イシュマエル・ノヴォーク

ペリフェラル・ボディーズ

第26話: ペリフェラル・ボディーズ

書いた人: イシュマエル・ノヴォーク, 投稿日時: 2021.06.05

ONE

 フィニアス・クランクショウは光沢あるプラスチックレーンを見つめているあたりには硬質ラバーのボウルが回転する音やボウルが地下を駆ける振動音歓声と罵声が漂っているもののクランクショウはまわりのレーンから漂う騒音に耳を貸さないクランクショウはバッグから緑色をしたポリウレタンのボウルをとり出しピンセッターの上に置くとオイルが染み込んだ布でボウルを一拭きしてカウボーイハットを一撫でしたうしろから久しぶりだなという声を聞こえると振り返ったクランクショウがブラウンか久しぶりだ
 目を細めたブラウンが足はあるみたいだなと言った
まだ死んじゃいない
強盗に入られたって聞いたぞ? まったく心配させやがってこの爺さんは
これでも元保安官だ
 クランクショウがレーンを指差しあのレーンが気に入らないと言うとブラウンは舌打ちしてホレイショの口車に乗ったのが運の尽きだったあいつがプラスチックレーンを勧めてきやがったウッドレーンは凹むしメンテナンスが大変なのは認めるおれ自身メンテナンスにはウンザリさせられていたでもウッドレーンには表情がある
その通りだななのにどうして変えた?
ホレイショの馬鹿があんまりにも五月蠅く言ってきたからとうとう首を縦に振っちまった一生の不覚だよ後で知ったことだったがホレイショは業者から金を受け取っておれに勧めていやがったんだあの詐欺野郎
ホレイショは? 最近見ないな
捕まったあぁレーンの件じゃない別の詐欺だか窃盗だかだよ塀の中でくたばればいいんだ
クランクショウがどの道死ぬことになると言ってボウルに中指と薬指を第一関節と第二関節の中間までいれた
今日の調子は?とブラウン
そこで見ているといい

TWO

囚人の護送を終えたエミールはエルパソの裁判所を出ると眉を顰めたエミールの視線の先には真っ赤なパイプと繋がる立方体立方体の上には円形に削られた岩石がのっているエミールはこの奇怪な抽象的で何らかの意図を持った物体が理解できない以前誰かに問い質したことはあるものの覚えていないクラクションが鳴らされるとエミールはカウボーイハットのつばを一撫でしたピックアップトラックの窓が開きリロイの顔が見えた
帰るの?
あぁ
送るよさぁ乗って
 エミールはループタイを軽く締めピックアップトラックに乗り込んだ運転席に座るリロイの支給品の上着の胸元には光沢のある星型バッジが輝いていたエミールが言う
それでバーリング保安官補仕事はどうだ?
難しいねでも楽しいよ毎日充実している
エミールはカウボーイハットのつばを次に白いものが混ざった口髭を撫で
楽しむことはいいことだが気は抜くないい加減銃の扱いは慣れたか?
 首を横に振ったリロイがまだまだ父さんみたいにはできないよ最近は一生かかってもできないんじゃないかって思うんだ
知っての通りおれは早撃ちコンテストで優勝したとはいえ有名になりたかったからじゃない親父みたいになりたいと思っていたからだおれは親父と同じ銃を使っているコルトシングルアクションアーミー古臭いと言われるがそんなことは知ったことか
口角を釣り上げたエミールがそれに古臭いと言った奴よりはおれのほうが速いと言ったリロイがため息をつき父さんはお爺さんよりも速いんじゃあぼくはどうしたらいいのやら
 前を見つめたエミールが練習しろそれ以外にない
父親が凄いと苦労させられるよ
おれを褒めても次の保安官選挙に有利にはならないぞ? 選挙は公正なものだからなそれにきちんと前を見ろ保安官補とレンジャーが交通事故を起こしたりしたらエルパソの恥だからな

