杜 昌彦

GONZO

第38話: 燃える鎖

書いた人: 杜 昌彦, 投稿日時: 2021.12.19

コンテナやパレットが豆粒のように見える遥かな地上から強い風が吹き上げてくる飛び降りなかったらどうすんの風穴空いた屍体ふたつもどう片づけるつもりよとゴンゾは冷笑した箱沼も同様にニヤニヤしながら絵が拡散していることを細谷に改めて指摘した悪乗りしたゴンゾは流行の呪いについて先代のあとを継いで屍体となった小溝から聞かされた噂話を得々と語った両者とも武装した三名など眼中にないかのように細谷に向かってのみ話し場を支配したいゲバラ服は見るからに苛立った剣崎こいつらを黙らせろと細谷は低く叫び共犯者に名前を暴露されたゲバラ服はあんたこそ静かにしろと声を荒げ指示するのはわたしだと細谷は高圧的にいい返し素人が口出しするなこれはおれの領分だと剣崎が怒鳴っていかにも素人じみた仲間割れの機を捉えてゴンゾと箱沼は身を翻し銃をあっさり奪って構えた姫川尊が遂に習得できなかったあの曲芸である
 奪われた部下ふたりは何が起きたか突きつけたはずの銃が突きつけられている事実を呑み込めず悪夢でも見るかのように狼狽し銃を向けられた剣崎と細谷もまた安全な高みから弱者をいたぶるつもりが逆の立場となって凍りつきひとり銃を構えた部下は自分がまるで相手にされず蚊帳の外に置かれたことに困惑してえっえっ撃っていいの駄目なのどっちを撃つの指示をくれよとでもいいたげに心細げな目つきになり滅びたカルト教団で教え教わった師匠と弟子は敵に対する印象を海外で訓練された傭兵から素人へと格下げし呆れてうんざりした顔をした
 銃を床に置いて手を挙げろとゴンゾは義務をこなすかのようにいい撃ち合いになると困るのはお宅らじゃないかナと箱沼はこれまた事務的に敵四名を脅した剣崎はふて腐れた表情で銃を足許に置き両手を挙げ何をグズグズしてるんだよとでもいいたげな苛立った目つきで部下らを睨んで従わせたそうそうそれでいいのヨチョイとお話ししましょうネそのためにお邪魔したんだからサと箱沼は愛想よく朗らかにいった銃とナイフを返せよとゴンゾは要求し剣崎は微動だにせず警備員の扮装をした部下たちは困惑したように細谷を見て細谷が次に発する言葉を全員が待った
 急に注目を浴びて成り行きに責任を負わされた細谷は話すことなど何もないとやけを起こすかのように叫んでゴンゾの銃をポケットから抜いて構えその悲壮なりきみようを箱沼とゴンゾに失笑されたそれじゃ撃てないぜとゴンゾは親切に教えてやり細谷はうるさいと叫んで安全装置をはずそうとし箱沼の発砲でその銃は細谷の手から弾き飛ばされ狭い足場に滑る銃を拾おうとした部下をゴンゾが撃ち飛散した脳漿や血飛沫は霧となって風に流され手首を押さえて呻く細谷の顔に噴きかかって頭部が西瓜のように弾けた男は両脚が液状化したかのようにぐんにゃりと倒れ案山子のごとく手摺を乗り越えて空中で消失したかと疑わせるほど長い時間をかけて落下し重い衝撃で塔を揺さぶった動揺する細谷を箱沼は突き飛ばしホレ行くぞと愉しげに駆けだしたゴンゾは足場から落下する寸前の短銃を左手で回収し右手で背後にミニウージを向けながらあとを追ってエレベーターに飛び乗りボタンを拳で叩いた闖入者二名を乗せて身じろぎし降下する籠を剣崎の指示で部下らが撃ちはじめ細谷が頭を抱えてやめろと悲痛に叫び青い火花を散らして手摺が削れるたびに籠は揺れた
 剣崎にけしかけられた勇猛果敢な命知らずが飛び降りてきてゴンゾに銃口を振り払われ弾みで引き金が絞られて飛びのいて伏せた細谷と剣崎の頭上を銃弾がかすめミニウージは籠の床を滑って落下ゴンゾと警備員もどきは揉み合い殴り合いの格闘となった箱沼は籠の手摺にもたれて薄笑いで見物する細谷が配電盤に駆け寄って電源を落とし籠は塔のなかばの中途半端な位置で制止した籠が身じろぎした衝撃で警備員もどきは仰向けに転落し仰天の表情で地上へ吸い込まれ結末が明白であるにしては長すぎる絶望的な旅の末頭からタンクに叩きつけられた滑稽な打楽器のように鳴ったタンクは愚かな男の型取りをするかのように凹んだ
 師弟は籠から身を乗り出して懸垂の要領でぶら下がり手近な足場に飛び降りた腐敗した果物に蟻が群がるように銃を構えた警備員もどきが左右からわらわらと集まってきた標的を跨いだ射線の先には同僚が同士討ちを畏れて発砲を躊躇した彼らをゴンゾはためらいなくミニウージを乱射してなぎ倒した師弟は階段を駆け下りて左右へ散った
 ケムール人よろしく両手の指先をピンと伸ばし肘を直角にし膝を高く引き上げて走っていた箱沼は急に振り向きざまに発砲した剣崎とその部下らは球形のタンクの陰に隠れた弾丸が配管で跳ねて火花を散らす警備員の格好をした男たちは剣崎の指示を待たずに撃ち返しはじめた箱沼の弾はふざけているかのようにまるで当たらないかと思いきや剣崎一味の頭上でかんと間の抜けた金属音がしてびびびびと細かい振動が生じた薄笑いを浮かべた箱沼がさらに発砲するとタンクは裂けて火を噴き赤黒い焔が膨れ上がって逃げ遅れた男たちを呑み込んだ人体の断片と金属片が撒き散らされ男たちの頭上で配管が崩壊しがらがらと騒々しい音を立てて彼らを押し潰した溶液が燃えながら溢れ出て有毒ガスの煙が広がったさすがの箱沼も火の海に追いつかれぬよう血相を変えて全力疾走した
