イシュマエル・ノヴォーク

第37話: アリゾナ州フェニックス

書いた人: イシュマエル・ノヴォーク, 投稿日時: 2021.12.17

開拓者たちによって生まれたアリゾナ州の不死鳥ルーズベルトフーバークーリッジ三人の大統領の名前を冠した偉大なダムの電源は軍需産業航空機産業電器機械工業から半導体エレクトロニクス産業へと食指を伸ばし今やシリコンの砂漠として繁栄している
 ニュー・リヴァー自然保護区にほど近い場所に建てられた丸太小屋の前でリンカーン・コンチネンタルが停まるとブルームデイが大きなため息をついた
フェニックスは観光が盛んだって聞いたんだがな
 ジョニーは埃をかぶったアフロヘアーを手ではらい砂埃で蜃気楼のように揺らめいて見える高層ビルを指差し
アッチは凄そうだけど今はコッチだぜと言って目の前のみすぼらしい看板を指差した看板はベニヤ板に小石が接着されておりそれらは不死鳥葬儀社という文字を形成していた
センスの悪いジョークだ葬儀屋なのになとブルームデイ
何度も死ぬならそれだけ葬式ができるだろ? 大儲けさ
 呆れた様子のマーガレットが人間一度しか死なないそれよりも本当にここでいいのかしら?
ジャッキーのメモ通りだよ間違っちゃいないでもダグはエルコに墓があるんだろ?
えぇ……この目で見た
 ブルームデイはダックテイルを撫でるとおかしな話だどう考えてもおかしいどうしてここなんだ? エルコには葬儀屋もないのか?と言ったマーガレットは真っ赤な髪を左右に振り
それをたしかめに来た違う?
 口笛を一吹きしたジョニーがジャッキーみたいな物言いだ
そう? 別に真似したつもりはないのだけれど……もし怒らせたのなら謝るわ
 パイロット・サングラスの縁を撫でたブルームデイが怒っていないただ不思議に思っているだけだと言ったジョニーは褐色の首筋を撫で
それじゃあドーピーズ〉、 ご機嫌に行こうぜと言って歩き出した

不死鳥葬儀社の粗末なドアを押すとマーガレットとブルームデイが眉を顰めた板張りの床にはチョークで魔法陣のようなものが描かれており中心で胡坐をかいた先住民の若い男二人がステッキのように細長いパイプを吸っていた二人は髪をラビット・ヘアに巻いておりそれぞれが色褪せた桃色色褪せた青色のTシャツを着ている下はズボンではなく腰巻のようなものを履いていた二人は虚ろな目つきで三人を見るなり大声で笑い出したブルームデイがため息をつき
お取込み中みたいだな
 二人組は腹を抱えて笑いながら立ち上がるとブルームデイのダックテイルを見て
救世主だ!
くたばれコロンブス!
 ブルームデイが呆れてモノも言えないと言い二人はブルームデイの肩を叩いた
マトモな奴はいないのか?
 マーガレットとジョニーが手を挙げブルームデイがお前たちに聞いたんじゃないと言ったアフロヘアーを一揉みしたジョニーが草の家の人」 (※ 先住民の他部族はショショーニ族のことをこのように呼んだと言うとピタリと止まった先住民二人が目を細めた桃色のTシャツの男が
何の用?
チーフに用があるんだ三〇年ぐらい前に生きていてここで仕事をしていた奴から話を聞きたいどう見てもあんたらじゃあ無理があるし
水色のTシャツの男がペヨーテが欲しいんじゃないのか?と尋ねるとジョニーはサングラスの縁を撫でそういうのはいらない話を聞きたいだけだよ
警官?
アフロとエルヴィスレザージャケットの真っ赤な髪の女刑事のテレビドラマなら視聴率が荒稼ぎできそうだと思うけど違うんだ話を聞きたいだけ話の内容を聞きたいかい?
言ってみて
 ジョニーが口を開くとマーガレットが手で遮り
ダグラス・ハイドパークを埋葬したのはここなんでしょ?
誰?
ロック歌手よ埋葬した場所はエルコどうしてここなのか気になったの
 首を捻ったブルームデイが無駄だ真昼間からハイになっているような奴らから話を聞けるかと言うと青色のTシャツの男は
キメているように見えたのはいいけどここまでだと白けると言ってラビット・ヘアを左右に振った桃色のTシャツの男が苦笑いを浮かべブルームデイは肩を上下させた
どういうことだ?
 ジョニーはブルームデイの肩に手を置き
スティーヴ深呼吸しなよ落ち着いたかい? それじゃあ両手を後ろにして組んでくれ次におれがOKと言うまでそのままにしてくれ
なんだ?
ゲームみたいなものさタイトルは怒るな落ち着け……いいかい?
 ブルームデイが不思議そうな顔でうなずきジョニーが口を開く
話を戻そうおれたちは警官じゃないしドラッグも欲しくない話を聞きたいだけもしいきなりここに来たのが流儀に反しているのなら一旦外に出て電話するし太鼓を叩くパイプも吸うよどうだい?
電話も太鼓もパイプもいらない
どういうことだ?とブルームデイが言うとジョニーが突き立てた人差し指を唇に近付けた桃色のTシャツの男がキャビネットから携帯電話をとり出してボタンを押した
あぁ……親父に会いたいと言っている妙な連中が来ているんだソッチ目的じゃないらしいあぁありがとう
 桃色のTシャツの男は携帯電話をキャビネットに戻しここで待っていてくれと言うなり青色のTシャツの男と二人で外に出て行ったジョニーは後ろに手を組んでいるブルームデイに向かって
楽にしていいぜ
一体なんだ?
 ジョニーはサングラスの縁を撫で一言で言うと担がれていたんだよと言ったブルームデイは数秒の間呆気にとられたように口を僅かに開けていたものの直ぐに口をキツく閉ざして舌打ちした
「〈怒るな落ち着け〉」 とジョニー
あいつらおれを馬鹿にしやがった
 ブルームデイの両肩を軽く叩いたジョニーが
はじめおれたちも彼らをそういう風に見たんだしお互い様さ
馬鹿にしやがって
 マーガレットは子どもを窘めるような調子で敬意よスティーヴ前にあなたがジャッキーに言っていたじゃない?と言いブルームデイは大地が割れるような低い音で喉を鳴らした

