イシュマエル・ノヴォーク

第31話: 離見の見

書いた人: イシュマエル・ノヴォーク, 投稿日時: 2021.12.03

グレーのスーツに身を包んだアンディ・オズボーンはトヨタ・ウィンダムに乗ったまま手を伸ばして呼び鈴を押したビデオカメラが搭載された最新式呼び鈴のレンズが上下左右に動き鉄扉が開くとゆっくりとアクセルを踏んだ芝生の上に設置されている原色に塗られたひしゃげた鉄骨はスクラップ工場で作られたように見えたもののオズボーンは試しに擦ってみようとは思わなかったなぜなら彼はそのひしゃげた鉄骨の値段が自動車保険でまかないきれないほど高額であることを知っているから
 ガラス張りの車庫の前でウィンダムを停めたオズボーンはため息をついた車庫にはランボルギーニ・ムルシエラゴランボルギーニ・カウンタックLP五〇〇ポルシェ・ボクスターフェラーリ・三六〇モデナトヨタ二〇〇〇GTアストンマーティン・V一二ヴァンキッシュが停められておりヴィンテージを含めた高級スポーツカーのお披露目会を前にしたオズボーンは再びため息をつき舌打ちするとウィンダムから降りた
 城のような玄関の前では片耳にイヤホンをはめた黒スーツの二人組が立っていた二人ともボクシングかキックボクシングあるいは空手やムエタイといった格闘技で鍛えたのだろう上半身は不自然なほど膨らんでおり防弾ベストを着用していることが見てとれたオズボーンが両手を上げると入念なボディチェックが行われ空港で使用される金属探知機が彼の全身をくまなく猟犬や麻薬犬のように嗅ぎ回った仕舞には靴を脱ぐ羽目にもなったがオズボーンは顔を顰めることなく黙っていた黒スーツの男に入れと言われたオズボーンはヨーロッパから買い付けて移動させた城のような建物に入った
 瑕はおろか塵一つ見えない大理石の廊下には織部焼の大皿が置かれ弓なりに曲がった盆栽が植えられている片側には壁代わりの大ガラスが張られており噴水やグロッタ石膏のヴィーナス像が見えた廊下を進むと栗色のドアに突き当たりオズボーンはドアの隅にある呼び鈴を押したブザー音が響き呼び鈴の奥に備え付けられているビデオカメラが昆虫の目のように動いた

― 今開けるがその前に呼び鈴の隣にあるシャープボタンを押せそうすると小さな窓が出て来るからそこに指を置け指を動かすなよ
 指示通りにオズボーンがシャープボタンを押すと小さな黒い画面が開いたオズボーンが指を置いて数秒すると赤い文字で完了と表示された
指紋を登録してどうする?
― セキュリティだ今のご時世は物騒だからな開ける

 電気式の鍵が開錠される音が響くとドアは自動で開いた部屋にはウェディングドレスのように真っ白い壁紙と家具壁にはフランツ・クラインによる書のような絵画が飾られていた部屋の中央には円形のベッドがあり壁と同化するような純白のシーツからはすらりとした手足が露出していた金糸の刺繍がされたガウンを着た中年男がマグカップ片手によく来たなと言ってベッドに腰掛け受話器に手を伸ばした
新聞を持って来い
 受話器を置いた男はシーツに手を突っ込み中から裸の女たちが眠たげに顔を出したオズボーンが口を開くと男は手をヒラつかせて髪に触れた不自然にフワフワした髪はカツラのように見えた男が床に落ちているリモコンを操作するとあっという間に壁が透明になり外光が差し込んだそれと同時にどこからともなくニュース・ラジオが流れはじめた

― 本日のオレンジ郡の天気は快晴
― ……社がCEOの交代を発表しかし株価操作の疑惑は晴れていません
― ……はあなたに真実と健康を約束します
― サイプレスリンカーン・アベニューで強盗事件発生直ちに現場に急行してください

