イシュマエル・ノヴォーク

第24話: カリフォルニア州サンディエゴ ~ドーピーズ

書いた人: イシュマエル・ノヴォーク, 投稿日時: 2021.11.12

ジャッキーがここねと言うとジョニーは自動車を路肩に停めた路肩側にはスクラップ工場の深緑に塗られた壁がつづいており壁の端には黒スプレーで吹きつけられた袋文字でまぬけと落書きされていたメキシカンブルーの空にはフリーダ・カーロの眉毛のような雲が浮かんでいたマーガレットがここは?と尋ねると額を人差し指で突いたジョニーが
サンディエゴのバリオ・ローガンだよ
この工場にマネージャーが住んでいるの?
 ジャッキーは向かいの建物、 〈ルーク・モーターズの看板を指差しあっちよと言って隣でいびきをかいているブルームデイの膝を叩いたブルームデイは全身を上下に痙攣させて目を覚ました
起こし方ってものがあるだろう?
あら命の恩人になんて言いぐさなのかしらねひょっとして礼儀ってものをどこかに置き忘れた? 多分ナッシュビルあたりにあるから行ってくるといい
意趣返しのつもりか? いいぞ受けて立ってやる
 ブルームデイが自動車を降りると頭を振ったジョニーが
スティーヴなしだぜ
 ブルームデイはジャッキーを指差しおかま野郎がおれに喧嘩を売ったんだ売られた喧嘩を買う何が悪い?と言ったブルームデイのパイロット・サングラスの間から青色の瞳が見えたジョニーが言う
ジャッキーだよジャッキー・トレモンド。 〈おかまじゃないおれに黒んぼはNGだしマギーにお嬢さんもNGだ
 マーガレットが不思議そうな顔で誰もあなたを悪く言ってない
これから悪く言うかも知れないだろ? だから先手を打ったマギージャッキースティーヴジョニーおれたちはそう呼び合うんだそれ以外があるとすれば……
 ジョニーはスクラップ工場の壁に吹きつけられた落書きを見て 「〈ドーピーズ〉」 と言ったため息をついたジャッキーが
あたしはドラッグをやらないし小人のお馬鹿ちゃんでもない
 サングラスの縁を撫でたジョニーがクールにいこうと言って足下にある日本ビクター製ラジオカセットレコーダーRCM五〇を肩にのせさぁ降りてくれと言った三人が自動車を降りるとジョニーが片手を出し
「〈ドーピーズ〉。 ゲン担ぎをやろう
あたしはやらない
これから力を合わせるんだ言うだろ? はじまり良ければ全て良しってさ
「〈終わり
 ダックテイルを撫でたブルームデイが片手を出しジョニーの手に重ねた
おれはやるぞお前はどうだ?
 マーガレットが片手を出しブルームデイの手に重ねたジャッキーは大きなため息をつくと
えぇやるわよやればいいんでしょうと言ってマーガレットの手の上に自身の手を重ねたジョニーが言う
全は全個は個
それを言うなら全は個のために個は全のためにでしょ
そういうのは得意じゃないんださぁドーピーズ〉。 気楽にいこうぜ
 重ねられた手が打たれ小気味良い音がボストン・アベニューに響いたマーガレットは手を擦りながら
「〈ドーピーズっていう名前は変えたほうがいいと思うと言うとジョニーは眉を上下させ肩に置いたラジカセの再生ボタンを押したスピーカーから流れるのはジョージ・クリントンが一〇年の苦節の末に辿り着いた境地ファンカデリックの第一作マーゴット・ブレインよりキャン・ユー・ゲット・トゥ・ザット