 しばらくするとドアが開き初老の先住民が入って来た赤茶色の肌に皺が寄った顔細長い手足は太古の昔から北米大陸を駆けた者たちと同じ形をしているように見えた後ろには桃色のTシャツの男と青色のTシャツの男が立っていた着替えたらしく二人ともジーンズを履いていた
それで話というのは?
 初老の先住民の声は低いが訛りのない落ち着いた言葉だった妙な羽飾りをかぶり肌に染料を塗ってハクジンウソツキキモサベなどと言わない皺の寄ったチェック柄シャツを着た平凡な合衆国市民だったジョニーはサングラスの縁を撫で
その前に自己紹介させてくれよおれはジョニージョニー・オーロラロスでラジオDJをやっているそれから隣がスティーヴ・ブルームデイでお次がマギーマーガレット・ホットフィールド
ジェームズ・カルフーン息子のバリーとクリスだ
バリーとクリスが真面目な顔でよろしくと言うとブルームデイが
さっきと大違いだ
 青色のTシャツを着たクリスがちょっとからかっただけだよペヨーテを欲しがる白人が多くて困っているんだ先住民を見れば呪術に詳しいと思い込んでいる
どうしてそんな紛らわしい真似をする? 余計に誤解されるだけだとブルームデイ桃色のTシャツを着たバリーが
パイプを吸わせれば白人は満足して帰る彼らはペヨーテがどういうものか知らないからねまぁぼくも知らないけど
 目を細めたジェームズがバリーを睨みバリーが口を閉ざしたジェームズが言う
ペヨーテはネイティヴ・アメリカン・チャーチのメンバーだけが所持使用を認められている白人も黒人も駄目だ理由はわかるな?
そりゃあもちろんハイになるからさ
そうだメスカリンアルカロイド……要するに幻覚剤だもっとも白人だって治療薬と称して使用しているが居留地にすら住んでいない先住民にとってはいい迷惑でしかない
 ジョニーは面倒なことってあるよなそれで話を聞きたいんだマギー?と言ってマーガレットに話を振ると彼女は鼻をピクつかせた
えぇっと……ダグラス・ハイドパークの埋葬について聞きたいの
ハイドパーク?
多分あなたが七一年にエルコに埋葬したロック歌手
 ジェームズは皺が寄った赤茶色の額を撫でながら
……仕事をはじめたばかりの頃だった大きな仕事だと思ったエルコまで車を走らせた
誰があなたに仕事を依頼したの?
家族だ妻だと言っていた
ダグは結婚していない恋人じゃなくて?
そうだったかも知れないがよく覚えていない
 手をヒラつかせたジョニーが思い出してくれよじゃないとおれたちが困っちまうんだと言うとジェームズが困るのはお前たちだだが困ると言えば……あぁ思い出した依頼した女が支払いをしなかったんだそいつに電話したらレコード会社の男が小切手を送ってきた
それはルーク・サンシャスっていう人?
だったかも知れない
確認できない? 記録はないの?
文字は嘘をつく
人も嘘をつくぜとジョニージェームズが話は終わりだ次はこちらの番だと言って青色のTシャツを着ているクリスに向かってアレを持って来いと言ったうなずいたクリスが奥に行くとショットガンを持って戻って来た小声でブルームデイが嫌な予感がするとつぶやいたジェームズが言う
お前たちの話を聞いたおれは話したこちらの番だこれを届けて欲しい
 ジョニーは手をヒラつかせておれたちは配送屋じゃないぜそういうことはフェデックスか郵便公社に電話してくれよ
公平じゃないお前たちの話を聞いたおれは話しただからお前たちはおれの依頼を受けなくてはならない
筋違いだよ大体そんなものあんたが持って行けばいいだろ?
これは不浄なものだだから触りたくない
ショットガンが人を殺すわけじゃないぜ人が人を殺すんだ
これは人を殺しているお前たちが言ったようなロック歌手を
 マーガレットが真っ赤な髪を左右に振りダグは殺されたわけじゃないと言うとクリスが
自殺に使ったんだよ。 『ネヴァー・マインド』」
 ジョニーはアフロヘアーを軽く叩いてひょっとしてカート・コバーン?と尋ねるとクリスがうなずいたジョニーは口を囲んだ髭を指でなぞり
カート・コバーンが自殺したショットガンなんて凄い一品だ世界に一つしかない
 呆れた口調でブルームデイが自殺は一度しかできないからなと言ったジョニーは突き立てた人差し指を上下に振りながら
面白そうだから受けるよいいや是非やらせて欲しいどこに持って行けばいいんだい?
四四号線沿いのウィンズローという町に住んでいるマイケル・ボボークという男に渡してくれ
住所は?
ジェームズは顔色を変えることなくウィンズローに住んでいると言ったブルームデイは腹を擦ると
住所もわからない奴に会えるわけがないそれともグレート・スピリットとやらが導いてくれるとでも言うのか? 冗談言うな
 手をヒラつかせたジョニーがスティーヴ乗り掛かった舟さこんなことそうは体験できないぜ? マギーはどう思う?
 マーガレットは呆れたような観念したような顔で腰に手をやり
賛成しかねるでも話は聞かせてもらったしいいんじゃないかしら
スティーヴいいだろ? ここまで来てやらない手はないぜ
 首を鳴らしたブルームデイがどうなっても知らないからなと言ったジェームズが目くばせするとジョニーはクリスから剥き出しのショットガンを受け取った
結構重いなおれはバンドをプロデュースしているんだ。 〈黒いブラックサバスっていうバンドでオリジナルも演るしカヴァーもする次のアイディアになりそうだ全身タイツのアフロたちが演奏するネヴァー・マインド……中々にイカしているだろ?
ドラッグをやっている?とクリスジョニーはサングラスの縁を一撫でして
いいや楽しいことは自然に楽しみたいんだと言って手を振り外に出て行こうとするとバリーが
そういえばどうしてぼくたちがショショーニ族だってわかったんだい?
 ジョニーはショットガンを肩に置き前にショショーニ族のニュースを見たんだその時そんな髪型をしていたからそれで適当に言っただけさ
凄いねいい勘してるそれともニュースが凄いのかな
ジョニーは 「〈ドーピーズは敵なしさと言って外に出た