THREE

マルビンが家具組み立て一〇ドルと殴り書かれたダンボールで自身の胸元を扇いだ顔から汗が滴り落ち口に入ると地面に唾を吐いた隣に立つウルピオが
値下げしたほうがいいかもなと言うとマルビンが憎々しげな顔で
てめぇで組み立てられもしねぇ家具を買うような馬鹿からは踏んだくってやるほうが世のためさその金がおれやお前ぇの小遣いになるいいか? 経済は回さなくちゃいけねぇ
 ウルピオはカールした前髪を撫でご大層な言い分だがお前が言うと説得力に欠ける
この駐車場は金持ちも使う酒は飲まねぇ煙草も吸わねぇヨガに通って五年に一度は車と家を買いかえるような奴らがなそういう奴らは一体何が楽しくて生きているんだ?
 首を振ったウルピオが家具の組み立てじゃないことは確かだなと言うとマルビンは人差し指を突き立て一本とったつもりかよ? らしくないぜそれで元気は出たかい?
何の話だ?
とぼけたって無駄だぜおれぁ地獄耳なんだ甥っ子が殺されて気落ちしているって聞いたぜ
誰から聞いた?
ルベーンだよこの間会ったんだ珍しくルベーンも元気なかったなあのルベーンでもそんな時があるんだと驚いたよやった奴はバラしたのかい?
そんなことはしない
嘘つくなよ普通やるだろ? おれならやるぜ
お前の普通とおれの普通は違う
 マルビンが口笛を一吹きしてどうだかなと言った自動車が駐車場に入ってくるのが見えるとマルビンはダンボールを掲げた自動車が二人のほうにゆっくり近づいてくるとマルビンが小躍りした二人の目の前で自動車のパワーウィンドウが下がり中からルベーン・カンポスの顔があらわれたマルビンがこいつぁルベーンの旦那家具の組み立てはいかが?
 ルベーンはマルビンを無視しウルピオに向かって久しぶりだな
あぁ
元気か?
なんとかやっている何の用だ?
孫の歩行補助器を買いに来たんだ悪いか?
いいや
女房から最新式の歩行補助器はO脚にならないと言われたんだどう違うのかはサッパリわからんがとにかくいいものらしい
そうか
ピーターの件は残念だったな
もう終わったことだ
 ウルピオとカンポスは数秒の間睨み合ったマルビンが空を見ると遥か上空を旋回する猛禽類が見えた手をヒラつかせたカンポスがまた飲もうと言うとパワーウィンドウが上がり自動車が走り去った

FOUR

 ベッドの上で二つの書類にサインをした男は一つを看護士に渡しもう一つを切手が貼られた茶封筒にいれた事務的な顔の看護士がお元気でと言うと男が頷いた病院の廊下を歩きながら男は床に書かれた赤や青緑の線を見ていた病院を出ると出口では男が紙巻煙草を吸っていた男は煙を避けるように身体を捩ると、 「よぅいい天気だなと声を掛けられた声を掛けた男は白いポロシャツを着ており腕には刺青がびっしりと刻まれていた
その様子だと退院かい? 珍しいこともあるもんだここに入る奴は大抵入ったきりだからな
君は?
おれは運転手おれはおかしくなった奴らをここに運ぶんだちょっと前まではアフガニスタンで装甲車を乗り回していたんだけどな
軍人?
元だよお前さんは何をやったんだい? 宇宙人が攻めて来ると喚いた挙句にショットガンをぶっ放したのかい?
近いけどちょっと違う
へぇ運がいいそれとも悪いのか?
さぁね
快気祝いに町まで乗っていくかい? 一杯ぐらい奢るぜ?
歩いていきたいんだ
そうかい晴れて自由の身だ
最初から自由の身だったんだなのにこんなに長い間時間を棒に振ってしまった恥ずかしいどうしてあんなことをしたんだろう? 破産しそうだったから? リースに愛想を尽かされていたから? キャリアなんてどうでもよかったんだ裸でモーテルを飛び出して拳銃を持っていれば警官だっていい顔をしないことぐらいわかっていたんだでも全部が嫌で投げ出したかったそれでどうなったと思う? 二発撃たれて入院その後は精神病院ひどい人生だ
 男は右手を差し出しこれからの人生は大事に生きたらいいおれはハンク・オルメイヤーお前さんの名前は?
デッドマン
 ハンクが笑い二人は握手した歩き出したデッドマンは近くに立っていたポストに離婚届が入った茶封筒を放り込んだ