 ジョニーは首を揺らしながら踊るように歩いている金の切れ目が縁の切れ目でありキスで押印した小切手は残高不足で不渡りを起こしたとしてもそれを止める術はないというようなステップでずらりと並ぶ中古車は以前の持ち主に売り払われたことがショックなのかそれともフロントガラスに貼られた金額の低さに自尊心を傷つけられたのかうなだれているように見えた。 〈ルーク・モーターズの自動ドアが開きブルース・リー風全身タイツヌーディスーツサブリナパンツエドウィン社製ジーンズの順で入って行く自動ドアのレールの隅にあるセンサーが赤黒いランプを点滅していた
 机の上にはリンゴ社製半透明デスクトップ・パソコンが置かれているしかしたとえ内部を見ることができるとしてもそれを使いこなすこととは別でありボンダイ・ブルーのボディはうっすらと埃をかぶっている事務室の隅には水不要の人工観葉植物が設置されておりこちらは心臓型の葉の上にクリスマス飾りのような綿埃をかぶっている机の前に座るのは吊りベルト姿の太った男で側頭部に残った僅かな髪の毛を伸ばし頭頂を覆う様はイネ科の穂が垂れているように見えた男は厚ぼったい瞼をぱちくりさせて車が欲しいのか?と言ったジョニーはラジオカセットレコーダーの停止ボタンを押し手を差し出した
おれはラジオDJのジョニー・オーロラ車が欲しくて来たんじゃないんだなぜっておれはもう車を持っているからさ六一年型のリンカーン・コンチネンタルもちろん改造済みどうやってアイツを手に入れたのかって? 手を尽くしたよまずは知り合いのファン・メンザに会いに行って詳しい奴を手当たり次第にあたった安く手に入れるためさでもどれも高くて駄目まるで話にならないこの国じゃあ安くピンプモービルを手に入れることなんてできないそこでおれはキューバに目を向けたあの国は車のガラパゴスだインファント島っていってもいいおれはモスラのテーマを歌えるメキシコを経由してやってきたアイツは錆まみれで半分溶けたような具合だった本当の苦労はそこからさ修理するにも部品がないからファンに頼んだもちろんぼったくられた日に日におれの首はどんどん回らなくなり借金取りにタマを潰されそうになったことも一度や二度じゃなかったでも完成したアイツがいるのにもう一台車を買うなんてとてもできないことさ
 男は座ったままジョニーの手を握り
車が欲しくないのにウチに来る理由は何だ? ひやかしか?
 ジャッキーが首を振るとルーク・サンシャスパーセプションのマネージャーと言ったサンシャスは目を細め握ったペンでジャッキーを指し
そうだがお前は?
弁護士のトレモンドよ
弁護士なんて必要ない
あんたはねでもマギーは違う
 サンシャスが目を白黒させているとマーガレットが手を挙げた
「〈パーセプションについて聞きたいことがあるのあなたなら何か知っているかもと思って……
 大袈裟に手を広げたサンシャスが何が聞きたい?
ダグはクロウさん以外の女性と付き合ったりしていた?
いきなりだな……当時おれはマネージメントをしていたそれは間違いないダグはビビアン以外の女と寝ていたかも知れんがそんなこと知るかメンバーのほうが知っているだろうなフィルなら知っているかも
「〈お盛んなタイプじゃなかったって言っていたわ
 手をヒラつかせたサンシャスがじゃあそういうことなんだろうダグのことならフィル以上に知っている奴はいないあいつはダグの食い残しだって喜んで食うような奴だ
本当?
