D.I.Y.出版日誌

連載第326回: 壁ドン天国

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2021.
08.17Tue

壁ドン天国

ふだん地下鉄の先頭車両の締まってる側の扉にもたれて立つ大抵は終電で帰るするとたまにおれの隣で壁ドンがはじまるんだよ要するに若い女を体格差で上まわるおっさんが座席と扉のあいだに追い詰めて逃げられないようにして顔を近づけて覗き込んでなんか言ったり女の髪を弄ったりする見るからに他人同士なら割って入るけれど他人なのか知り合いなのか判然としなかったり明らかに知人だったりするんだよおれの目には若い女が明らかにいやがってるように見えるんだけどさそんなのわからないじゃんでも明らかに異様な距離感で公衆の面前でそんなのやってるわけよ男同士だったら明らかにカツアゲかなんかでしょおっさんと若い女だったら恋愛かもしれないってどういうことよおかしいだろだからどうしても気になって見ちゃうのよ一応その女が逃げられるように場所を移動してなんかあったら動けるようにはしとくわけでもそれ以上なんもできないそれはおれの生活圏なので勘違いだったらその後いろいろと困るおれがじろじろ見るから女とも視線が合うんだけど助けは求められないよく知らないひとにはついていかないとか子どもに教えるでしょうでも大概の加害者は知ってるやつなんだよおれの加害者は父親だったしでもただの妄想かもしれないからiPhone でぐぐるわけそれが犯罪なのか恋愛なのか知りたくてヒットするのは知らん男に絡まれた女を助けた手柄話ばかりそういうのは要らないんだよそういう糞みたいな自慢でいばったりちやほやされたりするのが twitter の醍醐味なんだろうけどさ役に立たないんだよおれが知りたいのは身内に絡まれた女がいやがってるのかちょっと困ってるだけなのかってことでそれを知るためのハンドサインとかそういうのだよ女もさ笑うなよいやなら笑ってやりすごそうとするなよいやわかるよおれもそうだったからさ身を守るためにやってんだよなそういうふうに擦り込まれてきたしそれしか方法を知らないからでもちがうんだよだめなんだそれじゃ他人からは大丈夫に見えちゃうんだよ明らかに異常なのに人間は明らかに異常なものを見るとそれが正しいことやいいことであるみたいに思おうとするおれは父親に人前でやられたよ大人たちはそれを立派なしつけのように思って眺めていたそして助けを求めるおれをいやな子どもであるかのように扱った人間はそういうものだし電車内でも動揺したのはおれだけだった大柄な男は女につきまとうように密着して降りていったふたりの関係性やそれがふつうのことなのかどうかは最後まで見定められなかったおれは twitter の手柄話が表示された iPhone を握り締めたまま無様におろおろし次の駅でひらかない側の扉から降りようとしたり転びそうになったりした帰宅してから再度ぐぐって助けを求める方法はわかった掌をあげて親指を曲げそれから残りの指を曲げるこれには欠陥があるまず壁ドン男に気取られずにやる方法がない次に被害者がそれを知っていてかつ周囲の人間もまたそれを知っていてなおかつ周囲の人間が知っていることを被害者が知っていなければならない役に立たねえだろあほか知りたいのは助けが必要ですか?のハンドサインだよ壁ドン男はこちらに背を向けていて女からはおれが見えるだから必要なのはこちら側の合図だ思い過ごしだったとしても問題が生じないやりかたを知りたい姑息だと思うか? だったら動揺すらしない周囲の乗客はなんなんだよここはアフガニスタンかよ電車内の強姦をだれも止めなかった事件があったよな異常者が刃物を振りまわしていても刺されるのが若い女だけなら黙殺するのか無敵の人に同情しちゃうのかおれはどうすればよかったんだ? 教えてくれよふだんこういう話はお一人様インスタンスに書くことにしているんだけどあえて twitter に書いたらあんのじょう黙殺されたなんなのあたたかい絆の場で助けを求めたら親切なだれかが知恵を授けてくれるんじゃなかったのかよインターネット本当に心がないなそんな場所で書いて出版してもなんにもならないわけだがっかりだよ


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。