 リンカーン・コンチネンタルは一七号線をひた走るラジオカセットレコーダーはアース・ウィンド&ファイア九月を歌っている景色はバンドの名前ように風光明媚であり生い茂った針葉樹は覆いかぶさるように深緑の葉を揺らす空を漂う千切れ雲を見ながらジョニーが
いい感じだと言うとブルームデイが
厄介事を押し付けられただけだ
気の持ちようさ
ピクニックと勘違いしていないか?
 マーガレットは膝の上に置いたショットガンを撫でるとブルームデイが下手に触るな暴発したらどうする?と言うとマーガレットが
リトルロックのウォルマートにだってショットガンぐらいは売っている
そういうことじゃないおれが言いたいのは女が銃を持つのは良くないってことだ
持ってない置いているだけでも気を使ってくれたのならありがとう
全部の女がスティーヴに銃口を向けると決まっているわけじゃないぜ
 ブルームデイは手をヒラつかせると降参だお前ら二人で屁理屈をこねられたらなと言って腕組した

 四〇号線はアリゾナ・トレイルパープル・ハート・トレイルを通過し一九五六年にアイザンハワーが連邦補助高速道路法に調印したことで衰退したルート六六マザー・ロードを東に向かって走るジョン・スタインベックによる怒りの葡萄で西へ向かったジョード一家は豪雨と洪水の洗礼によって洗い清められたものの三人はシボレー・コルベットに乗ったトッドとバズのように底抜けとはいえ六〇年から六四年にかけてCBS系列で放送されたテレビドラマはマザー・ロードでの撮影はほとんどされていない
狐色の地面と枯草低木永遠の荒野を改造されたリンカーン・コンチネンタルが走り去る

 一行がウィンズローに到着したのは夕暮れ時だったオレンジ色の光が大地と点在する一階建ての建物を照らしておりそれらは撮影のために用意された大がかりなセットのように大袈裟で過度な哀愁を引き出そうとするかのように輝きを放っていたジョニーは雑種犬と散歩する通行人を見るなり速度を落とし窓から顔を出して
よぅちょっといいかい?
 通行人は振り向いたものの足を止めることはなく歩きながらなんだって?と聞き返した
マイケル・ボボークの家に行きたいんだ知っているかい?
 通行人が通りの先を指差し雑種犬が一鳴きしたジョニーはありがとさんと言ってアクセルを踏んだ
口笛を一吹きしたジョニーがどうだい? 簡単だろ?と言うと首を捻ったブルームデイが
どうだかな
うまくいっているのに不満なのかい?
 ドレスシャツの襟に触れたブルームデイがうまくいっている時ほど足元をすくわれると言った

