杜 昌彦

GONZO

第37話: 火のないところ

書いた人: 杜 昌彦, 投稿日時: 2021.12.12

地震計に記録されるほどの爆発や禍々しく立ちのぼる黒煙風で届く異臭をいかにして隠蔽しおおせたのか人の口に戸は立てられぬというけれどメディアの力を持ってすればそうでもないらしい歴史とは奇妙なもので二十年も経てばだれもが生身の実感を忘れてしまう嗅いだ臭いも膚触りも胸を締めつけられる切実さも何もかもそれらは権威によって認められた虚構に灰汁抜きされ殺菌消毒され小綺麗に包装された語りにすり替えられるときにはその改竄がなされる瞬間に多くのひとびとが居合わせながら一切だれにも見聞きされずあらゆる齟齬が瞬時に忘れ去られもする国内最大手のプラントが一部操業不能となる大事故はあたかも些細なこぼれ話に過ぎぬかのようにわずか数行の記事になりソーシャルメディア上の画像はなかったことにされたまともに報じられていればいかに勘の鈍い者にも襲撃誘拐事件との関連を疑われたろうし近隣住民の健康不安や国家経済に及ぼす影響も甚大であったろうから管制が敷かれるなり相応の金が動いて忖度されるなりの動きも当然に思える
 とりわけ印象に残るのは昼間ソーシャルメディアに投稿された遠方に立ちのぼる煙の画像が夕方にはすべて抹消され共有に加わったアカウントの多くが凍結されていたことだそのことに触れた投稿やアカウントもまた一様に削除され消されるからには何か違法なことをやらかしたのだろうと見なされて疑念が禁じられることへの疑念はだれも抱かずそれゆえに忘れられた当時を生きたはずのだれに話してもあり得ないと否定されるひとは見たい記憶のみを見るだからこそ梶元権蔵は不可視だった
 かの殺し屋はその日カルト教団におけるかつての師匠も騒動に巻き込まれるきっかけとなった生意気な餓鬼も見たくはなかったしかし見てしまったものは仕方ない甲高い声でわめき叫ぶ黒ドレスの美少年/美少女を箱沼とふたりがかりでなだめすかし箱沼の部下の車へ押し込むまでの騒動で銃での対決が有耶無耶になった挙げ句気づけば運転手役を押しつけられていたゴンゾは道中なぜおれを巻き込むんだと箱沼に問いかけた子守はひとりいれば充分だろう別の部下をこっちへまわせばよかろうがあの連中は若すぎるのヨ頭が硬いし家族がうるさいあんたならどこからも文句は出ないし存在しない人間とやり合えば被疑者がひとりで暴れたことになるでショと箱沼は主張し公務員が暗に違法行為を要求するのかと弟子に問われて声をあげて笑ったいやどこもおかしくないだろとゴンゾは冷静に指摘する突っ込み役への鞍替えを余儀なくされるほど師匠の惚けは上手うわてだった
 降り出しそうな灰色の空が鈍い銀色の建造物のあいだに覗く建ち並ぶ塔や貯槽が捕らえられた巨人さながらに入り組んだ管や足場に雁字搦めにされている色彩らしきものは管や貯槽にごく一部緑がかった水色が散見されるのみ建造物のあちこちにアリマキのように動く作業員の薄い水色であるはずの制服さえ天候のためくすんだ灰色に見えた何を話すつもりか知らないが脅しならあの餓鬼を連れてきたほうが早いんじゃないのかと広大な敷地に巡らされたフェンスの前にロードスターを停めて殺し屋はいうとんでもない一般人に危険な真似はさせられないヨ素人の子どもがいたところで足手まといになるだけサと自称公安は応じおれだって一般市民だったしあんたに拾われた頃は餓鬼だったぜとの弟子の反論を戸籍も家族もない亡霊が何をいう一般市民ってのは現実に生きて存在する人間のことをいうんだヨと一笑に付したおれよりあいつのほうが使えるだろうと上衣の裾に隠した銃のことをゴンゾはいいオヤ妬いてるのかナと箱沼は辛辣に応じるばかいえとゴンゾは顔をしかめて車を降りた火気厳禁だからネご安全にと箱沼は門へ近づきながら笑い漫才のにしか思えねえよとゴンゾは吐き棄てる
 門扉には必ず守衛所で受付を済ませてから入場してくださいとの札が掲げられているそのすぐ先に架けられた配管と足場には高さ制限の標識プレハブ小屋の窓口から守衛は二名分のヘルメットと入館証を差し出した箱沼はキミわかってないネとでもいいたげに苦笑してヘルメットを被り入館証を首に提げて足早に歩き出したゴンゾは帽子のつばをつまんでみせ生憎ひとつしか頭がないんでねとヘルメットを断って入館証を尻ポケットに突っ込んであれもあんたの手下かと尋ねたいつから詮索屋になったのかナと箱沼は答えをはぐらかしたかすかな金属臭がして持続低音のような唸りが絶え間なく聞こえている隠れる素振りもない箱沼をゴンゾは距離を保って追った箱沼は人声がするほうへ迷いなく進む
 巨大な塔の前で姫川直継と細谷が恰幅のよい男性五名を案内していた細谷が設備を指さしながら英語で何やら説明している目つきの鋭い裕福そうな男たちは海外の取引先であるらしい場違いな闖入者に細谷が気づき箱沼はにこやかに手を振る細谷が詫びを口にして視察団から離れるや直継は不安そうな表情をした彼らの部下がさりげなく補うように社長の前へ出て細谷の代わりに案内を再開する細谷は何の用だと箱沼に詰め寄った直継と部下と視察団が去るのを見届けてから箱沼はチョイとした画像を手に入れたんだヨ興味があるかと思ってネと告げた細谷は苦々しい顔で箱沼を事務所へ案内したシリアルの箱を連想させる簡素な建物だった人の出入りが目立つのでゴンゾは追跡を諦め箱沼が出てくるのを待った
