イシュマエル・ノヴォーク

第17話: 黒いブラックサバス

書いた人: イシュマエル・ノヴォーク, 投稿日時: 2021.10.15

ライブハウススプロイテーションの客席は既に埋まっており開演時間が遅れていることで客たちは苛立ちはじめていた楽屋にはアフロヘアーにラメ入りタイツ姿のバンド、 〈黒いブラックサバスのメンバーガンボ・ケンドリックスラフィン・ウィリアムスオーティス・ジェンキンスエディ・ピケットリッチー・ブラウンと彼らのプロデューサージョニー・オーロラが立っている客席を覗いたピケットがマジかよフルハウスだきっと駅まで列が続いていると言うとやれやれといった顔のブラウンがせいぜいバス停までだ
 戸惑った顔のケンドリックスが
おれたち初めてのステージなんだぞ? なのにそんなに客がいるなんて信じられない
 ジョニーはアフロヘアーを揉み笑みを浮かべ一人もいないよりはマシだろ?と言うなり手を叩いた
さぁはじめようぜ最高にイカした音楽で客たちを浮ついた気分にするんだ気楽にいこう

 楽屋を出たメンバーたちはステージに上がり息を呑んだジェンキンスは緊張のあまり息を吐くことすら忘れているセットリストが書かれたメモ紙をクシャクシャに丸めたウィリアムスがジェンキンスの後頭部に向かって投げつけた振り向いたジェンキンスが
何すんだよ?
息の吐き方思い出したかい?とウィリアムスため息をついたブラウンが
ステージで喧嘩するな
 ビロードの垂れ幕が上がり拍手と歓声が上がるケンドリックスがモーグ社製アナログ・シンセサイザーで三和音をリズミカルに弾き始めピケットはワウ・ギターでカッティングを開始するブラウンはマーヴィン・ゲイの愛のゆくえのベースラインを撫でるように弾きウィリアムスがチャーリー・ワッツのようにタイトなビートを刻むタイツ姿の五人が各自の前に立てられたヴォーカル・マイクに向かって歌い出すのはヘヴィメタルの祖、 〈ブラックサバスパラノイド』。
 モータウンサウンドのヘヴィメタルを聴いた観客たちはあっという間に不思議な陶酔感に浸って踊り出す舞台袖に立つジョニーが笑顔を浮かべる

 三〇分という短いステージ最後の曲は彼らのオリジナル曲であり世界初演のヘイ・デュードだった楽曲のコード進行は甲虫と拍子の混合グループによって作曲されたものと同じではあるもののジェームス・ジェマーソン風の指一本で演奏できそうなほどシンプルなベースラインを土台に彩られた演奏は弾力があるメンバーたちのおいよぉという呼び掛けに対して観客たちは笑顔で答えたアルコールと揮発した汗体臭香りのついた柔軟剤薄暗いライブハウスの中で踊り狂う人びとは皆が皆等しく黒く染まっていた
 ステージが終了しても観客たちは一人も帰らずに拍手をしていた楽屋に戻った五人は信じられないといった顔だったがアフロヘアーを一揉みしたジョニーが
さぁアンコールだと言った
 ケンドリックスが他に曲がないと言ったものの首を回したジョニーが
同じ曲を演奏しちゃいけないルールはないんださぁみんなが待っているぜ
 五人は汗が滴る額を手で拭うと再びステージに向かった

 メンバーたちが姿を見せると観客たちの拍手が止みマイクに向かってケンドリックスが言う
ありがとう……なんて言ったらいいのかわからないプロデューサーのジョニーに誘われた時は耳を疑った七〇年代ならいざ知らず今の時代にこんなことをやってウケるのか? ってね正直言って自信がなかったでも……確信したよクソッタレのジョニーは間違っていなかっただよな?
 観客たちから歓声が上がりそれと同時に舞台の袖からアフロヘアーにブルース・リー風の黄色いタイツのジョニー・オーロラが姿をあらわす一際大きな拍手が起きジョニーは露出した胸元を撫でながらマイクに向かって口を開く
よぅみんな今夜はありがとう本当はプロデューサーらしく後ろでふんぞり返っていようと思っていたんだけどガンボこれは一体どういうつもりだい?
 ピケットが指笛を吹きメンバーたちが笑ったジョニーが
おれがマイクの前にいるっていうのは良くないことだなぜかって? そりゃあ決まっている喋りすぎちまうからさ試してみるかい?
 観客たちは歓声で応えジョニーは大きなサングラスの縁に触れ振り返るそしてメンバーたちに向かってもう一度パラノイドを演ろう
 ケンドリックスが和音を刻みはじめると最初に演奏した時よりもテンポは上がっていたがそのことを気に留める者は一人もおらず再び観客たちは踊りはじめたジョニーもコーラスに加わり楽曲の中間部ではトニー・アイオミのギターソロをファルセットで模倣した

