ってもらわなくちゃな
いっそ買い替えたほうがいい
そりゃあできない相談だ
 ブルームデイは汗と整髪料が混ざって萎れたダックテイルを撫でつけこいつを売って別の中古車を買えばいい燃費だって良くなる地球にやさしいと言ったジョニーは工具を指の上で転がし
地球にやさしくてもおれにやさしくない
おれは親切で言っている少し歩いて中古車屋を見つけたら店と交渉すぐに交渉成立だ
 ジョニーが首を横に振り金のネックレスが揺れた
スティーヴは金欠だからってそのスーツを売るかい?
ありえないおれの商売道具だぞ
それが地球のため人類のためビートルズよりも売れるためと言われてもかい?
これを売ったらおれじゃなくなるビートルズは癪だが……地球? 人類? 知ったことか
OKに同意そういうことさ
 疲れ切った顔で助手席に座るマーガレットは真っ赤な髪を振り喧嘩は終わった?
喧嘩じゃないぜ哲学とか神学とか……えぇっととにかくそういう話し合いをしていたんだ
 ブルームデイはジョニーと肩を組み
そしてこの通り意見が一致した世界平和が達成された瞬間だ拍手してくれ
 マーガレットは手を伸ばして運転席のクラクションを鳴らした
気の抜けた拍手だとブルームデイジョニーが手拍子するとブルームデイは爪先立ちで腰を動かしはじめたマーガレットは後頭部を掻きため息をつくと
踊るのはいいけど車は走ってくれないと言ったジョニーはリンカーン・コンチネンタルの車内をまさぐりラジオカセットレコーダーを肩にかけると早送りボタン次いで再生ボタンを押した流れ出すのはヴォーカルにスリー・ディグリーズを迎えたマザーファザーシスターブラザーによるフィラデルフィアの音
 ヴォーカルは申し訳程度にしか吹き込まれてはいないもののレオン・ハフとケネス・ギャンブルによる古典的楽曲はブラウン管の前で踊ったすべての紳士淑女にとってフランツ・ヨーゼフ・ハイドンの交響曲か弦楽四重奏曲と同じだけの重さを持っている荒野に引かれた二七五号線の上でアフロヘアーとダックテイルが踊り岩陰に潜む毒ヘビが首を振りながら割れた舌を出す絡み合ったオカヒジキが大地を転がっていく
 後方からクラクションが鳴らされるとマーガレットは振り返った前方ではジョニーとブルームデイが軟体動物のように踊っている後ろに停まったピックアップトラックから白いカウボーイハットにシャツブーツピストルベルト胸にローンスターを装着した男が降りるのが見えた男は踊っている二人を気にする素振りもなく身を屈め助手席のマーガレットに向かって
トラブルか?
えぇ……おかしいみたいなの
 男は目を細めてそこで踊っている二人がか?と言った
おかしいのはエンジン
 踊るのを止めたジョニーがよぅカウボーイ調子はどうだい?と言うと男はカウボーイハットを一撫でしてからエミール・バーリングだと言って手を差し出した二人は握手するとジョニーが
おれはジョニー・オーロラそっちで踊っているのがスティーヴ・ブルームデイで助手席にいるのがマーガレット・ホットフィールド
エンジントラブルのようだがアテはあるのか?
アテなんてないさだから踊っていたんだよ
 首を傾げたエミールがドラッグをやっているのか?
おれはポン引きみたいな見た目かも知れないがやってないしもちろん売ってないトランクを開けてくれていいしここで尿検査してもいいおれたちはマイマミに行く途中なんだ
ボロ車でか?
見た目はボロいかも知れないがこいつはあんたのトラックが何台も買えるぐらいの金がかかっているしそれ以上におれの心とか愛とか要するに全部が詰まっているんだ
悪く言ったことを謝罪する近くで整備をやっている知り合いがいるんだがもし良かったら引っ張っていくがどうだ?
OKに同意
 いつの間にかシャツのボタンを締めたブルームデイが手を差し出し
スティーヴ・ブルームデイだ。 『炎のテキサス・レンジャーは二〇三話全部観ていた
あれは作り物だ
あのチャック・ノリスの動きはなんというか……目を見張るものがあった
 ジョニーは両手をヒラつかせスティーヴはもっと話がしたいみたいだなと言うとブルームデイはパイロット・サングラスの縁を汗ばんだ手で撫でたエミールが突き立てた親指でピックアップトラックを指差しホットフィールドさんも乗ってくれ
私も?
 エミールがうなずくとジョニーが自身を指差したエミールが
お前はハンドルを握るんだよそ見するなよ? 牽引中に交通事故なんて目も当てられないからな
 マーガレットとブルームデイがピックアップトラックに乗り込みジョニーはタイツのファスナーを上げてリンカーン・コンチネンタルの運転席に腰掛けた