 遠くない距離に地響きを聞き刺激臭のする煙を嗅ぎながら巨大な水槽めいたタンクの谷間でゴンゾと細谷は銃を向け合った素人に扱えるのかとゴンゾが挑発するとタイやグアムの射撃場で練習したと細谷は怒鳴り返した
なんだってわざわざあんな物騒な連中とつるんで自分の会社を脅迫するんだそんな手間をかけなくても目的は果たせるだろう仕事を請けてやってもいいんだぜあの薬の入手先を教えてくれたらな給料だってしこたま貰ってるんだろう
家庭教師は間に合っているといったろう
鈍い奴だな姫川宗一郎を殺してやるといってるんだ教団との繋がりを吐けば料金はまけてやる
あの男の手先じゃないのか
だれのいいなりにもならねえよしいていえば金の亡者だねパチンコ屋の駐車場で脅されてから気になってねこの数ヶ月あんたのことを調べた今じゃちょいとした専門家だよあんたのことは何でも知っている自伝を書くときは雇ってくれ餓鬼んとき姫川宗一郎のお稚児さんだったんだろう復讐の動機は充分に思えるがねゴンゾは細谷の動揺から図星と見抜いた。 「あんたに落ち度はない変質者が貧しい子どもを喰い物にしたそれだけの話だ
おまえに何がわかる
おれだって餓鬼の頃には生きるために何でもしたよあんたの親爺さんは事業に失敗して莫大な借金を抱えていたあんたは家族を支えるためにモデル事務所に通った会員制の特別クラブだ出身校の人脈で医者や政治家や弁護士や起業家といったペドフィリアが紹介される表向きは百貨店のチラシでポーズをとるような仕事クライアントに気に入られたら裏へ呼ばれて写真や動画撮影だ報酬につれて露出も増えしまいには指定されたホテルへ派遣される
 黙れ黙れと細谷は吠えた銃を構える手が震えていた遠くない距離で連鎖反応のようにタンクが次々に爆発した男たちの悲鳴とサイレンが聞こえ刺激臭が強まった煙と熱気で視界が薄らぐ
母親が男と出て行ったのと父親の失踪は同時期だったモデルクラブをやめ施設に預けられたがそこでも喰いものにされたあんたは街へ出て売春で稼ぎその金で大学へ行った家庭教師として姫川家に赴いたのはどういうつもりだったかおれにはわからない再会した姫川宗一郎は何も憶えちゃいなかったそれで復讐を思いついたんだろう? あんたは加害者にとって重要な被害者でありたかっただから別人になりきって媚びた取り入って学費を出してもらい海外留学で院を出て秘書にまで抜擢されたそれでも宗一郎は正体に気づかなかった気づかないふりをしたのかもなどのみちあんたには屈辱だった子どもだったあんたにしたこと以上に
許せなかった細谷は猿のように顔を歪めて叫んだ。 「わたしの人生を狂わせたのがあの男にとっては忘れるような些事だったことが
ペドフィリアにあんたを差し出して上前をはねた両親はどうなんだ恨むならそっちじゃないのかペド野郎は怪物だがあんたの両親は人間でやったんだからな
 細谷はわあわあと泣き叫びながら発砲した二回三回銃弾はかすりもしなかった
どら息子の直継は父親を畏れていたその心の隙にあんたは巧みに入り込んだ直継があんたのいいなりになるまで時間はかからなかった社長としての決断だれに何を指図し人前で何をどうしゃべればいいかあんたの指示がなければ直継は何ひとつ満足にこなせなくなった洗脳に成功したあんたは図に乗った直継を手下であるかのように錯覚したんだ実際には宗一郎の道具に過ぎなかった直継は父親にあんたの企みをバラそうとしただからあんたは県警内の息のかかった連中に姫川邸を襲撃させ逆らうとどうなるか思い知らせたそれと同時にあんたは——
 至近距離で爆発が起きて両者は振り向いた巨大な金属片が飛んできてタンクを穿ち緑色の溶液が噴出したゴンゾは間一髪で飛びのいたが細谷は全身に溶液を浴びて獣のような声を発した服や膚や髪が灼けただれて白い蒸気があがった鼻を衝く刺激臭にゴンゾは塩の柱になるのを畏れるかのように全力で走った映画の探偵はなぜ長広舌を何ものにも妨げられぬのかと訝るのは敷地外へ逃れてひと息ついてからだ
 選ばれし価値ある人間と自認していた我が身に文字通り降りかかった災厄死の激痛に細谷は恐怖し動転したそれまでの人生で彼は喰い物にされることはあっても拒絶された経験がなかった過去を隠して海外で学んでいた時期には女にも男にも求愛されたし教授にも見込まれた学歴や資格をひっさげて帰国してからは宗一郎の庇護下で何もかも思い通りにしてきたおかげで子ども時代の孤独を忘れていた本当に怖ろしい目にあって助けを乞うとだれからも厭われることを熱い痛い死にたくない救いを求めてよろめき歩き失明した目におぼろな影をとらえた小型機関銃を持っている剣崎だ皮膚の垂れ下がる手を伸ばして助けてどうか助けてと呻いた
 剣崎は顔を嫌悪に歪め近づいてきた男を射殺した


(1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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