杜 昌彦

D.I.Y.出版日誌

連載第330回: 世渡り上手の愛され屋にしか生きる価値はない(生産性がないおれは淘汰されるのみ)

書いた人: 杜 昌彦
2021.
09.22Wed

世渡り上手の愛され屋にしか生きる価値はない(生産性がないおれは淘汰されるのみ)

祝福されなければ読まれない読まれなければ出版する価値はないにもかかわらず書くのは病気だからだ

Google に騙されたことに気づいた11250円分のクーポンが使えるというので試したがふつうに全額請求された彼らお得意の有名な詐欺らしい一冊も売れず一ページも読まれなかったので万札に火をつけて灰になるのをただ眺めたことになる今回は見込み客の選定にしくじった筋のいい客にアプローチしたいと欲を掻いた結局のところ大手出版社が大金を投じてマスメディアで販促した本著名人や書評欄によって権威づけられた本しかまともな客には信用されない献本を受けつけるメディアもあるがまず相手にされない確実なのは地道に名刺を配って顔を売り知人・友人を増やして献本し人柄を評価する手段として本を広めてもらうしか手はないのだろう世渡りアルゴリズムに自らを最適化することも含むの才覚が本の価値を決めるやっぱり向いてないや読まれることは筋の悪い客に低評価をつけられることとトレードオフだなそこから脱したいのだけれど手段がない

質の話をすると反感を招きやすいそれは確かに好みの問題ではあるのだけれどそれ以前に教育の問題であるような気がしている定型化された無個性と新人賞なら一次選考すら通過しない拙さを女児の性をコンテンツとして消費する種類の読者は親しみやわかりやすさとして評価する傾向があってそれを好みと呼ぶなら確かにそうなのだけれどそうした作品の関連付けに閉じ込められそこでの偏った価値基準でのみ評価されペドフィリアを喜ばせる定型的な内容や拙さがないために貶められかつそれが絶対的な評価であるかのように表示されるのはいかがなものかという話をしている2015年頃から大勢に何度もこの話をしているのだけれどだれひとり理解しないストア外の支持基盤からの導線といった話はまだしも理解されるのだけれどその話の前提となる質の話は好みだからで拒絶され思考停止されるそこを受け入れると何か不都合でもあるのか読者には利益しかない話なのに一部の偏った価値観のために読書が制限されているそれを改善するには小説の多様なおもしろさを提示しなければならない読み方楽しみ方を知らなければどれだけすばらしい小説でも存在しなかったことにされてしまう現状は偏ったありようしか許されていないアルゴリズムが読書を規定している

epub とブロックチェーンについて考えていておれの本は DRM をかけないおかげで思惑通り自動化された泥棒によって勝手に無料配布されてるんだけど落としたことないから謳い文句が本当かどうかは知らん改変されてるかもあなたの閲覧環境が汚染されても責任もてないよ)、 つまり実質 GPL ライセンスみたいなもんでそれで連想したんだけどごんぎつね』、 あれ全国の小学校教師が教育のためだから許されるでしょって勝手な改変をくりかえしたあげくの産物で六歳のとき読まされたテキストなんか兵十ん家が納屋も物置もある豪邸になってんだけどあれライセンス実際どうなってんのかねうーん⋯⋯日本語で読める解説はみんな二次創作がどうとかとかの話になっちゃうんだな⋯⋯なんで得られる知識や教養が言語によってこうも異なるんだろう⋯⋯成功した世渡り上手が名刺配りで顔を売ってますます成功する話なんておれら一般読者には関係ないんだよ⋯⋯何が哀しくて世渡り上手のマネタイズにおれら一般人が協力しなくちゃいけないんだよ⋯⋯というか日本の技術者なり起業家なりは元締め的なプラットフォーマーになって世渡り上手のマネタイズに一枚噛んで上前をはねる商売像しか想像できないのか想像力が貧困すぎんじゃないか結果としてそういう寡占的な商売が成り立つのはそうかもしれないけれどそういうことじゃないだろう本とは何か読書とは何かのレベルから考えて生態系を構築してその結果としての支配だろうが

⋯⋯とここまで書いてひと月以上が経過した公開する気力がなかったからだいっさい読み返していない夏休みをもらえたので元気を取り戻した小説を書くほどではないがたわ言を垂れ流すくらいはできる九日間の連休なんていまの会社に来てから初めてかもしれないまいにち掃除をしたりジムに通ったりして充実している小説は書いていない無価値なものを出版してどうなる? 嗤われるために金を投じてどうするんだ?

おれ専用ソーシャルメディアいわゆるお一人様インスタンス) 「オール・トゥモロウズ・パーティーズでは好きに垂れ流しているのだけれどtwitter ではどこまで許されるのだろう垂れ流すとリムーブされたり嗤われたり陰口をいわれたりする一方で本は読まれやすくなるFediverse でやるようになったのは一年前からだけれど BuddyPress で似たようなことをやりはじめたのは 2016年から人格OverDrive でやっていたときはそこだけ読まれたたぶんやばいやつを観察して嗤いものにして溜飲を下げるために利用されたのだろうしかしその時期のほうが本は売れていた売れればいいかといえばそうでもなくて筋の悪い客によって低水準のレビューがついたりした著者の人格否定だけを意図したレビューで本の内容とはまったく関わりがないおそらく実際には読んでいまい。 「参考になったがたくさんついた筆名を替えてからは客筋を改善するためになんでもやった最近わかってきたのは金を稼ごうと思ったら、 「やばいやつを観察し嘲笑して溜飲を下げることを意図した筋の悪い客に読まれるしかないということだKindle ストアの客層自体がそのようなものだからともいえるし素人のゴミと関連づけられて抜け出せないせいもあるしこれについてはアルゴリズムがそのように調整されているせいもあるし実際にそのような導線で読まれたせいもある)、 ソーシャルメディアでの世渡りが下手で権威者に言及されることがないせいもあるし類は友を呼ぶというかおれ自身が所詮その程度でしかないということもある

⋯⋯とかなんとか twitter に書いたらさっそくだれかにブロックされたあの場の不寛容には驚かされるやっぱりおれがおれである時点で敗北なんだよなぁ泉に身投げしてきれいな杜昌彦になるしかないアルゴリズムに最適化された人格であるところのみなさんが羨ましい前にも似たようなことを試してブロックされたのだけれどリムーブではなくブロックというのはなぜなのだろうおれはあの場では基本的に以前親切にしてくれた方にしか関わりを持たないこのことは徹底していて実はそのためにタイムラインに自分しか表示されないようにしている実はおれにはあなたたちが見えていない関心のある数名だけわざわざ見に行っているそれはもしかしたらあなたかもしれないけれど見に行くときには基本的にログアウトしているからブロックしてもあまり意味はないtwitter や Facebook のようなソーシャルメディアで意識させられるのはおれという個人が社会的にいかに疎まれるかという事実だこういうのはどのような家庭に生まれ育ったかで概ね決まってしまう愛されるのは愛されて育った者だけだそうでない人間は黙っているしかない口を開けば罰されるそういう人間が書いて出版するのはそもそもがまちがっているソーシャルメディアで愛される人間だけにその権利がある

騙された結果として 10670円分のクーポンをもらえた鴨と見なされたらしくメールで営業もかけられた広告なんかする気力はもうない


(1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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