 ピックアップトラックの車内では助手席に座るブルームデイがエミールのピストルベルトを指差し
その銃は?と尋ねたエミールが言う
コルト・シングルアクションアーミーだ
 ブルームデイは口笛を吹きすごいなまだ使っているなんてな
レンジャーじゃあ珍しくないおれの他にも使っている奴がいる昔のものだし実用性に欠けると言われるが愛着があるそれに親父も使っていた
親父さんもレンジャーだったのか?
 エミールはカウボーイハットのつばを撫でるとうなずいた
昔からここで暮らしているのか?
親父からだ親父はロングドライブで生計を立てていたがエルパソに居ついただが親父を余所者だと言う奴はいない
いい親父だ
 前を見つめたエミールがそうだなと言った

 ドニファン・ドライブの雑貨屋の前でエミールはブレーキを踏んだ雑貨屋は二階建てでピンクに塗られた壁にはアイスクリーム〉 〈キャンディ〉 〈ソーダと書かれているエミールがここの裏だと言って自動車から降りるとブルームデイとマーガレットも降りた雑貨屋をぐるりと回ると裏手にはシャッターが開いたままの車庫が見えたリンカーン・コンチネンタルから降りたジョニーが歩いてくるのが見えた
ここかい?とジョニーが言うとエミールはうなずき
もう少し離れたほうがいい……グレゴリーいるか?と言ったすると暗がりからレンチが投げつけられエミールは驚いた様子もなく当たり前といった顔で地面に転がったレンチを拾い上げた
いるなら返事をしろ
 肩を上下させたマーガレットがテキサスの挨拶はこうなの?と言うとジョニーが
ロス式の挨拶のほうがいいかい?
 レンチを握ったエミールが車庫に入ると錆びた車体の自動車を整備していた老人が立ち上がった老人のTシャツは無地のものだが付着した機械油のために迷彩柄のように見えた老人が億劫そうな顔で何の用だ?と言うとエミールがレンチを渡したエミールが言う
エンジントラブルらしい見てやってくれ
市民に命令するのか?
無料でやれと言ったか?
 老人は細く皺の寄った首筋を撫でると黒ずんだ油が付着した老人はジーンズで手を拭き
どれを見るんだ?
 エミールはリンカーン・コンチネンタルを指差した
リンカーンかしかも改造車馬鹿みたいな改造をしているな
ジョニーはサングラスの縁を撫で改造車は嫌いかい?と言い老人がうなずいた
自動車は機能だ
好きな奴にはキレイなものをプレゼントしたくなるだろ?
無駄なことだ昔から一番綺麗なのは素っ裸と決まっとる
 ジョニーは肘でブルームデイの腹を突きだとさと言うとブルームデイが
それはここで脱げという意味で言っているのか?
 手をヒラつかせたマーガレットがそんな意味で言ってないと思うと言った老人はやれやれといった顔で歩いて行きリンカーン・コンチネンタルのボンネットを開けた細められた目は深く刻まれた皺が一つ増えたように見えた
こんなものすぐに修理できる
本当かい?
一五の時からこの仕事をしとるんだ明後日にでもとりに来い
首にかけた金のネックレスに触れたジョニーがすぐっていうのは一時間とかじゃないのかい?
明後日なんてすぐだ
 見かねた態度のエミールがもう少し早くしてやれないか?と言うと老人が
急いでいい仕事ができると思うなこんな時デニスなら黙ってうなずいたぞ
親父は関係ない
 ジョニーがお取込み中悪いけどいくらぐらいになりそうだい?と尋ねると老人は伸びて垂れ下がった眉毛に指で触れ
部品の交換が必要だしオイルの交換もしたほうがいい全部で一〇〇〇ドルぐらいだなと答えた
おれにそんな金が支払えるように見えるかい? おれをどこかのラッパーと勘違いしているのなら考えを変えてくれよとにかく走ればいいんだ
後悔することになっても知らんぞ?
 マーガレットが首を横に振り真っ赤な髪の毛が左右に揺れた
私が支払うだから全部やってできるだけ早くに
明後日より早くはならん
 ブルームデイはパイロット・サングラスの縁を撫で爺さんマギーが頼んでいるんだ早くしてやってくれと言うと老人が
プレスリーは黙っとれと言ったエミールが
グレゴリー頼んだぞと言って回れ右したマーガレットが言う
ありがとう
牽引しただけだ
 アフロヘアーを軽く叩いたジョニーがこれから一杯どうだい?
 エミールはカウボーイハットを一撫でし
テキサス人は鷹揚だが勤務中に酒を飲んだりはしない
それじゃあもしエミールが大統領選に立候補したら一票入れることを約束するよ
おれはそんなに馬鹿じゃないじゃあな
 歩き出したエミールがピックアップトラックに乗り込みアクセルを踏むとブルームデイがつぶやくように西部劇に出てきそうないい男だと言ったジョニーはサングラスの縁に触れ
ところでマギーおれがこんなことを聞くのも変だが金のアテはあるのかい?
銀行口座ぐらいは持っているそんなにはないけど
この借りは必ず返すよ。 〈黒いブラックサバスがゴールドディスクになったら
 マーガレットが無理しないで私こそあなたに頼りっぱなしもちろんスティーヴにもと言ってブルームデイを見たブルームデイは鼻先を掻き
おれは命を助けられただからこうやって借りを返している要するに気にしないでいい
ありがとう
 ジョニーは白い歯を見せしんみりしたことを言っているとそういう人間になっちまうぜ?
そうね……あなたを見ていると学ぶことが多い
 ブルームデイが両肩を上下させて学ぶ? ヌンチャクを振り回すことをか?と言うとマーガレットはレザージャケットのファスナーを鈴を鳴らすように指で弾きかもねと言った
それはそうと泊まるところを探さなきゃ
モーテルぐらいはあるさ散歩がてら行ってみようぜ
 三人は湯気のようにゆらめく地面を踏みしめ歩き出した
 