FIVE

部屋は家主の精神状態をあらわしているというお決まりの文句はマッカムスにぴたりと符合する居間には紙屑や脱いだままのジーンズ黄ばんだシャツが転がりテーブルの上に置かれたままのシェーキーズの箱には薄黄色をしたプロセスチーズの残骸がこびりついている台所からは腐臭すら漂っているつけっぱなしのテレビ画面の中では冴えない高校教師のラルフがFBI捜査官のビルとともに宇宙人からスーパースーツを譲られ金髪カールがアップで映る
 ソファの上でマッカムスがうたた寝をしているいびきは荘厳ですらあり膨れた腹の上にはリチャード・ブローティガンの東京モンタナ急行がのっている

SIX

 バーテンダーのチーチがこいつを飲んだら帰れと言うとジャコビは薄ら笑いを浮かべながら黄ばんだ手を叩いたバランスを崩したジャコビが椅子から転げ落ち笑いながら立ち上がった
まったく禁酒会の誓いとやらはどこに行ったんだかなとチーチ
 ジャコビは後頭部を掻き手をヒラつかせると神サマにも休んでもらわないとな
 ため息をついたチーチがこの間ウチの便所でぶっ倒れたのはどこのどいつだ?
ちょっと足を滑らせただけさ迷惑だったかい?
大迷惑だ
 ジャコビがヘラヘラ笑い一口でグラスを空にして迷惑料にもう一杯くれよと言った

SEVEN

 バックパッカーばかりが滞在している安ホテルの窓の外からは赤茶色をしたガンジス川が流れている半裸の人々が水に浸かり遥か彼方には灰に変わりゆく煙が立ち上っているくわえ煙草のワシリーは床に置いたスピーカーとアンプノートパソコンを繋いでエンターキーを押したスピーカーの内部回路基板にオーディオ信号が走りボイスコイルが急速に震えるそして黒い円形のスピーカーが脈動をはじめる
 グルたちのタブラ演奏が流れワシリーは鼻から煙を吐き出し満面の笑みを浮かべた
たとえばこれにリヴァーブをかけるとして……
 電源が突然切れる窓に近付いたワシリーは顔を出し上の階に向かって叫ぶ
テレビを点けたままドライヤーを使っているな! いい加減にしろクソッタレめ!
 窓から突き立てた親指が顔を出した

EIGHT

 事務所にはCDが詰め込まれたダンボール箱が山のように積まれている何人かの若い男たちに混じって作業するグルーサックが自身の腰を叩いた
待て待てラベルが違うぞそっちはデトロイトの店だこれがシアトル向けだ
 グルーサックは手で汗を拭い窓辺に座って本を読んでいるクローフィッシュに向かって
手伝ったらどうだ? お前のなんだぞ?と言うと手をヒラつかせたクローフィッシュが
もう終わったものだし次を考えなきゃな
 ため息をついたグルーサックが若い男たちに向かって
さぁつづきだ今日中にこれにラベルを貼ってここから運び出すんだまったくラスターはどこに行った?
 クローフィッシュは肩を上下させ窓の外通りを行き交う人々の頭頂を見た

NINE

 四方を鏡に囲まれた部屋でマデリンは自己紹介を終えた三〇人ほどの男女は髪も肌も瞳の色も異なるだけでなくフランス語も拙かった彼ら彼女らに共通することは研ぎ澄まされた肉体削ぎ落された筋肉であり誰よりも高く跳び誰よりも美しく着地しようとしていること彼ら彼女らはその他一切が不純物であることを理解している黒いタートルネック姿の指導員が突き立てた人差し指を唇にやり、 「はじめようと言った

TEN

 双頭マイクの前でジョニーはトンボのようなサングラスの縁を触ると唇を包囲するように生やした口髭を指でなぞる
OKに同意

 緑色をしたポリウレタンのボウルがレーンに吸い込まれ倒れた一〇のピンがピンセッターの中へと回収された


『ロクス・ソルス』という同人小説サークルで活動しています。それから、ジャズピアノの演奏活動をしています。気が向くと絵を描いたりします。
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