杜 昌彦

D.I.Y.出版日誌

連載第332回: 日本版 KDP Print がやってきた(遅い)

書いた人: 杜 昌彦
2021.
10.20Wed

日本版 KDP Print がやってきた(遅い)

KDP のペーパーバック違和感のある表記だな)」 を途中まで試した前に .COM で試したときと違って CreateSpace からそのまま移植したような UI ではなくなっているCreateSpace とおなじようにプレビューがある仲介業者にはない)。 判型も CS とおなじKDP の表紙を使いまわせる判型が標準四六判は独自の判型から設定使いまわせるというのは縦横比の話ねペイパーバックの質感が活かせる縦長ISBN は CS とおなじで無料で使えるがたぶん洋書扱いになる出版社名を設定したければ自分で取得したものを使うバーコードは自動だと JAN コードがつかない横二段の変な形のやつになる最初から表紙にデザインしてしまえば通るのかも不明結論としては既存タイトルを出版しなおす必要はないかなと感じた次の本は二段バーコードがいけるかどうかで判断するAmazon POD という別の仕組みを利用していた仲介業者はこれまでのような殿様商売は通用しなくなる本来なら表に出してはいけない水準のサービスだったからだ日本版 KDP Print はローカライズが不充分ながら多くの出版者にはおそらく充分な水準だと思うあとは価格かなCS では中編小説を取り分一割くらいで千円以下の価格に設定できたが数ヶ月後にはアルゴリズムがつり上げた価格で関連会社から買うしかなくなったCS を使って日本語で小説を出版するのがおれだけだったのでそういう意味で CS を使った日本語小説の出版ではおれが世界でいちばん詳しかったそれで得したことは微塵もない癖のあるシステムと格闘して英語と日本語で複数の窓口とやりあう気力はもうないしょせん出版は自己満足でしかないそれにしてもいまやこんなにも出版の手段に KDP を選ぶひとが多いのだと感慨に耽る2012年秋にはやってるやつはみんな知り合いだったよWook もパブーも昔話だねぇ⋯⋯ BCCKS は? 当時は個人出版とか自主出版とか自己出版とかセルフパブリッシングとかいっていたセルフパブリッシングという単語は海外での使われ方は本も含むが日本語ではいまではゲームの出版方法を意味するようになった略語をどうすると某所で議論してセルパブと呼ぼうなんて決めたりしたっけいまはもう出版手段に何を使っているかなんてどうでもいい時代になった自分に合った手段を選べばいい既存の出版社とかかわる利点も依然としてあるおれには向かなかったけどだからおれはもうわざわざインディとかセルフとか個人とか称するのはやめた迷いながらも独立とはまだ謳っている2011年のドラマNew Girl / ダサかわ女子と三銃士すでにKindle で出版する彼氏がしょぼい YouTuber 的な扱われ方をされていた日本でもそんな位置づけになりつつある単に手段として利用するかプラットフォームのコバンザメになるか2015年のキャッスル 〜ミステリー作家は事件がお好きでは主人公の作家がウェブサイトでサブスクライブのメールマーケティングをしていて会員は未発表短編が読めるとか新作の告知があったりとかいう描写があった手段として利用する企業のひとつに出版社があるという時代にもなりつつあるヤマダマコトさんもあくまで手段としてセルフを利用しているように見えるおれと違う意味でというのは彼は携帯小説にルーツがある作家でもともとウェブ独自の表現様式で配信・閲覧されるのを前提としているからだ彼はおそらく今後も出版社と仕事をすることはない個人でやるのをうわまわる利点を見いだせないからだ会議と印刷では彼には遅すぎる藤井太洋さんと十市社さんとヤマダさんはそれぞれ歩む方向も道のりもまったく別で唯一共通するのは人との縁おれにはそれがないおれはそもそもが企業と相容れないそれだけの価値がないからというのがもちろん大前提ではあるけれどそればかりではなく書店の棚に自分の本が並ぶところを想像できない現代の日本で出版されているものと自分は異なりすぎる大手出版社の編集者と話しても会話が成立しないただの無能と大企業社員では経験してきたことが違いすぎるからだヤマダマコトさんは商業については宣伝とか肩書きを得るためにはすごく魅力的とおっしゃったけれど出版社が資本投下して価値や認知が高まった時点でセルフに移行する作家が今後は増えると思う出版社にとってはこれから回収だという時点で逃げられるのでフリーライドに近い絶版作品の引き上げで問題になるのは取材費や校正校閲にかかった費用がどうなるか返すのか返さずともいいのか引き上げるテキストは編集の手が入ったあとなのか前なのか揉める作家も増えるだろうし仲介する業者や弁護士も出てくる米国ではすでにセルフは下火になりつつあるとも聞く日本の某有名作家の事例ではどうも編集の手が入る前のテキストを使っているっぽい誤字があるので役者にせよ音楽家にせよ作家にせよ基本的に芸術家はほかに生業をもつのが当たり前だと思うそうでないひとがいた時代もあったかもしれないけれどすでにそうではないそれにプラットフォームが決める表示機会からは逃れられないアルゴリズムが優遇するのは独自性が淘汰された結果でしかない作品自体の価値はないほうが優遇されやすい (「わかりやすいから)。 多少稼ぐ余地があるのはTシャツやマグカップ携帯ケースなどの物販そしてそれも当然プラットフォームが上前をがっぽり持っていく以前は公演に可能性が見いだせたがコロナでそれもなくなった作品は無償配布して登場人物のスタンプで細々と稼ぐとかそしてもちろん無償配布すると質の悪い客がつきミスマッチで的はずれな低評価レビューがつく作品を読まず作家の人格を貶めるためだけに投稿されるレビュー客はそれを見て判断しアルゴリズムが関連づけてゴミ溜めから抜け出せなくなるアルゴリズムは独自性を評価できない前例をもとに採点するからだ人間もおなじでだから教わらぬ価値をみずから見出すための教育がなければならない企業は利益を追求するプラットフォームも出版社もアルゴリズムはその効率を最大化する売れたものを優先表示し互いに関連づけてより多く売るのが彼らにとって最適解だこれまでにない独自のものは排除され多様性は損なわれる世代を重ねるごとによく売れたものすでにある要素が洗練されていく淘汰による選別で残るのは何かすくなくともそこに排除される側の論理はないそして読書は排除される側にある全体に抗い個に寄り添うものだからだ


(1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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