イシュマエル・ノヴォーク

第33話: オーディション

書いた人: イシュマエル・ノヴォーク, 投稿日時: 2021.12.10

ブラインドの隙間から陽光が斜めに差し込みパール社製一八インチのバスドラムを照らしていたノード社製ステージキーボードの電源を切ったフィルはため息をつき倒れるようにパイプ椅子に腰を下ろした隣に座るフーパーは塗装が剥げたエレキトリックギターを抱いたままうずくまるようにしながら声を漏らす
何人目だ?
二五人これでも書類審査したけどね
 フーパーは額に寄った皺を指で数えるようになぞり本当に覚えているか?と言うとフィルは両手をヒラつかせパイプ椅子の上で座禅を組んだフィルはグレーのハーフパンツふくろはぎの上に名前が羅列された紙を見て今日はこれでおしまいあと半分ちょうど折り返しだよ
フーパーは開放弦を伸ばした爪で弾き
昔だったらすぐに決まっていた
オーディションをしたことはなかったと思うけど?
 喉を鳴らしたフーパーがこの間ロビーに会った
元気にしていた?
元気な奴は寝間着姿のまま点滴パックをぶら下げたりしない
悪いんだね
すごく悪そうだった昔は一晩でウィスキーを空にしたあいつが水だけしか飲まなかった正直言って驚いた噂は聞いていたが噂以上だったでも会って良かったお前もどうだ? いい加減仲直りしたら
 フィルが上体を左右に揺らしながら今更だよ答えは出ている
後悔しないか?
しないぼくの人生で後悔といえばダグにビビアンと別れるようにもっと強く言わなかったことだけだよ
ダグはいい奴だったが長生きできるタイプじゃなかったビビアンと別れようが結果はそれほど変わらなかっただろうさそれよりはロビーと
 手をヒラつかせたフィルがぼくの考えは変わらないよと言いフーパーが息を漏らしたフーパーは左手が滑らせ三〇年以上前にファースト・アルバムパーセプションで録音したデッサウ生まれのユダヤ人クルト・ヴァイルによる星空に消えてを弾き始める夢のようなメロディは自由と民主主義物質主義とドルの幻想世界を示すように響くフィルは立ち上がりステージキーボードの電源を入れて丸椅子に腰掛けたアンプからは引き伸ばされた一音のベースラインが流れ出し右手でおさえた三和音が平行に移動する
リハーサルでお前が歌ったことがあったな
 フィルは鍵盤から指を放さずあったかもね
いっそお前が歌うのはどうだ?
遠慮させてもらうよオーディションで決めたい新しいパーセプションをはじめたいんだダグが考えやろうとしていたことをそれがぼくたちの義務だと思う
 フーパーは弦を爪弾き真面目だな相変わらずと言った
変えないほうがいいものもあるからね
 開放弦を鳴らしたフーパーが手を放し徐々にアンプがハウリングを起こしたフーパーは弦をおさえフィルは鍵盤から手を放した
裁判の件はどう思う? あぁ……ダグの娘の話だ
思うも何も裁判がはじまるよねって話しかないよ
怒ってないのか?
別に怒るようなことじゃないダグに娘がいたからって彼女はダグじゃないぼくとも関係がない彼女一度ぼくの事務所に来たけどとりわけ変な感じはしなかった少なくとも狂っているとかそんな感じはなかった気の弱そうな普通の人だよ
 フーパーはこめかみを掻きながらお前のことだから怒っていると思っていた
どうして?
どうしてと聞かれると答えにくいなその……なんというか
権利者が増えるっていう意味? そっちは気にしてないよ印税収入が減ったからってこれまでの人生欲しいものは大体買ったし
お前も三回離婚して八人のガキを養えばそんなこと言えなくなるぞ
君が離婚すると言った時いつも思うんだどうしてそんなことをするんだろうって
一度目は若さゆえ二度目は気が合うと思って三度目はこれで最後にしようと思って
全部駄目だったね
そう全部駄目だからこっちは成功させたいもんだ
 大きく息を吸い込んだフィルが成功させるよと言ったドアが大袈裟に開き山高帽にラメ入りの星型サングラスヒョウ柄コートワニ革ブーツ姿の大男が入って来ると二人は目を丸くした大男はひしゃげた重金属のような声でオーディション会場はここだって聞いたんだが間違えちまったみたいだなここはそう……葬式だと言ってアマデウス・モーツァルトのレクイエムをブルースのフレージングで歌ったフィルが
君は?と尋ねると大男は首に巻いた斑色のスカーフを撫で
ジーン・ブリードだドラマー兼ヴォーカルカリフォルニアで一番ホットでクールな奴
 フーパーは顔にできた吹き出物に触れフィルに向かってそんな名前の奴がリストに入っていたか?と尋ねるとフィルが
いいやでも構わない折角だし演ってみようあぁ……ミスター・ブリードぼくたちの曲は知っているよね?
ブリードは星型サングラスの縁を撫でるとミスターなんて呼ばないでくれブリードでいい
それじゃあブリード演奏できる曲は?
あれがいいそうあれだ二枚目のアルバム当時はクソみたいにこき下ろされた
 フーパーが苦虫を噛み潰したような顔でブルージンと言うとブリードは手を叩きコートの下からドラムスティックをとり出したフィルがカウントをするとブリードの四肢は別々のビートを刻み大口を開けてシャウトしはじめた

