柳楽 馨

裏切り者へ愛をこめて:阿部和重論

連載第8回: 監禁者たちもまた監禁される 3

書いた人: 柳楽 馨
2021.
12.29Wed

監禁者たちもまた監禁される 3

承前

ピストルズでは罵倒の連鎖が生じにくいが小児性愛者の沢見克実が菖蒲みずきの秘術にかかり会えなくなってしまった一人娘への思いを白状させられる場面はやや事情が異なる石川麻弥と鴇谷亜美が自殺しようとしていることに勘づいた沢見をみずきは言葉でいたぶらずにはいられなくなって」 (Ps II, 312)、 自分や彼女たちを裸にしようしていたのだろうと責めたてる胸の内を明かしながら沢見は悪態をつく。 「クソッ駄目だこのクソッタレが! まいったなチクショウチクショウが! コンチクショウが!」 (Ps II, 305)。 これはみずきにバカカス恥知らずと罵られた中学生たちがみな歯を食いしばったり渋面をつくりながらその通りだとうなずくしかなかった」 (Ps II, 268のとは対照的である
 もちろんみずきと沢見は罵りあっているわけではないみずきの秘術で彼は自分自身の内側に閉じこめられており彼の罵倒はみじめで無力な彼自身に向けられたものだ別の場面でみずきはスーパーマーケットの空き店舗でいかがわしい商売をしていた霊能者を標的にしているこの霊能者は強制的にみずきの心の中を見せつけられ壮絶な修行の記憶や奇怪な幻影によってたまらず嘔吐する。 「パーティションで仕切られた場所での事態ゆえ店内の仲間にはいっこうに察してもらえず助けを呼ぶ声も出せずにわが身を抱きしめていた霊能者は──孤立無援の中で恐怖の想念に苦しめられ自身の吐き出したものの傍らに座りこみながらひたすらおののく」 (Ps II, 358)。 沢見のコンチクショウこのインチキ霊能者の吐瀉物に対応する現に、 『Orga(ni)smの金森年生は小児性愛者としての欲望を抑えるべくみずきに秘術を施され、 「半径十数メートル圏内に女児がいると認識した途端本人が自主的にその場から遠ざかるまで反射的に嘔吐をくりかえしてしまう」 (Org 778)。 その嘔吐を目撃した阿部和重、 「うるっせえこっち見んなくそが」 (Org 401と金森に罵られている罵倒するときに口から出てくる言葉とはゲロでありクソであり自分の内側から生じたものではあるが排出しないと自分が苦しむことになる汚物である一時は沢見に殺されたのかという疑いも浮上した少女はLSDによるいわゆるバッドトリップにはまり仲間の少女たちから離れ孤立する。 「えずきかけた吐瀉物が気道をふさぎもがき苦しんでいるところをだれにも気づいてもらえなかった少女は──その場であえなく窒息死してしまった」 (Ps II, 381)。
 そして沢見の精神を掌握して内面をすべてさらけださせた時のみずきが獄吏さながら」 (Ps II, 307と形容されるように菖蒲家の秘術の本質とは自白を引き出すために対象を精神的に隔離・監禁するところにあるだが真実を知っていながらそれを語ろうとしない者はその者自身が真実を閉じこめて見えなくしている牢獄に似ているつまり奇妙なことだが真実を己の内部に監禁する者こそが監禁される監禁されているのは監禁者なのだ。 『ピストルズ大詰めの血の日曜日事件では血の気の多い連中が大勢集まって真相を暴くために沢見を取り囲もうとするその四〇名ほどの少年らを屋内に待機させておきそこへひそかに警察を呼んで袋のネズミにしてしまいひと夜のうちにひとり残らず凶器準備集合罪で検挙させる」 (Ps II, 413のがみずきの目論見だった沢見を包囲=監禁しようとした者たちをみずきは逮捕=監禁しようとしているわけでこんなこみいった試みは破綻するに決まっている
 すこし文脈を広げておこうここまで述べてきた罵倒の連鎖監禁の反復、 (阿部の小説を読むとはどういうことなのかという問題と確実につながっている。 『シンセミアの末尾には池谷真吾というジャーナリストが登場する様々な事件の真相を知りたがっている池谷は星谷影生に話を聞かせてくれと懇願するのだがホシカゲさんは寿司やビール程度の情報料と引きかえにあまりにも重々しい真実を軽々しく喋ってしまう池谷もにわかにはそれが信じられない。 「しかし仮に真実だとしてそんなこと喋っちゃっていいんですか? 大丈夫なんですか? 星谷さんは」 (SS II, 495)。 『シンセミア真実がそれを暴いた者に死をもたらす以上平気な顔で真相を明かすと称する人間の言葉を額面通りには受けとれない人々が交わす言葉は無責任なデマも含み噂ぐらいの信憑性しかなくそんな噂の的になる者にとっては深刻な侮辱や罵倒と変わらない。 (つづく

次回は 1月5日ですよいお年を!

英米文学を研究しているレッチリの大ファン。下唇の左側に複数のピアスあり。(文責:編集部)
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