 ジョニーはトタン屋根にペンキでロックと塗られた一軒家の前でブレーキを踏んだ傾いたポストにはマイケル・Bと書かれていたアフロヘアーを一揉みしたジョニーが
ここみたいださぁこいつを渡そうドアの合言葉はなんだと思う? やっぱり、 『ネヴァー・マインド』? それともブリーチ』? いいやインセスティサイドでもいい
若造の音楽だ
エルヴィスだって同じことを言われただろうな反社会的で挑発的ってさ
「〈キングは社会的だ挑発的ではあったかも知れないが社会は否定していないそうじゃなかったら入隊なんてするわけないからな
 呆れた顔のマーガレットが私が届けてくるその間に仲直りしてと言ってショットガンを手に自動車を降りたマーガレットが歩き出すなり対向車線に停めてあった真っ黒の三菱パジェロイオからタンクトップ姿の四人組が降りるのが見えたジョニーとブルームデイは示し合わせたようにサングラスの縁を撫でヤバそうだと口をそろえた
 マーガレットがショットガン片手に呼び鈴を押すとブザー音が聞こえた後ろからジョニーのマギー走れ!という叫び声が聞こえて振り返った時彼女の目の前には四人の男たちが立っていた男の一人が文字のような記号のような刺青が施された右手で強引にショットガンを掴んで引っ張ると暴発したショットガンが男の右耳を吹き飛ばした轟音と衝撃に驚いたマーガレットは地面に尻もちをつき恐怖心から自身の両耳を塞いだ
右耳を吹き飛ばされた男は手で顔を覆いながら金切り声を上げ別の男がこの野郎と言って拳を振り上げたしかし拳が振り下ろされることはなかったなぜなら彼らのすぐ近くに停まっているリンカーン・コンチネンタルからラジオカセットレコーダーを肩にのせたアフロヘアーの男とダックテイルにヌーディスーツ姿の中年男が立っていたからラジオカセットレコーダーのスピーカーから流れるのは一九七六年に発表されたブーツィー・ラバーバンドのストラッチン・アウト・イン
ジェームス・ブラウンとの決別幻のサイケデリック・ファンクバンドのハウスゲスツジョージ・クリントンによるヘッドハンティングを経ていよいよ自身の才能を開花させたブーツィー・コリンズ渾身の一作神を称えるヘブライ語を合図に展開されるミュージトロニクス社製エフェクターオートワウが縦横無尽に歌い出す
ジョニーは腰から下がるヌンチャクに手をやり奇妙な掛け声の後にヌンチャクを振り回しはじめた突然はじまる異様な大道芸にタンクトップの四人が呆気にとられているとブルームデイが男の一人に突進して突き飛ばし男が植え込みの中に落下したブルームデイは三人の男を相手に果敢に素手で挑んだブルームデイは腹に拳を受けても顔を歪めずテラモーンの子アイアースをベルヴェデールのトルソのように打ち砕いたオデュッセウスが乗り移ったようだったその間ジョニーはヌンチャクを振り回す速度をさらに上げていく住民の誰かが銃声を通報したのか青と赤の光が交互に灯り警ら中のパトロールカーがやってくると男の一人がマーガレットが握るショットガンを奪って三菱パジェロイオに乗り込んで車を急発進させた唇を切ったブルームデイは血が混ざった唾液を地面に吐いてマーガレットに手を差し出したマーガレットが真っ赤な髪を振ってありがとうと言うとブルームデイがうなずき深いため息をついたパトロールカーから降りてきた警官は制帽を撫で首を捻るとヌンチャクを振り回し続けているジョニーに向かって何をしている?
