柳楽 馨

裏切り者へ愛をこめて:阿部和重論

連載第9回: 監禁者たちもまた監禁される 4

書いた人: 柳楽 馨
2022.
01.05Wed

監禁者たちもまた監禁される 4

承前

NS等で不用意に情報を拡散すると時に名誉棄損にもなることくらい誰でも知っているそしてある小説についての感想考察カスタマーレビュー等々の中には、 (たとえ賞賛であろうとも本当にその作品を読んだのかどうか怪しいようなものだってある嘘や間違いに汚染された言葉がその責任をとることなどできない人々の間で拡散されやがて爆発的な悲劇を招く──シンセミア言葉がウィルスであることを描く小説なのだ感染リスクをゼロにはできない私の肉体の中にウィルスが入りこめば私と接触したあなたの中にも簡単に同じものが入りこむかもしれないホシカゲさんから事件の真相を聞くジャーナリストもいつの間にかホシカゲさんの口の悪さに感染してしまう。 「このクソジジイを取材相手に選んだのはやはり失敗だったかもしれないと池谷真吾は嘆いた」 (SS II, 495)。
 阿部の小説に対する批評が難しい理由はすでに述べたが理論的にはあまねく作家のあらゆる作品に対する批評が同じ困難を抱えている阿部の場合はそれが顕著に現れているだけだその困難を鏡像モデルの限界と言いあらわしておこう作品にこめられた作者の意図を正しく理解することがその作品を受容することだと漠然とであれ私たちはそう考えているこれは作品が書かれた時代の状況や作者も意識していない暗黙の価値観が読みとられる場合にすら妥当する作品をどう読もうともそのように読まれるべく作者が意図していた可能性はゼロにはならない作品の最初の読者は常に作者だ読者の振舞いは己の作品を読みながら書く作者の鏡像として先取りされているということは批評を書いて作家に追いつき追い越そうとするのは鏡に映った自分を相手にジャンケンするようなものだ
 ただし読者と作者のあいだに絶対的な壁があると考えるのは不正確である何かが箱の中にしまってあるかのように作者の意図があらかじめ作品にこめられているとすればそれが監禁に似た状態であるのは一目瞭然だろうしかしその意図や意味を閉じこめた作者もまた最初の読者として私たちと同様に閉じこめられるここで言う監禁の場合監禁者と囚人牢獄の内側と外側は瞬時に入れ替わるあたかも牢獄の壁が一枚の鏡であるかのようにあるいはこう問うてもいいマスクをして会話を控えるのは外からウィルスを侵入させないためなのかそれとも体内のウィルスを外に漏らさないためなのか
ピストルズにはひとつの作品をめぐるこうした状況を寓意的に表したかのような場面がある菖蒲家を訪問し一族の秘密を明かしてもらうことになった石川は父・水樹はこのことを承知しているのかと帰り際に菖蒲あおばに尋ねるこの時すでに水樹は死んだも同然であり菖蒲家の秘密は父親という権威者の不在のもとで漏出していくこれはこれで象徴的な解釈を誘うがここではもっと具体的な石川とあおばの姿に注目しよう

わたしたちはこのときほの暗い部屋のドアの前で突っ立ったまま会話をつづけていた
いつの間にかおたがいの手が届くくらいの至近距離まで接近していたわたしたちは──どちらもドアノブには触れようとせずにジャンケンでもするみたいに向かい合って言葉をかわしていた。 (Ps I, 137-38

ピストルズの二人の語り手たちはこうして互いの出方をうかがうかのように動かず言葉だけを取り交わす隣り合った独房にそれぞれ監禁された二人の囚人が壁を叩く音で意思疎通を図っているかのようだ
 監禁にまつわるこうしたいくつかの比喩は互いに微妙に異なり小説あるいは言葉そのものが持つ両義的な性質を示している言葉は牢獄の内部と外部を隔てる壁なのだがその壁自体は内側にも外側にも接しているだとすれば阿部の小説における監禁について解釈をさらに進めて監禁を超える別のテーマを浮かび上がらせなければならない

次回は 1月12日ですお楽しみに!

英米文学を研究しているレッチリの大ファン。下唇の左側に複数のピアスあり。(文責:編集部)
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