柳楽 馨

裏切り者へ愛をこめて:阿部和重論

連載第1回: はじめに

書いた人: 柳楽 馨
2021.
11.10Wed

はじめに

誰もが自分自身に囚われの身であり誰もがその牢獄の壁だけに言葉を書きつけるだがその牢獄が彼に解放をもたらすのである
ジョー・ブスケ谷口清彦・右崎有希訳

はじめに

部和重に芥川賞をもたらしたグランド・フィナーレの宣伝文句を私はよく覚えている。 「文学がようやく阿部和重に追いついた」。 しかし、 「批評が阿部に追いついていない1阿部の小説にはいかにも批評家が食いつきそうな疑似餌がばらまかれているので、 「何かしら気の利いたことを言おうとしても蜘蛛の巣のように緻密に張り巡らされた作者の構想に絡み取られているだけのことになる2作品に先回りされた批評はわかって当たり前のことをもったいぶって繰りかえすだけだ
 以下で読み解こうとしているのは、 『シンセミア』、 『ピストルズ』、 『Orga(ni)smの三部作を中心とした神町サーガつまり阿部の故郷である山形県東根市神町を舞台にした作品群である手はじめにOrga(ni)smの大詰めをとりあげて、 「わかって当たり前のことをもったいぶらずに提示しよう
 二〇一四年日本の首都となった神町で来日したオバマ大統領を乗せた車の一群の前に拳銃を手にした男が現れ狙撃されて倒れるその時超新星爆発によるガンマ線が地球に降り注いでいたため上空を飛んでいた多数のドローン無人小型飛行機が機能を停止して次々と落ちてくる
 これは、 「オバマ大統領に対する精神分析で言うところの去勢である平和主義者だと思われがちだがオバマはドローン攻撃に消極的ではなかった技術も資金もたっぷりそなえた超大国らしいこの戦争では地上からは視認できない高度のドローンが撃ち落とされても味方は死なず敵はまさしく青天の霹靂で殺される一歩たりとも動かず遠方の対象を見つめその者の生殺与奪の権限すら握っているオバマ大統領、 『ピストルズの菖蒲みずきと同様何もかも意のままにする傀儡師ならではの全能感」 (Ps II, 227を抱きかねないその錯覚を打ち砕き調子にのったガキの牙を折ることあるいはそんな牙はいつでも折れるのだと思い知らせることを去勢と呼ぶ
 この解釈は正しいに決まっているドローンによる圧倒的な視覚の優位は阿部が問題視してきたハリウッド映画での特殊効果技術の肥大化とも関わり通常の制約を超えてあらゆるものを見たり観させたりすることを意味する3そして、 「遵法精神が敗北を喫するそれがこの高度情報化社会の現実なんだそんな中でいかに立憲主義を機能させるのか4Orga(ni)smのテーマですと阿部はさらりと白状するこれは阿部に大きな影響を与えた大西巨人神聖喜劇のテーマでもある5つまり理性と言葉そして法による支配が暴力と無縁でいられるか否かということだ強大な武力を象徴的に失ったオバマ大統領はその後一発だけ銃弾が装填された拳銃を託されその銃をぶっ放してやりたい衝動を抑えつつロシアとの対話を試みる暴力が避けられないという現実を否定はできないもののその闇雲な肥大化だけは抑えねばならないのだと示すため阿部は阿部和重の故郷にドローンの雨を降らせる
 阿部に追いつこうとする私たちにとってこの解釈はスタートラインにすぎないそれらしい理論や政治的問題に言及しつつ小説の大詰めの場面を取り上げるのはたしかに批評っぽいしかし批評的意識の強い阿部のような作家の読者ならそれでは阿部の構想のなかにいつの間にか閉じこめられているだけではないかと自問する作品の真実かと思えたものは私たちを監禁する密室の壁だそもそもいくら大詰めとはいえひとつの場面を読めば導き出せる抽象的な命題をなぞるだけでは批評っぽいだけの批評のまがい物にしかならないのも当然だろうならば私たちはいっそのこと思いきり風変わりで些細なことから一歩ずつ進んで行こう

次回は 11月17日ですお楽しみに!

注釈

  1. 阿部の小説からの引用は本文中に以下の略号と共に頁数を示すただし作中で繰り返し用いられる表現は頁数指示を省略した
    AY.アメリカの夜講談社文庫二〇〇一年
    BCM.ブラック・チェンバー・ミュージック
    GF.グランド・フィナーレ講談社文庫二〇〇七年
    MS.ミステリアスセッティング講談社文庫二〇一〇年
    NN.ニッポニアニッポン』、 『IP/NN 阿部和重傑作集講談社文庫二〇一一年213-375頁
    Org.Orga(ni)sm文藝春秋二〇一九年
    Ps.ピストルズ講談社文庫上下巻二〇一三年
    SS.シンセミア講談社文庫上下巻二〇一三年
     上下巻に分かれたシンセミアピストルズについては頁数の前に I もしくは II を添える阿部和重オフィシャルサイトに公開されたブラック・チェンバー・ミュージックから65に分かれており例えば23からの引用はBCM 23とする
     以下、 『Orga(ni)smに登場する阿部和重との混同を避けるため現実の作家を苗字のみで阿部登場人物はカッコつきで阿部和重とする同様に実在の米国大統領バラク・オバマをオバマ登場人物をオバマ大統領とする
  2. 日比野啓いま、 「気違いとははたして可能であるのか。」 『文學界二〇一九年十月号文藝春秋74頁
  3. 阿部和重表現上のアンバランス──ウォシャウスキー兄弟マトリックス リローデッド』」、 『映画覚書 vol. 1』 (文藝春秋二〇〇四年102-08頁
  4. アメリカ・天皇・日本」 『文學界二〇一九年一〇号26頁
  5. 大西巨人神聖喜劇光文社文庫第2巻二〇〇二年333-34頁

英米文学を研究しているレッチリの大ファン。下唇の左側に複数のピアスあり。(文責:編集部)
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