ふだん地下鉄の先頭車両の、 締まってる側の扉にもたれて立つ。 大抵は終電で帰る。 するとたまにおれの隣で壁ドンがはじまるんだよ。 要するに若い女を体格差で上まわるおっさんが座席と扉のあいだに追い詰めて逃げられないようにして顔を近づけて覗き込んでなんか言ったり女の髪を弄ったりする。 見るからに他人同士なら割って入るけれど、 他人なのか知り合いなのか判然としなかったり、 明らかに知人だったりするんだよ。 で、 おれの目には若い女が明らかにいやがってるように見えるんだけどさ、 そんなのわからないじゃん。 でも明らかに異様な距離感で、 公衆の面前でそんなのやってるわけよ。 男同士だったら明らかにカツアゲかなんかでしょ。 おっさんと若い女だったら恋愛かもしれないってどういうことよ。 おかしいだろ。 だからどうしても気になって見ちゃうのよ、 一応その女が逃げられるように場所を移動して、 なんかあったら動けるようにはしとくわけ。 でもそれ以上なんもできない。 それはおれの生活圏なので勘違いだったらその後いろいろと困る。 おれがじろじろ見るから女とも視線が合うんだけど助けは求められない。 よく 「知らないひとにはついていかない」 とか子どもに教えるでしょう、 でも大概の加害者は知ってるやつなんだよ。 おれの加害者は父親だったし。 でもただの妄想かもしれないから、 iPhone でぐぐるわけ。 それが犯罪なのか恋愛なのか知りたくて。 ヒットするのは知らん男に絡まれた女を助けた手柄話ばかり。 そういうのは要らないんだよ。 そういう糞みたいな自慢でいばったりちやほやされたりするのが twitter の醍醐味なんだろうけどさ。 役に立たないんだよ。 おれが知りたいのは身内に絡まれた女がいやがってるのかちょっと困ってるだけなのかってことで、 それを知るためのハンドサインとかそういうのだよ。 女もさ、 笑うなよ。 いやなら笑ってやりすごそうとするなよ。 いやわかるよ。 おれもそうだったからさ。 身を守るためにやってんだよな。 そういうふうに擦り込まれてきたし、 それしか方法を知らないから。 でもちがうんだよ。 だめなんだそれじゃ。 他人からは大丈夫に見えちゃうんだよ。 明らかに異常なのに。 人間は明らかに異常なものを見るとそれが正しいことやいいことであるみたいに思おうとする。 おれは父親に人前でやられたよ。 大人たちはそれを立派なしつけのように思って眺めていた。 そして助けを求めるおれをいやな子どもであるかのように扱った。 人間はそういうものだし、 電車内でも動揺したのはおれだけだった。 大柄な男は女につきまとうように密着して降りていった。 ふたりの関係性や、 それがふつうのことなのかどうかは最後まで見定められなかった。 おれは twitter の手柄話が表示された iPhone を握り締めたまま無様におろおろし、 次の駅でひらかない側の扉から降りようとしたり、 転びそうになったりした。 帰宅してから再度ぐぐって助けを求める方法はわかった。 掌をあげて親指を曲げ、 それから残りの指を曲げる。 これには欠陥がある。 まず壁ドン男に気取られずにやる方法がない。 次に、 被害者がそれを知っていて、 かつ周囲の人間もまたそれを知っていて、 なおかつ、 周囲の人間が知っていることを被害者が知っていなければならない。 役に立たねえだろあほか。 知りたいのは 「助けが必要ですか?」 のハンドサインだよ。 壁ドン男はこちらに背を向けていて女からはおれが見える。 だから必要なのはこちら側の合図だ。 思い過ごしだったとしても問題が生じないやりかたを知りたい。 姑息だと思うか? だったら動揺すらしない周囲の乗客はなんなんだよ。 ここはアフガニスタンかよ。 電車内の強姦をだれも止めなかった事件があったよな。 異常者が刃物を振りまわしていても刺されるのが若い女だけなら黙殺するのか。 無敵の人に同情しちゃうのか。 おれはどうすればよかったんだ? 教えてくれよ。 ふだんこういう話はお一人様インスタンスに書くことにしているんだけど、 あえて twitter に書いたらあんのじょう黙殺された。 なんなの。 あたたかい絆の場で助けを求めたら親切なだれかが知恵を授けてくれるんじゃなかったのかよ。 インターネット、 本当に心がないな。 そんな場所で書いて出版してもなんにもならないわけだ。 がっかりだよ。
2021.
08.17Tue
(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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