イシュマエル・ノヴォーク

第29話: 屈折した知覚

書いた人: イシュマエル・ノヴォーク, 投稿日時: 2021.11.26

バーパーセプション・オブ・パースペクティヴの壁という壁にはロックバンド、 〈パーセプションのポスターが所狭しに貼られており、 〈パーセプション以外の音楽が流されたことは開店以来一度としてない雇用主にして労働者バーテンダーにして経営者のビリー・ドナニューはカウンターにライ・ウィスキーを置いたドナヒューは緊張しているなぜなら目の前に座るハンチング帽子をかぶった中年男は一九七一年に解散したパーセプションでギターを弾いたジョン・フーパーなのだからライ・ウィスキーを舐めるように飲んだフーパーが鼻を啜り景気は?と社交辞令の一言を発すると直立不動のドナヒューが最高と言ったフーパーは肩を上下させ
そりゃあいい
 咳払いしたドナヒューはコップに水道水を並々と注いで一気に飲み干したドナヒューは大きく息を吐き意を決したような顔で
「〈パーセプションを再結成するっていうのは本当かい?
 フーパーは手をヒラつかせ
話は山火事よりも速いんだな本当だよジノが言ったというかあいつが決めた
最高だ
そう言ってくれるのはありがたいでもな……
気が進まない?
 フーパーは吹き出物ができた額を撫でながらそういうわけじゃないんだまた演れるなんて……最高だでも……つまり……ダグは死んでいるんだぞ?
そこは難しい
難しい本当に……ヴォーカリストとドラマーをオーディションすることになったロビーは引退しているしジノと仲違いしているから無理だってことはわかっているんだがどうも腑に落ちない
おれは嬉しいよまたパーセプションを観れるんだから
 くしゃみをしたフーパーが手鼻をかみありがとよと言った店内の隅に置かれたジュークボックスは太陽の衣をまとった女からシングルカットされた忘れ得ぬ幻想を歌い出すフーパーがアコースティックギターとハープを担当しミラーはスタジオに並べた大小様々なワイングラスを針金のように細いスティックで叩きフィルがダルシマーを演奏した奇妙な演奏とハイドパークの夢遊病患者の譫言のように脈絡のない詩ハイドパークの声には過剰なほど残響が加えられ一聴して重度のLSD依存症に陥っていることがわかる苦笑いを浮かべたフーパーが言う
この曲のレコーディングは手こずったハープなんか弾いたこともないのにルークが持って来たんだジノはルークを嫌っているがおれはそこまであいつを嫌ってない今になってわかるんだあいつはよくやってくれていたよもっともあの頃はみんなが忙しかったしみんながおかしくなっていたおれもダグとキメたりしていたダグが死んでからはスッパリやめたが
 フーパーがライ・ウィスキーを飲むとドアが開いたドナヒューは折角の話を中断されたことを不快に思いながらドアを見て目を丸くしたそこには元パーセプションのドラマーロビン・ミラーが立っていたドナヒューが信じられないといった顔で口をパクつかせているとフーパーが手を振り久しぶりに会おうと電話したんだと言って手招きした店に入って来たミラーは寝間着姿で髪はボサボサ身体は瘦せ細っており浮き出た頬骨が頭蓋骨模型のように見えたミラーは肩から垂れ下がる点滴パックに指で触れると椅子に座ったフーパーとミラーが握手するのを見たドナヒューは一九九三年八月二〇日オスロ合意に基づき晴れ渡った空の下で握手を交わしたイツハク・ラビンとヤエル・アラファトを見た世界中の人びとのように感動に打ち震えたドナヒューは放心しながらもある種の職業的義務感から口を開く
やぁ……その……注文は?
 ミラーは筋張った指を撫で水でいい酒はいらないと答えたドナヒューはチェイサー用の軟水をグラスに注いでミラーの前に置くとミラーが顎を上下に振ったミラーとフーパーはグラスを鳴らし一口だけ飲んだ店内を流れているのは彼らが三三年前に録音したものであり二人は過去を慈しむような目でグラスを傾けている壁に貼られたポスターを指差したミラーが言う
あれを覚えているか?
 ポスターは白黒写真でハイドパークはステージの上で両膝をつきながらマイクを握っている宗教画のような構図だったフーパーが言う
マディソン・スクエア・ガーデン……七〇年
 ミラーはグラスに注がれた水を飲み思い出深いと言うとフーパーはハンチング帽を撫で
ダグはドラッグでヘロヘロ出だしの歌詞を忘れていたな目を丸くしたジノはベースラインを間違えていたどころか右手のキーまで間違える始末どっちのキーに従ったらいいのかわからなかったお前を見たら仏様みたいな顔でシンバルを叩いていた
コードのことはわからないからな
何が起こっていたかはわかっていただろ?
 ミラーは肉が落ちたことで尖ったように見える顎に触れ
さぁどうだったかなあの頃ダグはマトモじゃなかったと言ったフーパーはライ・ウィスキーを飲みダグがマトモだった時なんてほとんどなかったと言って手をヒラつかせた二人は笑いグラスを重ねたドナヒューは一九八九年につるはしやスコップで壁を突き最後にはクレーンで撤去される瞬間を見たベルリン市民のような目で二人を見ている振り返ったドナヒューは額装されたダグラス・ハイドパークのサイン入りTシャツに目をやり運命あるいは知覚の神に感謝を捧げた
 フーパーが言う
言いにくいことなんだが……バンドを再結成するんだ
女房から聞いたよ
 フーパーがそうかと言うとミラーが口を開く
おれはこんな状態だしジノとはいい関係じゃないあと半年ぐらいしか生きない奴をメンバーにしてどうする? 気にするな
ライ・ウィスキーを飲み干したフーパーがそう言ってもらえると気が楽になると言うとミラーは皺が寄った首を撫で
マトモじゃないで思い出したダグがパリに向かう前に二人で飲んだんだその夜ダグは相変わらずいつも通りマトモじゃなかった詩のこととか……世の中の情勢科学技術の話をしていたお前も覚えているだろうがダグは話の腰を折ると不機嫌になるからおれは相槌を打つだけだったそれでも退屈していなかったおれにわからないような話でもあいつには興味を引かせるような熱意とかそんなものがあったからなその時ダグはヒトデに興味があると言ったヒトデ? 砂浜にいる星型のヘンテコな生き物だろ? おれはダグがキメすぎておかしくなったのかと思ったがあいつは大真面目な顔で次のレコードはそれにすると言い張ったおれは冗談だと思ったが否定したりはしなかったあいつがそうなるそうすると言った時いつも結果はそうなったんだからな


