杜 昌彦

GONZO

第36話: 亡者の塔で

書いた人: 杜 昌彦, 投稿日時: 2021.11.03

戦場で人格形成した世代は暴力なしに生きる術を知らず往々にして犯罪や紛争を生業なりわいとする梶元権蔵が生まれ育ち箱沼が社会人生活の土台を築いた教団もまた人生の戦場だったもとより冗談をいいあう仲ではなく天気さえ殺害の難易を左右する条件にこそなれども無難な挨拶にはなり得ない三十年ぶりの再会にもやあひさしぶり息災で何より中華料理屋におれを売り飛ばしてくれてからどうしてた役所勤めに精を出しておたくを見張ってたヨそうかい白髪が増えたじゃないのそっちは重力と空間に挑戦しているネなどと愉快に笑って肩を叩き合う会話は彼らに生じない何の意図で呼び出したどんな魂胆で応じたと疑心暗鬼で銃を向け合うほかに言葉を持たぬだったらわざわざ呼び出しもせず応じもせぬがよかろうが当人同士は至って大真面目年長者にとって教育とは執拗になぶり殺すことであり年少者にとって教わることはいずれ教わったやり方で教師を殺すことだった体型や風貌が変わるほどの歳月が過ぎてさえその間柄は何ひとつ変わらず変わらぬことをただ銃弾でもって確かめ合うのみ
 箱沼が待ち合わせに指定したのは両者が出逢って初めて殺した信者をおんぼろ車のトランクに詰めて放置した想い出の場所遺体が発見されたのは数年後で戸籍のないその男は身元不明のまま未解決ファイルに収まった教祖が癌で死に信徒があとを追うすなわち詐欺師が鴨を道連れにした集団自殺事件を機に互いの殺害を先送りにして別れた三十年後対峙する両者のあいだにはそれまでに殺した無数の亡霊と車の卒塔婆が連なったひしゃげて窓や扉やライトのない錆びついた車が賽の河原を彷彿とさせるかに積まれその頂上にとまった烏がふたりを見下ろす割れたサイドミラーが低い陽光に輝き車体が熱を含んで春のように暖かい鈍く光る銃にさえ日だまりの温もりがある砂埃と錆とかすかな油の臭いご馳走を待ちきれず烏が鳴きそれが合図となったか続けざまの乾いた炸裂音烏は飛び立ちガラスが砕け錆びた車体が穿たれ火花が散り薬莢が地面や車体を打って硝煙の臭いが立ち籠める横っ飛びに転がるゴンゾと毛筋ほどの差で土塊が弾けて砂埃が舞った餓鬼をたらし込むのが巧くなったねェ銃の腕前に進歩はなさそうだがと箱沼は感慨と皮肉の入り混じる口調でかつての教え子に呼びかけあんたがおれにしたようにしただけさ世間話より早く用件をいえよとゴンゾは催促する知りたければまずは当てててみなさいヨとかつての教師は挑発しそして両者は距離を狭めながらまた烈しく撃ち合う
 銃火と硝煙の向こうにふたりは過去を見る梶元権蔵は教団でだれの子とも知れずに育った。 「悪夢っ子と呼ばれる所属部隊は教団生まれで戸籍のない子どもたちから選り抜かれ何年もかけて暗殺の教育を受けてなお死ななかった少数精鋭子どもが選ばれたのは外の世界の倫理や常識を知らずいくらでも使い棄てられ死んでもどこからも文句が出ずなおかつ捕まっても身元が探られる畏れがないからだ幹部の大人たちが愉しむために殺し合いをさせられたこともあった多くが脱落し最後には数名しか残らなかった。 「悪夢っ子にとって人間は労働の対象でしかなく仕事を指示してきたりその対象となったりする血と肉と骨の詰まった袋にすぎなかった動いたり騒いだりして仕事を妨げその後は重く場所を塞いで扱いに困る同様に価値のない肉塊として生まれ育った彼らは人生をそういうものとして受け入れ不平不満を抱かずいわれるがままに殺し殺されたゴンゾが生き残った理由はすべてを茶番に感じていたからだ阿呆らしいから何事も真面目には取り組まなかったへぇへぇさいですかと適当にやり過ごすうち大人たちは集団自殺し教団は消滅した
 教団ではだれもが何の前ぶれもなく急に姿を消し別の顔と入れ替わった指導係もだそれが日常だった脱走したのか逮捕されたのか殺されたのだろうとゴンゾは思っていた実際に彼がその手で殺した者もいた名簿に載っていたこともあれば単に気にくわぬから殺した相手もいた箱沼の前任者は有名大院卒で生まれつき他人を見下していたその手段を与えることで教団はその男を利用した男はあの弁護士が邪魔だ片づけろあの土地から立ち退かぬ爺さんを消せとあたかも他人の生死を好きに決められる特権でも持つかのようにふるまった組織の論理を自分の力と取り違え人格の歪みを利用された事実に目を向けなかった独自のこだわりを持つその高慢な男につまらぬ道具のように扱われたゴンゾは数日後に現実を教えてやったなるべく時間をかけて理解させたかったが教団に与えられた子どもらに指図して丸腰の市民を襲わせることしか実戦を知らぬその男は自ら教えた手口であっさり死んだおだて上げて教えを乞い地下の資料室へ付き従うふりをして階段から突き落とし動かなくなった教官に近づいてみたところ教え子に愉しみを提供する前に息絶えていた死に顔には驚愕の色があった