 重戦車のような演奏が終わるとブリードはさっさとドラムスティックをしまい二人と握手を交わしたフィルが言う
ありがとう素晴らしい演奏だったよ
 ブリードは当たり前だと言って歩き出しポケットからとり出した油性マジックでホワイトボードに名前と電話番号を書きそのまま部屋を出て行った
フーパーがおかしな奴だと言ってフィルを見るとフィルが
残り二五人に彼よりもいいドラマーがいればいいんだけどと言った


『ロクス・ソルス』という同人小説サークルで活動しています。それから、ジャズピアノの演奏活動をしています。気が向くと絵を描いたりします。

連載目次


  1. 一九七一年 パリ、ホテル・アンリ四世
  2. 二〇〇三年 アーカンソン州リトルロック
  3. リトルロック空港
  4. アーカンソン州リトルロック
  5. カリフォルニア州ロサンゼルス
  6. カリフォルニア州サンタモニカ
  7. カリフォルニア州ビバリーヒルズ
  8. アリゾナ州エルコ
  9. 一九七〇年カリフォルニア州ロサンゼルス / ミスター・ジョンソン。死んだよ
  10. 私たちは何者か?
  11. テキサス州ダラス
  12. アーカンソン州リトルロック
  13. カリフォルニア州ロサンゼルス
  14. カリフォルニア州ブエナパーク
  15. アーカンソン州リトルロック
  16. サタデー・ナイト・サタナイトショー
  17. 黒いブラックサバス
  18. カリフォルニア州スキッドロウ
  19. ブリテン・ボード・システム
  20. カリフォルニア州インペリアル郡 ~ジャック・トレモンド
  21. カリフォルニア州インペリアル郡 ~スティーヴ・ブルームデイ
  22. 裸の街
  23. 明敏で過敏なパーセプション (一九六六年 アップビート誌 九月号より)
  24. カリフォルニア州サンディエゴ ~ドーピーズ
  25. ピンクパープルの力学
  26. カリフォルニア州サクラメント
  27. 一九七〇年 コロラド州プエブロ
  28. ハート・オブ・グラス
  29. 屈折した知覚
  30. ミズーリ州セントルイス
  31. 離見の見
  32. 審理前会議
  33. オーディション
  34. 予備審問
  35. ハイエナたち
  36. デイライト
  37. アリゾナ州フェニックス
  38. 立証を終えて
  39. ブリテン・ボード・システムⅡ
  40. テキサス州エルパソ
  41. チップの用意はいいかい? ~TAKEⅠ
  42. チップの用意はいいかい? ~TAKEⅡ
  43. チップの用意はいいかい? ~TAKEⅢ
  44. テキサス州エルパソ ~天使のホンキートンク
  45. はかりごと
  46. 煙が目にしみる
  47. フロリダ州マイアミ
  48. モルフォゲンの輝き
  49. 暗号美学
  50. フロリダ州タイタスビル
ぼっち広告