サンシャスが多分なと言うと頭頂部に弱々しく垂れた房が揺れた
昔話が聞きたいのか? いいだろうおれはレコード会社に入って早々パーセプションのマネージメント担当になったその時は音楽が好きなだけのただの小僧だったおれは必死になって仕事した仕事っていっても実態はメンバーのお守りドラッグでマトモじゃない状態のダグを車に押し込んでスタジオまで連れて行ったり気分屋のフィルをステージに戻すために死に物狂いで説得した根なし草のフーパーは目を離せばすぐに消えちまうしロビンは喧嘩屋態度が悪い客をぶん殴ってそいつに撃ち殺されかけたこともある連中をホテルに送れば窓ガラスは割るしテレビを放り投げる一度なんてどこで捕まえてきたのかフーパーがプールにワニを泳がせたそれを見るなりダグは何をしたと思う? 素っ裸で泳ぎやがったんだダグに何かあればおれはクビだ今思えばなんであんなに死に物狂いだったんだろうなイカれ野郎なんざワニに食われちまえばよかったんだおれはプールに飛び込んで必死になってワニをおさえつけた連中は馬鹿みたいに笑っていたよクソ忌々しい連中だおれは音楽が好きだったそのためにもアイディアは惜しみなく提供したし面白いと思うものはなんでもメンバーたちに聴かせた二枚目のアルバム、 『ブルージンのセールスは不調で評論家たちからも不評だったあの時は本気で自殺しようと思ったファースト・アルバムと似たようなコンセプトじゃ駄目だってことはメンバー全員がわかっていたしおれのアイディアが面白いと言ったのにいざリリースしたら掌返し失敗はおれの責任だとなじったそれでもおれはめげずに次のアイディアに取り掛かった重役からは三枚目のセールスが不調なら業界にいられなくしてやると脅されていたおれはダグにありったけのレコードを聴かせ小説やら詩やらとにかく山ほど買い込んでくれてやったダグに創作意欲があればなんとでもなるんだ。 『三千頭のカバたちのレコードは一枚目のパーセプションほどじゃなかったが売れたいやシングル盤は一番売れたメンバーたちに言い聞かせたんだ。 〈どの曲も二三分でまとめてくれとなうまくまわり始めた頃にビビアンがあらわれたはじめのうちおれはビビアンと付き合っていたダグより前にだビビアンからおれに声を掛けて来たんだ当時ビビアンの家は結構裕福だったからビビアンは小遣いだけで暮らしていた歌手志望だったあいつはおれに取り入ろうと考えたんだろうおれは馬鹿だったからそんなこと見抜けずにすっかり骨抜きにされたおれはあいつに溺れていたがあいつはそうじゃななかったもっと先がありそうなダグに乗り換えたんだ中古車だってもう少し丁寧に扱うもしダグがレコード会社の重役に何か言えばおれの首は簡単に飛ぶ寝る時間を惜しんで本やらレコードを買ってメンバーたちに渡したのに? 赤ん坊みたいにグズる連中をおっぱいをやる母親みたいにあやしてご機嫌とりをしたのに? おれほど他人に貢献した奴はそう多くない無駄になるのが嫌だっただからおれは何も言わなかった四枚目の太陽の衣をまとった女セールスはそこまで伸びなかったが自信作だほとんどの音は環境音でつくったコップを叩いたりシリアルを焼いたり……数えきれないありとあらゆるものを叩いたり弾いたりしたおもちゃ箱をひっくり返したようなサーカスの演目みたいな形容できない何かが録音できたリリース直後直ぐに次のレコーディングを提案したが重役たちはプロモートのためにツアーに出ろと言ったおれは渋々従ったがダグは駄々をこねた挙句に脱退すると言い出した全員でダグを引き留めてなんとか落としどころを探した結局ダグは半年休んだらツアーに出ると約束してビビアンと二人でパリに行ったそこでダグが死んだ信じられなかった嘘をつかれていると思ったおれはダグが死ぬ前日に電話で話したんだいつも通りのダグだったあいつは馬鹿騒ぎをやめて詩作していると言っていた落ち着いて生活できているからこのままパリで暮らそうかと考えているとも言っていたおれはそれでいいと思ったから活動に支障がないのなら問題ないと答えた電話の最後にダグはこう言った一言一句間違いない。 