 ☆

 駐屯兵向けに建設されたバラックのように細長いモーテルは壁から屋根まで緑色に塗られておりドアを開けるなりジョニーはバロック式リコーダーのような口笛を吹いたブルームデイがビールはあるか?と言うとジョニーは小型冷蔵庫の扉を開け缶入りのブルームーンをブルームデイに向かって放った栓を開けたブルームデイはベッドに腰掛けビールを飲んだマーガレットは壊れた旅行鞄を床に置いてベッドに寝転がった彼女は額を擦りながら受付係から言われた汚すなという言葉の意味を考え顔を赤らめる彼女はキンキー・セックスをしようとしているような人間だと思われたことを恥ずかしく感じつつ現実から目を背けるように瞼を閉じた
 ベッドに腰掛けたジョニーが言う
スティーヴもう一本飲むかい?
もちろんこんな暑さじゃああっという間に干上がる
 ジョニーはブルームーンをブルームデイに渡し
テキサスに来たことはなかったのかい?
ダラスはあったがエルパソは初めてだダラスのショウはいい思い出がないおれと同じようにキングのそっくりを集めたショウだったんだが興行師はペテン師で金を持ち逃げされた七人のキングが深夜バスで帰るなんてなんの冗談だ?
センスがあるぜ
最低のセンスだところでマギーは寝たのか?
みたいだな
 ブルームデイは今のうちにシャワーを浴びて来る気まずそうな顔をしていたしなと言ってベッドから腰を上げたジョニーはテレビのスイッチを入れリモコンで消音ボタンを押した