見てわからないのかい? 今新記録なんだ邪魔しないでくれよ
警官は鼻を掻きつづきは留置場でやれ頭を冷やせるぞ
それじゃあ車に乗って行くよ
レッカーしてやるここは駐車禁止エリアだからなキップを切ってやるぞそれからこのやかましいラジカセを止めろ
 ジョニーの後頭部にヌンチャクが激突し脳内で火花が散った

 ☆

 鉄格子で遮られた小さな窓からは十字の月明りが差し込んでいる三方には椅子というよりガス管と呼ぶべき椅子が設置されているものの二人は腰掛けておらずスティーヴは壁にジョニーは鉄格子に寄りかかっている向かいの檻の中で座るマーガレットは自身の境遇の変化について行けずただボンヤリと月明りを見ていた彼女にとって悪夢のはじまりは母親の死からだったのか? それとも父なる知覚、 〈パーセプションとの出会いからだったのか? マーガレットはカート・コバーンが涅槃の境地に辿り着いたようにガス管のような椅子に横たわった
 ジョニーが後頭部を擦りひょっとして割れてないかい?と言うと首を鳴らしたブルームデイが割れてはいない痛むのか?
いいやアレは返してもらえると思うかい?
さぁな……それよりもショットガンだ盗まれたなんて知られたら呪いでもかけられそうだ
 手をヒラつかせたジョニーが取り返すよ
アテは? 言っておくが地球が丸いからなんて言うなよ?
鍵が必要だな
 ブルームデイはダックテイルを撫でるとたしかに鍵があればここから出られると言って苦笑いを浮かべた重いドアが開きコンクリート打ちっぱなしの床を支給品のブーツが打ち鳴らす神経過敏なマーガレットは椅子から起き上がり檻の外を悠然と歩く保安官を見た保安官が口を開く
今日おれは機嫌が悪い理由はわかるか?
 ジョニーはアフロヘアーを軽く叩いて
生憎心は無色透明ってわけじゃなさそうだぜ車とヌンチャクを返してくれよ
いいともアフロここを出て罰金を支払えば返してやるプレスリー気取りは?
気取りじゃない
へぇそうか赤髪は?
 マーガレットは首を横に振った
本当に知らないのか? なら教えてやる土曜の夜にどっかの馬鹿が騒ぎを起こしたせいでカージナルスの試合を観ることができない不機嫌になるにはこれ以上ないぐらいの理由だ
見掛け以上に下らない奴だとブルームデイが言い保安官が顔を顰めた保安官は咳払いすると
とはいえどんな馬鹿にだって権利はあるおれは法の執行者だからその権利を認めているこれから一人だけ五分だけ電話をさせてやる弁護士に電話してもいい誰が電話をするか今すぐ決めろ
 ジョニーが目にも止まらぬ速度で手を挙げたマーガレットがジャッキーに電話してと言うとジョニーがマギー土曜は何の日だい?
土曜日は土曜日でしょ
OKに同意