 後任として現れたのは見慣れぬ顔でそのくせ教団内のあらゆる事情に通じておりおおかた内通者だろうと予想していたがその見立ては正しかったと三十年後のいまその男めがけて撃ちながらゴンゾは思い知るそれまでの教育係と違って箱沼はさながらホームドラマの父親が息子に接するがごとくゴンゾを扱った当然その時点でテレビなど見たことがなかったし信徒らしからぬ馴れ馴れしさやふざけた態度を奇妙に感じつつも次の担当者があてがわれるまでの間柄としか認識しなかったがあれはいわゆる調教グルーミングのつもりだったのだろうと数年後にゴンゾは理解した暗殺や遺体処理の手法を教わるよりも教団の外へ連れ出され飯を奢られて駄洒落を聞かされる時間のほうが長かった幹部らの人間関係や教祖の病状を聞かされることもあったもうここも長くないネ転職を検討したほうがいい頃合いヨと幹部に知られたら死の名簿に加えられそうな軽口を叩くことさえ箱沼にはあったあの糞生意気な悪童を落とした手並みからするとあと数年早く出逢っていればおれだって騙されていたかもなとゴンゾは思った
 生まれ育った実家の焼失後少年は地下道やアーケードや公園に寝泊まりし現代彫刻めいたベンチの意図を知った殺せば金が手に入るのは理解していたが働きたくなかった血を嫌悪したのではなくただだるく億劫だった屋根があろうがなかろうが雨風にどれだけ晒されようが屋外で幾晩も過ごすのが珍しくなかった悪夢っ子時代と大差なくさして気にならなかった集団自殺のどさくさで奪ったわずかな金が尽きる頃錆びた二槽式洗濯機や古タイヤの積まれた路地裏で空腹に耐えながら段ボールにくるまって微睡まどろんでいた彼は棄て去ったはずの過去に声をかけられた目を開けると再会したくない顔が視界に入るここにいたのネ探したヨなどと箱沼はあたかも本心からのように喜んでみせた手間をかけて磨いた武器を火事で逃がしたのを実際に悔やんでいたのかもしれぬ教団の残党にしてはそれまでと変わらぬ身なりで周囲に怯えてもおらず堂々として健康そうだった
 飢えて痩せ衰えた少年を箱沼は酸化した脂で食卓も椅子もベタつく中華料理屋へ連行し腹がはち切れんばかりになるまで食事をさせた罠と知りつつも少年は誘惑に抗しきれなかった引き合わされたオーナーに彼は教祖とはまた異なる邪悪さを感じた黒い錠剤で陶酔した信者らに囲まれて祭壇で息を引き取り幹部に油をかけられ火を放たれた教祖は派手に商売をしすぎて官憲に目をつけられ癌による死が先か強制捜査が先かと噂されていたあれよりずっとしたたかだ自ら手を汚して法に触れはしまい杏仁豆腐を平らげながらそう値踏みする頭上で短い言葉と稀少本がやりとりされ我が身が売り飛ばされたのを少年は悟った当時すでに老人だった田澤は商談のあいだ新たな道具を一瞥もしなかった
 老いて肥え太ったゴンゾは当たらぬ弾丸を罵りながら空の弾倉を落として次のを装弾し遊底を引いてまた撃って田澤の親爺におれを家庭教師として姫川家に差し向けさせたのはあんたかと尋ね箱沼はそれには答えず相変わらず下手くそだネチャンと狙いなさいヨと苦笑しながら撃ち返し姫川邸襲撃事件をお膳立てしたのはだれだと思うと逆に問いかけた細谷かとゴンゾは呻き脅迫を不審に思っていたあの優男の動機は何だ金かと叫んで発砲したそれを突き止めてほしいのヨと箱沼は打ち明けて姫川家の秘書がこの半年ほど産業テロリストと頻繁に接触していることを告げた
逮捕すりゃいいじゃないか
オヤオヤとんだ素人だネウチの仕事は調べて報告を書くまでサその先はお上が決める三下にかかずらって台なしにするのは警察の領分ヨ
あんたの商売なんて知ったことか
無関心を装う割には深入りしたじゃないの諦めて協力なさいヨ
 上衣の下にタクティカルベストを着込み着膨れするまで弾倉を詰め込んだ自称公安はさておいて肥った殺し屋はさながら任意のタイミングまで弾切れせぬ魔法でも身につけたかのようだった熱と衝撃で歪んだのか装填不良を起こした銃を投げ棄てもう一丁を抜いてさらに撃った映画であれば装弾数と発砲音の帳尻を勘の鈍い観客にまで怪しまれる頃銃弾に貫通された衝撃で錆びた車体が均衡を崩し神経を掻きむしるような悲鳴を上げた右肩で押しやると山は傾き大音響を立てて崩れモウモウと砂埃が舞い上がるその機に乗じてゴンゾは銃弾の雨をかいくぐり銃を水平に構えて闇雲に撃ちながら飛び出した視界が晴れると両者は遮蔽物が何ひとつない場所で銃を向け合っていたあまりの近さに両者ともたじろいだ射撃が下手なのは師匠も弟子も同じでどちらも埃まみれではあるにせよかすり傷ひとつ負ってはおらぬが互いの脂汗が見えるほど間近ではもはや逃れるすべはない撃てば撃たれる身じろぎもできない
 甲高い声がして物陰から小柄な影が飛び出したふたりはそちらへ銃を向けた姫川尊が青ざめた顔の前に両手を挙げて立っていたタクシーで追ってきたはいいが声をかける機会を逃し銃撃戦がはじまってからずっと物陰で丸まって頭を抱え慄えていたのだご都合主義と誹られようがなんだろうが彼もまた無傷だった


(1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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