 マーガレットが目を覚ました時モーテルの窓にはカーテンが閉められており暗がりの中で無音のテレビドラマ俺がハマーだ!が流れていたデヴィッド・ラッシュ扮するスレッジ・ハマーはダーティーハリーのパロディであり自動車に貼られた暴力大好き〉 〈死体が乗っていますといったバンパーステッカーが映る度にジョニーとブルームデイが小声で笑った伸びをしたマーガレットが
寝ちゃったみたいと言いそれから部屋に漂う界面活性剤の匂いに鼻をピクつかせた彼女は真っ赤な髪を掻き萎れたアフロヘアーのジョニーと光沢が失われ後ろに撫でつけただけの髪型をしたブルームデイを見るなり笑った彼女はレザージャケットを脱ぎ
シャワーを浴びてくると言ってシャワールームに向かったブルームデイがリモコンを操作してテレビの音量を上げたブルームデイが言う
映画に出演しないかと誘われたことがある
エルヴィスの役でかい?
コンテストで優勝したばかりの頃だ面白そうだと思ったが脚本を読んだらゾンビとして生き返ったキングを面白おかしくしたものだった当然断っただが周りは違った。 〈どうして折角のチャンスを棒に振るような真似をするんだ?と言ってきた冗談じゃないおれはキングを飯のタネにしているが彼の品位を落とすような真似はしたくないそれ以来おれの仕事は下降線尻すぼみってわけだ
立派だと思うぜ
あいつらの言う通りにしていたらおれは今どうなっていたんだろうな?
もしもの話はなしにしようぜ馬鹿みたいに膨らむだけで寝る時間が減るだけ
この旅行をしている間考えたんだこれまでおれはベストを尽くしたのかとな
後になるとアラばかりが見えるんだよ
アラだらけだ
 Tシャツ姿のマーガレットガシャワールームから出てくると私にも一本もらえる?と言ったのでジョニーがブルームーンを渡したマーガレットはベッドに腰を下ろし缶ビールの栓を開けた液体が咽頭を通過する音が部屋に響きブラウン管に映るバンパーステッカーと次回予告を見たジョニーが笑みを浮かべたブラウン管が真っ黒に染まり、 〈鬼才イタロ・マリネッティ監督による短編西部劇シリーズ脚本ジェイク・キニスキーという白い文字が浮かび上がった
マリネッティとキニスキーって知っているかい?とジョニーが言うとマーガレットとブルームデイが首を横に振った手をヒラつかせたジョニーが
タイトルは……チップの用意はいいかい?だってさいいタイトルだ小銭を用意しなきゃな


『ロクス・ソルス』という同人小説サークルで活動しています。それから、ジャズピアノの演奏活動をしています。気が向くと絵を描いたりします。

連載目次


  1. 一九七一年 パリ、ホテル・アンリ四世
  2. 二〇〇三年 アーカンソン州リトルロック
  3. リトルロック空港
  4. アーカンソン州リトルロック
  5. カリフォルニア州ロサンゼルス
  6. カリフォルニア州サンタモニカ
  7. カリフォルニア州ビバリーヒルズ
  8. アリゾナ州エルコ
  9. 一九七〇年カリフォルニア州ロサンゼルス / ミスター・ジョンソン。死んだよ
  10. 私たちは何者か?
  11. テキサス州ダラス
  12. アーカンソン州リトルロック
  13. カリフォルニア州ロサンゼルス
  14. カリフォルニア州ブエナパーク
  15. アーカンソン州リトルロック
  16. サタデー・ナイト・サタナイトショー
  17. 黒いブラックサバス
  18. カリフォルニア州スキッドロウ
  19. ブリテン・ボード・システム
  20. カリフォルニア州インペリアル郡 ~ジャック・トレモンド
  21. カリフォルニア州インペリアル郡 ~スティーヴ・ブルームデイ
  22. 裸の街
  23. 明敏で過敏なパーセプション (一九六六年 アップビート誌 九月号より)
  24. カリフォルニア州サンディエゴ ~ドーピーズ
  25. ピンクパープルの力学
  26. カリフォルニア州サクラメント
  27. 一九七〇年 コロラド州プエブロ
  28. ハート・オブ・グラス
  29. 屈折した知覚
  30. ミズーリ州セントルイス
  31. 離見の見
  32. 審理前会議
  33. オーディション
  34. 予備審問
  35. ハイエナたち
  36. デイライト
  37. アリゾナ州フェニックス
  38. 立証を終えて
  39. ブリテン・ボード・システムⅡ
  40. テキサス州エルパソ
  41. チップの用意はいいかい? ~TAKEⅠ
  42. チップの用意はいいかい? ~TAKEⅡ
  43. チップの用意はいいかい? ~TAKEⅢ
  44. テキサス州エルパソ ~天使のホンキートンク
  45. はかりごと
  46. 煙が目にしみる
  47. フロリダ州マイアミ
  48. モルフォゲンの輝き
  49. 暗号美学
  50. フロリダ州タイタスビル
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