 別室に連れて行かれたジョニーは黒電話の受話器を握ってダイヤルを回した保安官が五分だけだと言いジョニーがうなずいた

 ☆

 カリフォルニア州はロサンゼルスメルローズ通り沿いの堅固なラジオ局コンソールの前で一人で座るイースタン・ジェイコブスはラジオ番組が開始される五分を切ってもDJのジョニー・オーロラが姿を見せないことに苛立ちを隠さず舌打ちするとチェリー・ドーナッツを口に放り込んだ糖分の塊の欠片がジェイコブスが着るオーバーオールに落下した電話が鳴り響きジェイコブスは不機嫌な顔で受話器を手にとった
もしもし?
― よぉイースおれだよ
ジョニー今日は土曜日だぞ
― わかっているよただどうにも手が離せないんだ
家賃が支払えなくてまたホームレスになったのか?
― 惜しいがちょっと違うアリゾナのウィンズローにいるんだ
ジョニー何を言っている? 自分が何を言っているかわかっているのか?
― 言っていることぐらいはわかっているよ半分ぐらい
全部わかってくれそれで何をしにアリゾナに行ったんだ?
― 詳しい話は省くが留置場にいるんだ別に盗みや殺しをしたわけじゃないちょっとした行き違いってだけさ安心してくれよただいくらおれでもこの瞬間にここからそっちまで飛んで行くのは無理だだからこのまま電話出演っていう形にさせてくれ今日流す曲については
……のっぴきならない状況だってことはわかった弁護士に電話したほうが良かったんじゃないか?
― イース悪いけどそっちはお願いできるかい? インペリアル郡にジャッキー・トレモンドっていう弁護士がいるから電話して欲しい。 〈マギーがヤバいからすぐに出られるようにしてくれと言えばきっとわかる
電話番号は?
― 携帯電話は保安官に没収されちまっているんだ頼めるかい?
わかったそれじゃあこのまま番組に繋ぐ
 ジェイコブスはコンソールのつまみを上げるジョニーは足でステップを刻みながらかつて自身が吹き込んだタイトルコールを心の中でつぶやくジョニーが受話器に向かって言う
― よぅみんな元気にしていたかい? 今日はちょっとした趣向を凝らすよ何をするっていうと今日のおれのお喋りは最初だけなぜかっていうとおれが留置場にブチ込まれているからさどうしてそんなことになっているかはおれ自身にもよくわからないしきっと誰にもわからない本当なら弁護士に電話するべきだってことはわかっているつもりさでもそれをすればおれはラジオDJじゃなくなっちまうおれは仕事熱心なんだ今日流す曲はイースに伝えてあるけど最初だけタイトルを言わせてもらうよ曲はNWA警官クソ食らえ
 ジェイコブスがコンソールのつまみを上下させスクラッチの法廷が開廷する銃声がサイレンが怒りが噴出し善良なラジオ視聴者たちの脳と道義心を揺さぶる