 部屋にブザー音が鳴り響きモグラ穴のような透明のチューブの中を通って丸められた新聞が到着したオズボーンが凄いなと言うと男は新聞をとり出し
「『〇〇七を観たことはあるか? あぁいうものが欲しくて作らせたはじめは訪問客を射出できないかと思ったんだが
だが?
設計屋に言わせるとまず間違いなくケガをするか下手をすれば死ぬと言われただからこいつにした
完成しなくて良かった
男はオズボーンを見据えてどうしてそう思う?
ケガをしたくないし第一死にたくない
 足を組み新聞を開いた男がお前の死亡保険の補償額はいくらだ?
保険に加入する金なんてない
それがお前の命の値段だ
おれが無価値だって言いたいのか?
 男は首を振りドルユーロ円……いくら持っていたとしても為替レートがなければゴミでしかないこの場合レートは価値観だわかるか?
なんとなく
人の命は買えないと言う奴は多いそういうことを言う奴をなんていう?
おつむの弱い奴か?
 男は笑顔を浮かべ命には値段がつく人身売買のことじゃないそいつが稼ぎ搔き集めることができる金の総量それを価値観というレート物差しで調整する
値段をつけてどうする? 値札をぶら下げてスーパーマーケットで売るのか?
誰しもがやっていることだ目新しいビジネスじゃないしおれ自身命の値段には興味がない興味があるのは使い方のほうだ
人生ってやつだなカウンセラーにでもなればいい
 男は手をヒラつかせそれもいいと言ったベッドに寝ていた二人の女たちが顔や肢体を出しじゃれ合いはじめた二人はキスを交わしお互いの凹凸を愛撫しはじめるオズボーンが顔を顰めると男が言う
勃ったか?
え?
勃起したかと聞いたんだ答えろ
……あぁ
 男は口角を釣り上げ満足そうにうなずいた
正直だないいことだクリスティとカイリーはおれのお気に入りだおれの言葉から二人とセックスできると思っただろう? あわよくばフェラチオぐらいはしてもらえるんじゃないかと
思ってない
正直じゃないなアンディ・オズボーンお前はおれのなんだ?
オズボーンはポケットに手を突っ込み屹立した陰茎をおさえながら椅子に腰掛けた
ただの労働者だよ
そう労働者おれのために働くからな報告は?
 胸を撫で下ろしたオズボーンは習慣から無意識的に背広の胸ポケットに手をやりマールボロの箱に触れたところで手を止めた男がオズボーンの手をまじまじと見ていたオズボーンが胸ポケットから手を放すと男が笑顔を浮かべたオズボーンが言う
エリック・コッパードについて調べたトラウトマンあんたの言う通りだったよでもなぜ調べる必要がある? あんたはトラックと運転手を手配してやっただけだ別にやましいことじゃないコッパードから振り込まれた金額は適正だしこの件でFBIやDEAが嗅ぎ回ったとしてもシラを切り通せる
 新聞を両手に開いたトラウトマンは人差し指で新聞に穴を開けそこからオズボーンを覗いた
隠したものは必ず見つかる
あんたのモットーか?
真実だおれはコッパードが何を運ばせているのかは知らない
嘘だろ?
嘘じゃないおれは見立ててはいるがそれは予想でしかない億万長者のプレイボーイがコウモリの恰好をして自警団をやるなんて考える奴は狂っていると思われるだろうが誰だって予想することはできるだからこれはおれの妄想だと言っていい
わざわざメキシコまで行って調べたんだぞ?
お前はいい労働者だ
 オズボーンは苛立ちから喉を鳴らしたトラウトマンが言う
遅かれ早かれコッパードはヘマをやるその時からが本番だ今回はそれの予行演習だわかるか?
それはわかるが……
奥歯にモノが詰まったような物言いだ納得できないのか?
いいや
ならいいところでこの話を知っているか?
 トラウトマンが新聞の小さな記事を指差した目を細めたオズボーンが
ゴシップには興味がないんだ
ゴシップは面白いどんなに軽薄で嘘みたいなものでも好奇心を満足させてくれるものがある七一年に死んだロック歌手の娘を名乗る女がバンドメンバーたちを訴えるよく聞くような話だ目新しいものはない大体のロックバンドはそんな揉め事がある金……まぁそれはいいおれはこの女を気に入っているなぜか? この女はコッパードにそそのかされたからだあいつに言われるがままにバンドを訴えいよいよ裁判がはじまる完璧だ
どうせその女の妄想だ
本当にそう思うか? ただおつむが弱いだけだと
あぁ……いや
オズボーンショウは好きか?
あんたのナイトクラブのことか?
違うショウだ
ノミのサーカスとかか?
 口角を釣り上げたトラウトマンは満面の笑みを浮かべてとっておきのチケットだと言ったオズボーンは小さくため息をつき
調べごとがあったら言ってくれメキシコだろうがカナダだろうが聞いたこともない国にだって行こうおれはあんたの労働者だからな
アンディ・オズボーンお前は有能だなぜならお前はおれの言った通りに動く
無能だって言いたいのか?
いいや有能だ言った通りにできる奴は少ない大抵の奴はすぐに寝首をかこうとする出し抜いて甘い汁にありつこうとする
あんたを出し抜こうとする奴はもっと少ない
かもなそれにしてもショウが楽しみだ胸が躍るコッパードに金を払ってもいいぐらいだ
ベッドの上ではお互いの陰唇を弄んでいた女たちが絶頂しだらしない笑みを浮かべていた