 三回のアンコールに応えた一同はくたびれ果てた様子で楽屋に戻ったジョニーは楽屋の中でも踊っておりブラウンが
呆れてものも言えないぐらい元気だなヤクをやっているのか?
 ジョニーは片側の口角を釣り上げヤクはチリソースだけと決めているんだ
客がいなくなったら楽器を片付けなくちゃなこんなに疲れたのはポリに追われて町中を走り回った時以来だよとピケットウィリアムスが
いいか? ピケットに何をやったんだと聞くなよ? 話が長くなる
おれの伝説を聞きたくないのかい? 度肝を抜かれるぜ
アソコを抜かれちゃあ困るエディ黙ってろ
 ピケットは不満そうに両手をヒラつかせたケンドリックスが
客がいなくなったら片付けをしよう盗まれたりしたら大変だぞと言うとピケットが
あんな古いキーボードを欲しがる奴はいねぇよせいぜい粗大ゴミと間違えるぐらいさ
お前あれの価値がわからないのか? わかって言ったのなら……
 ジョニーはピケットとケンドリックスの肩に手を置き
片付けが済んだら一杯やろう今夜はおれの奢りだぜ
 五人が口笛を吹き複雑なヘテロフォニーが響いた笑みを浮かべたジョニーが
それじゃあちゃっちゃとやろうぜと言って楽屋を出た五人はジョニーの後ろを一列で歩き笛吹き男に先導されているようだったがネズミはヴェーザー川で溺死しても、 〈黒いブラックサバスは死なずステージに着いた五人は手慣れた大工のように楽器をしまいはじめたジョニーはステージの上から飛び降り両足着地するとコルコバードのキリスト像のように左右に手を広げたメンバーの誰かが口笛を吹くのが聞こえたジョニーはカウンターでグラスを拭いているバーテンダーに向かって
いいバンドだろ?と言った男は皺が寄ったシャツの襟に触れ
いい演奏だったな盛り上がっていたまたやってくれ
もちろんさところでゴディあいつらに一杯用意してもらえるかい?
わかったその前に金は?
ギャラから差し引いてくれよ
そんな面倒なことできるかいつだって明朗会計後腐れなしがモットーだ
わかった払うよギャラは貰うし酒代も払うなんだか不思議だよな
文句があるのか?
ゴディは黒い瞳でジョニーを見たが片目の視線は僅かにずれていたジョニーはアフロヘアーを優しく叩きOKに同意と言ってポケットからとり出した金をカウンターに置いた
それでいいそうだジョニーお前さんに客が来ているぞ外で待っているとさ借金取りか?
どんな奴だい?
白人の女だなんだか思いつめたような顔をしていたなお前何をやったんだ?
心当たりがありすぎるのがタマにキズさ
人差し指と中指を挟んだゴディが
タマをとると高音が綺麗に歌えるらしいぞ
腹の下が痛くなってきたよ
用があるのならここで待っていればいいと言ったんだがな
 ジョニーはOKに同意酒を用意しておいてくれと言うなり出口に向かって歩き出した