 眠れない夜寝返りを打つことだけで過ごしたマーガレットが陰鬱な気分でいると鉄格子が革棍棒で叩かれ彼女は跳び起きた渋々といった顔の保安官が鍵穴に鍵を差し込んでドアを開けた
出ろまったく電話口であんなに罵倒されるなんてなまったく嫌になるおれはただ仕事をしただけだっていうのにな
 向かいの房では鉄格子を掴んだジョニーが助けが来たぜと言うと冷たい床で大の字になって寝転がっているブルームデイが遅いと言って起き上がった
房から出たジョニーは保安官からヌンチャクと自動車のエンジンキーを受け取り満面の笑みを浮かべた外に出るなりマーガレットとブルームデイが大きなため息をついた
これからどうする?とブルームデイ
どうするも何も頼まれごとはちゃんと最後までやらなきゃな
ショットガンは盗まれた今頃は売り飛ばされているそれ以上でもそれ以下でもない
いつになく悲観的なことを言っているけどどうしたんだい?
どうもこうもあるかお前が安請け合いするからだ
話を聞かせてもらっておいてそれでおさらばするのがスティーヴの流儀なのかい?
あの時はそれで良かったんだそうしなかったからこんなことになった
 マーガレットは前髪を撫でながら
言い合いはよしてそういうのは聞きたくないなってしまったものはなってしまったの仕方がないこぼれたミルクは元に戻らないどうして私がここにいてこんなことになっているのかは誰にもわからないだって私がわからないんですものわかるわけがないでもやらなきゃいけない私は最後まで戦わなくちゃいけないそれは母さんのためだしダグのためでもあるいいえ……これは私自身のためスティーヴもしあなたが降りたいのなら止めないあなたには助けてもらったし感謝しているあなたがいなかったら私は怪我をしていたと思うもちろんジョニーあなたにも感謝している私は最後までやる
 手を叩いたジョニーが褐色の首筋を撫でもちろん付き合うよなんて言ったっておれたちはドーピーズなんだしさと言うとパイロット・サングラスの縁に触れたブルームデイが
おれは途中で放ったりするような男じゃないと言ったジョニーが言う
刺青を覚えているかい? マギーが耳を吹き飛ばしたアイツのさ
覚えていない
おいおい思い出してくれよそうあの記号とか暗号みたいなものアテがあるんだマイアミにその手のことに滅法詳しい奴が住んでいるそいつは趣味でエニグマを組み立てるような生粋の趣味人で名前はサイモン・シケイダって言うんだ
マーガレットがその人に会えばわかるの?と尋ねるとジョニーは口髭を指でなぞり
何かわかるさと言ってリンカーン・コンチネンタルに乗り込んだ


『ロクス・ソルス』という同人小説サークルで活動しています。それから、ジャズピアノの演奏活動をしています。気が向くと絵を描いたりします。

連載目次


  1. 一九七一年 パリ、ホテル・アンリ四世
  2. 二〇〇三年 アーカンソン州リトルロック
  3. リトルロック空港
  4. アーカンソン州リトルロック
  5. カリフォルニア州ロサンゼルス
  6. カリフォルニア州サンタモニカ
  7. カリフォルニア州ビバリーヒルズ
  8. アリゾナ州エルコ
  9. 一九七〇年カリフォルニア州ロサンゼルス / ミスター・ジョンソン。死んだよ
  10. 私たちは何者か?
  11. テキサス州ダラス
  12. アーカンソン州リトルロック
  13. カリフォルニア州ロサンゼルス
  14. カリフォルニア州ブエナパーク
  15. アーカンソン州リトルロック
  16. サタデー・ナイト・サタナイトショー
  17. 黒いブラックサバス
  18. カリフォルニア州スキッドロウ
  19. ブリテン・ボード・システム
  20. カリフォルニア州インペリアル郡 ~ジャック・トレモンド
  21. カリフォルニア州インペリアル郡 ~スティーヴ・ブルームデイ
  22. 裸の街
  23. 明敏で過敏なパーセプション (一九六六年 アップビート誌 九月号より)
  24. カリフォルニア州サンディエゴ ~ドーピーズ
  25. ピンクパープルの力学
  26. カリフォルニア州サクラメント
  27. 一九七〇年 コロラド州プエブロ
  28. ハート・オブ・グラス
  29. 屈折した知覚
  30. ミズーリ州セントルイス
  31. 離見の見
  32. 審理前会議
  33. オーディション
  34. 予備審問
  35. ハイエナたち
  36. デイライト
  37. アリゾナ州フェニックス
  38. 立証を終えて
  39. ブリテン・ボード・システムⅡ
  40. テキサス州エルパソ
  41. チップの用意はいいかい? ~TAKEⅠ
  42. チップの用意はいいかい? ~TAKEⅡ
  43. チップの用意はいいかい? ~TAKEⅢ
  44. テキサス州エルパソ ~天使のホンキートンク
  45. はかりごと
  46. 煙が目にしみる
  47. フロリダ州マイアミ
  48. モルフォゲンの輝き
  49. 暗号美学
  50. フロリダ州タイタスビル
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