『ロクス・ソルス』という同人小説サークルで活動しています。それから、ジャズピアノの演奏活動をしています。気が向くと絵を描いたりします。

連載目次


  1. 一九七一年 パリ、ホテル・アンリ四世
  2. 二〇〇三年 アーカンソン州リトルロック
  3. リトルロック空港
  4. アーカンソン州リトルロック
  5. カリフォルニア州ロサンゼルス
  6. カリフォルニア州サンタモニカ
  7. カリフォルニア州ビバリーヒルズ
  8. アリゾナ州エルコ
  9. 一九七〇年カリフォルニア州ロサンゼルス / ミスター・ジョンソン。死んだよ
  10. 私たちは何者か?
  11. テキサス州ダラス
  12. アーカンソン州リトルロック
  13. カリフォルニア州ロサンゼルス
  14. カリフォルニア州ブエナパーク
  15. アーカンソン州リトルロック
  16. サタデー・ナイト・サタナイトショー
  17. 黒いブラックサバス
  18. カリフォルニア州スキッドロウ
  19. ブリテン・ボード・システム
  20. カリフォルニア州インペリアル郡 ~ジャック・トレモンド
  21. カリフォルニア州インペリアル郡 ~スティーヴ・ブルームデイ
  22. 裸の街
  23. 明敏で過敏なパーセプション (一九六六年 アップビート誌 九月号より)
  24. カリフォルニア州サンディエゴ ~ドーピーズ
  25. ピンクパープルの力学
  26. カリフォルニア州サクラメント
  27. 一九七〇年 コロラド州プエブロ
  28. ハート・オブ・グラス
  29. 屈折した知覚
  30. ミズーリ州セントルイス
  31. 離見の見
  32. 審理前会議
  33. オーディション
  34. 予備審問
  35. ハイエナたち
  36. デイライト
  37. アリゾナ州フェニックス
  38. 立証を終えて
  39. ブリテン・ボード・システムⅡ
  40. テキサス州エルパソ
  41. チップの用意はいいかい? ~TAKEⅠ
  42. チップの用意はいいかい? ~TAKEⅡ
  43. チップの用意はいいかい? ~TAKEⅢ
  44. テキサス州エルパソ ~天使のホンキートンク
  45. はかりごと
  46. 煙が目にしみる
  47. フロリダ州マイアミ
  48. モルフォゲンの輝き
  49. 暗号美学
  50. フロリダ州タイタスビル
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