 階段を上りながらジョニーは腰のあたりに装着しているこれまで一度も振り回したことのないヌンチャクに手を伸ばした階段を上りきると目の前を自転車が通り過ぎ遅れてベルの音が聞こえたうんざりするほど背の高いヤシ白と黒縞模様のレストランの看板黄土色のぼんやりした外灯の光通りを走る自動車は二つのヘッドライトを輝かせ闇の中を往来する野生動物のように見えたジョニーが手をヒラつかせため息をつくと肩が叩かれヌンチャクの鎖が揺れたジョニーが振り返ると履き潰したコンバースのスニーカーエドウィン社製ジーンズ乳白色のTシャツを着た白人の女が立っていた女は中年と呼ぶほどの年齢ではないものの疲れ切った顔で髪は満足に梳かされておらずやせ型なのに鈍重に見えた
ジョニー・オーロラさん?
そうだけどあんたは?
……マギー
 考え込むように顎に手を当てたジョニーが誰だい?
あなたのラジオ番組に相談した……マーガレット・ホットフィールド
 大きく口を開けたジョニーが折角来てくれたのなら演奏を聴いてくれれば良かったよいいバンドなんだブラックサバスの曲を黒人が演奏するなんていう突拍子もないバンドを聞いたことがあるかい? ないだろう? きっとみんなはこう思っている。 〈ヘヴィメタルは白人の音楽……ちょっと待ってくれロックンロールはチャック・ベリーロックはジミ・ヘンドリックス音楽を時代を切り開いたその切り開きっぷりはたった一夜でジャングルをハゲ山に変えちまうようなものさ
 マーガレットは音楽の話なんて聞きたくないと言うなり子どものように泣きじゃくった
いきなりなんだよ?
 嗚咽の合間にマーガレットは知覚裁判父親という三つの言葉を吐き出した通りを歩く人々が軽蔑した目つきでジョニーを見たジョニーは
こんな所で泣かれたらおれが悪者みたいださぁと言ってマーガレットの手を引き階段を下りはじめた
 カウンターの前では片付けを終えたメンバーたちがビールを飲んでいたジョニーを見るなり指笛を吹いて囃そうとしたピケットはただならぬ雰囲気の二人を見るなり気まずそうに手を腰にやったジョニーがマーガレットを椅子に座らせるとマーガレットは頭を抱えて嗚咽した
 カウンターでグラスを拭いていたゴディが手を止め
何をやったんだ?
階段を上って外に行ったら泣かれたこの場合おれがやったのは外に出るまでだよな?とジョニーケンドリックスはアナログ・シンセサイザーが入ったハードケースの隅を叩いた
 ピケットが見損なったよ女を泣かせるような奴だったなんてなと言ってビールを飲み干した
珍しくピケがマトモなことを言っているがジョニー本当のところは?とブラウン
階段を上って外に行ったおれを見たらいきなりこれだ
本当か?
本当のことは捻じ曲げられないもんさ
 ケンドリックスがややこしい話になりそうだからここはジョニーに任せようと言うとハードケースを担いで出て行ったすると残りのメンバーたちも居心地悪そうな顔でケンドリックスの後を追った
 客席にはジョニーとマーガレットカウンターでグラスを拭くゴディの三人だけ空調が送る風の音だけが響いていたジョニーはパイプ椅子を持ってくるとマーガレットの前に腰掛けたゴディがカウンターの上にバーボンが注がれたショットグラスを置いた
気つけ薬だジョニーからの奢りだ
おれの分は?とジョニーゴディは
そのぶんも足しておくと言ってショットグラスにバーボンを注ぎカウンターに置いた立ち上がったジョニーはカウンターからショットグラスを持ってマーガレットの前に置いたマーガレットはショットグラスに映る自身の歪んだ顔を見るなりグラスを掲げて一気に飲み干した笑みを浮かべたジョニーが
いい飲みっぷりだじゃあおれもと言ってバーボンを飲みアフロヘアーをポンと叩いた呆れた顔のゴディがボトルを置いておくぞと言いモップをかけはじめた

 板張りの床をウェットモップが擦る音円形に縫い付けられた綿とジュート繊維が凹凸を撫でる一八三七年にジェイコブ・ハウが取得したモップに関する特許はトーマス・エジソンの電灯やグラハム・ベルの電話と同じように一億を超える膨大な原文献の中に記録されているその気になればある特定の特許と他の特許がどのような関係にあるかを示したパテント・ファミリーに注意した上で新時代のモップを登録することも可能であるしかし地上と海を征服し月面に到達した人類がモップについて思考することなど望み薄だろうバーボンを鯨飲したマーガレットは回らない呂律で喋り続けていたテープの切り貼りによって生み出された実験音楽やタイプライターから吐き出された原稿を切断し縫合した文学のように断片的な言葉をジョニーは時折相槌を打ちながら話を聞いているマーガレットの話は何度も繰り返されており繰り返し線が誤記された譜面でオーケストラが演奏しているような壮大な響きがあった
 やがてマーガレットがテーブルに突っ伏して眠りはじめるとモップをかける手を止めたゴディが
そろそろ店じまいにすると言ったジョニーはテーブルに金を置き
マギーは?
面倒を見てやれもしその傍迷惑なお嬢さんが道端に寝転がってトラックに轢かれたりしたらウチは目の敵にされる言いたいことわかるだろう?
もちろんわかるさ車に乗っている時に警官に止められたらダッシュボードに手を置いたままノーと言わない
……そういうことだわかっているならいい
 ジョニーは口笛を吹いたメロディはニーナ・シモンの何を持っていたっけ?


『ロクス・ソルス』という同人小説サークルで活動しています。それから、ジャズピアノの演奏活動をしています。気が向くと絵を描いたりします。
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