『ロクス・ソルス』という同人小説サークルで活動しています。それから、ジャズピアノの演奏活動をしています。気が向くと絵を描いたりします。

連載目次


  1. 一九七一年 パリ、ホテル・アンリ四世
  2. 二〇〇三年 アーカンソン州リトルロック
  3. リトルロック空港
  4. アーカンソン州リトルロック
  5. カリフォルニア州ロサンゼルス
  6. カリフォルニア州サンタモニカ
  7. カリフォルニア州ビバリーヒルズ
  8. アリゾナ州エルコ
  9. 一九七〇年カリフォルニア州ロサンゼルス / ミスター・ジョンソン。死んだよ
  10. 私たちは何者か?
  11. テキサス州ダラス
  12. アーカンソン州リトルロック
  13. カリフォルニア州ロサンゼルス
  14. カリフォルニア州ブエナパーク
  15. アーカンソン州リトルロック
  16. サタデー・ナイト・サタナイトショー
  17. 黒いブラックサバス
  18. カリフォルニア州スキッドロウ
  19. ブリテン・ボード・システム
  20. カリフォルニア州インペリアル郡 ~ジャック・トレモンド
  21. カリフォルニア州インペリアル郡 ~スティーヴ・ブルームデイ
  22. 裸の街
  23. 明敏で過敏なパーセプション (一九六六年 アップビート誌 九月号より)
  24. カリフォルニア州サンディエゴ ~ドーピーズ
  25. ピンクパープルの力学
  26. カリフォルニア州サクラメント
  27. 一九七〇年 コロラド州プエブロ
  28. ハート・オブ・グラス
  29. 屈折した知覚
  30. ミズーリ州セントルイス
  31. 離見の見
  32. 審理前会議
  33. オーディション
  34. 予備審問
  35. ハイエナたち
  36. デイライト
  37. アリゾナ州フェニックス
  38. 立証を終えて
  39. ブリテン・ボード・システムⅡ
  40. テキサス州エルパソ
  41. チップの用意はいいかい? ~TAKEⅠ
  42. チップの用意はいいかい? ~TAKEⅡ
  43. チップの用意はいいかい? ~TAKEⅢ
  44. テキサス州エルパソ ~天使のホンキートンク
  45. はかりごと
  46. 煙が目にしみる
  47. フロリダ州マイアミ
  48. モルフォゲンの輝き
  49. 暗号美学
  50. フロリダ州タイタスビル
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