 箱沼は打ち合わせに使うらしい部屋へ通された壁や天井は白く床は不自然なまでに鮮やかな緑で妙に真新しくホルムアルデヒドの臭いがした細谷に勧められる前に箱沼はパイプ椅子に座りあべこべに細谷へ着席を促してからマスクを顎まで下ろし煙草をくわえて灰皿を探したここをどんな施設だと思ってるんです禁煙ですよと細谷は告げたその言葉が聞こえなかったかのように箱沼は携帯を掲げ自作自演とは畏れ入ったネ利用したつもりのお友だちに脅されちゃァやりづらかろうと指摘した画面を見てとった細谷は顔色を変えて視線をそらし要求は何だと尋ねたオヤ初見じゃなさそうだネそれなら話が早いお友だちに引き合わせてくれないかナと箱沼は応じたお宅の姫川家への思い入れには興味がないテロでも強請りでも好きにすればいい知りたいのはこの絵の大元サ
 ——ソーシャルメディアの流行などに興味はない
 ——またまたァ気になって仕方ないって顔をしているヨこのまま拡散しつづければ目敏い専門家に正体を気づかれちまう早いとこ手を打たなきゃァ商品価値が薄れるんじゃないノ姫川宗一郎会長がなんというかナすでに嗅ぎつけた記者もいるようだし……オット失敬その問題はもう片づいたんだったネ
 なんのことだかわからんねいい加減にしないと警察を呼ぶぞといわれてようやく箱沼は胸ポケットからよれよれの包装を出しくわえた煙草をねじ込んで立ち上がりおお怖そんな大きな組織が背後についてるとは呼び出されちゃァかないませんヤ今日のところは大人しく引き下がりましょうネといった日を改めますヨ考えといて頂戴ナおっかない後ろ盾には是非ともご内密にネ……
 箱沼が建物を去るのを細谷は戸口で見送った巨大な槽の陰からゴンゾが観察していると細谷は大柄な部下に何やら指示を出した箱沼と合流すべきか細谷の動向を追うべきか躊躇した一瞬にゴンゾは背中に硬いものを突きつけられ振り向くな両手を挙げろと命じられた背後の男が低い声で仲間を呼びゴンゾは全身を探られナイフと銃を奪われた厳禁じゃねえのかよとゴンゾは背後の男に指摘したゲバラが着ていたような緑の作業服とブーツの痩せた長身の浅黒いひげ男がミニウージを突きつけていた覆いきれない長いひげがマスクに不似合いだったゴンゾを武装解除した男たちはヘルメットを被り警備員の制服を着ていたが民間人には見えない顔つきや物腰からして同業者か海外で訓練を受けた傭兵としか思えなかったそもそも民間の警備員が小型短機関銃を手にしているはずがない
 なんであんたそんな扮装をしてるんだとゴンゾは尋ねた堂々と銃を持ち歩くためだとゲバラ服はあっさり答えた映画の撮影だと勝手に思い込んでくれるからなあんたが殺されても通報はされない派手な特殊効果だと思われるだけだ人間は見たいように見るし見たくないものは見ない
 配管と足場が網の目のように絡みついた巨大な塔へ連行された箱沼も警備員を装った男たちに銃を突きつけられて現れた細谷はこわばった表情で奥歯を噛み締めているようおっさん何やってんだよとゴンゾは声をかけた箱沼はそれには答えず成り行きを愉しむかのようにニヤニヤしてヤァヤァお会いしたかったんですヨお目にかかれて光栄ですと気さくに挨拶した両手を挙げたままなのがかえって小ばかにするかのように見えた殺しの師弟は警備員三名に銃を突きつけられ建築資材が乗せられるような大型の工事用エレベーターに乗せられたゲバラ服の男が細谷を連れて同乗した剥き出しの籠が唸りをあげて上昇するもう手を下ろしてもいいかネ年寄りは大切にするもんだヨと箱沼は音を上げだらしねぇなこのくたばり損ないがとゴンゾが笑いうるさい黙れとゲバラ服が苛立って叫ぶ
 最上階の吹きさらしの足場でふたりは手摺から身を乗り出すように並ばされ両手を当てた後頭部に銃を突きつけられた見学者の転落事故ってわけかナと箱沼は細谷に尋ねた視線をそらして無言を貫く細谷の代わりにゲバラ服の男がああ中年男同士の許されぬ恋の結末にこんな死に場所を選ぶとはまったくはた迷惑な話だと答えるこんな汚ぇおっさんとその設定は勘弁してくれよとゴンゾが苦笑しあの可愛い子ちゃンとだったらよかったのかナと箱沼は片目をつぶってみせ当てこすりそのものより昭和の言語感覚に不快を催したゴンゾの反論を待たずに細谷へ向かって想像力豊かな相棒を選んだネと上機嫌で語りかける細谷は血の気のひいた顔で嘔吐をこらえるかのように俯いていたアラアラお上品だねェと箱沼がからかい屠殺される豚のような声でゴンゾが噴き出してふたりが声高にゲラゲラ笑うと黙れといってるだろうがとゲバラ服が怒りを爆発させ俯く細谷の顔はさらに青ざめこわばった


(1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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