〈次のアルバムの詩がもうすぐ書けそうだ仕上がり次第ノートを郵送するジノに見せてくれパリはいいところだルークもどうだ? パリにワニはいないから安心してくれ……笑ったよ全部が元通りで前よりも凄いものができると思ったいや確信したでもダグは死んだそしてノートも消えたビビアンが盗んだんだそうに決まっているダグが死んでからおれはとにかく忙しかった処理はほとんどおれ一人でやった残ったメンバーたちはオロオロしているだけフィルは女みたいに泣いているだけでまるで頼りにならないダグの葬式は寂しいものだったダグの親父の反対で埋葬地は秘密だったから参列者はダグの親父とビビアンおれメンバーたちだけどこでライブをやっても満員で楽屋までファンたちが詰めかけたっていうのに葬式はたったの六人棺桶はパリで釘を打たれたままでお別れもなしだったおれはビビアンに詰め寄ったたしかどうしてキチンとダグの面倒を見なかったとかノートを出せと言ったと思うビビアンははぐらかすばかりでおれは怒りで狂い死にしそうだったそれからおれはロスに戻ってデビュー前にレコーディングした残り物を集めて五枚目をリリースしたちゃんと会社の重役たちの了承は得たうえだ今思えばおれは冷静じゃなかった要するにアーリー・イヤーズのリリースはおれの復讐だレコード会社ビビアンメンバーたち……誰もおれをマトモに扱わなかったでも一回ぐらいはいいだろう? それをするぐらいの権利はあるはずだ
 サンシャスが大きなため息をつくとオリーブの産毛のような髪が揺れたジョニーが
ご苦労さんと言いサンシャスが力なく笑った
本当にな……嫌なことはこんなにハッキリ思い出せる三〇年がまるで昨日みたいに感じるダグが死んでからフィルは回顧録を出版したんだがそこでおれが酷い奴だと書き立てた世論はおれの敵でみんながおれを批判したこんなに貢献した奴はいないのにだおれはフィルの家に行ってそのことを訴えたそうしたらどうだ? 通報されて恐喝罪で逮捕おれはバンドに関わる一切の権利を剥奪されたもちろんレコード会社はクビ給料以外一セントも貰っていないのにアイディアになりそうなものはポケットマネーで買ったのにその金は支払われずおれは蚊帳の外あぁそれはロビンも同じらしいなとはいえあいつはクレジットをしなかったから自業自得だ
 マーガレットがテレザ・ホットフィールドっていう女性は知らない? その……ダグと関係があったみたいなのと尋ねるとサンシャスは息も絶え絶えといった様子で手をヒラつかせながら
知らないと言った
 ジャッキーが話は終わりみたいねお邪魔様と言って回れ右をするとサングラスをズラしたジョニーが片目を瞑りおれはブルージンが大好きだぜ番組で流したことがある
番組名は?
「〈サタデー・ナイト・サタナイトショー〉。 最高にイカす音楽だけを流している
忘れなかったら聞こう……とはいえ忘れたいことが多すぎるが

ルーク・モーターズを出た一行はリンカーン・コンチネンタルに乗り込んだジャッキーが
骨折り損だったわねと言うとブルームデイが
感動的な話だったそう思うだろう?と言ってマーガレットに同意を求めたマーガレットは遠慮がちに挨拶よりも先に性器の形状を知ったブルームデイに向かって曖昧な返事をした
女は現実主義者なのよとジャッキーステンレス鋼の櫛でダックテイルを撫でたブルームデイが
元女房はおれが久しぶりに家に帰ったらショットガンを向けやがったこれは現実主義か?
自業自得ね
 ブルームデイが舌打ちするとジョニーはサクラメントまで飛ばすぜアゲていこうと言ってラジオカセットレコーダーの早送りボタンを押し数秒後に再生ボタンを押した流れ出すのはクール・アンド・ギャングのジャングル・ブギ
ダンスの誘いは強迫めいた執拗な繰り返しであり疑似言語の荘厳な詠唱リンカーン・コンチネンタルがメキシカンブルーに彩られたボストン・アベニューを滑るように走り去る


『ロクス・ソルス』という同人小説サークルで活動しています。それから、ジャズピアノの演奏活動をしています。気が向くと絵を描いたりします。
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