若林 理央

知らないともだち

第7話

書いた人: 若林 理央, 投稿日時: 2021.05.12

 自分を傷つける人は容易に他人を傷つける

 入院中に誰かから聞いたその言葉と足で貝を踏みしめたときの痛みの両方が手から全身へと伝わっていった
 息を吐き力を抜くフローリングの床に腰をおろして驚いた彼はまだ息をしていた

あんた死ぬ?

 えりが親に言われた言葉を私は夫に投げかける
 どうなるのか最後まで見たくなかった

 日常が壊れる瞬間目の前には幻想的な世界が広がるドアを開けると夫の小さなうめき声が後ろから聞こえた廊下を駆け抜けエレベーターのボタンを押すなかなか来ない
 これでやっとえりと対等になれた
 対等? 何が対等? えりはたぶん今も隔離されているけど自分しか傷つけていない私は自分も他の人も傷つけた
 彼は死ぬのだろうか
 そこまで思ったときエレベーターから音がした
 中にいたのはスマホをいじっている若い女だ彼女の視線がゆっくりと上がる
 私は夫を刺したときよりこの一瞬のことを後々まで思い返すことになると予感した
 彼女は一瞬で表情を変化させた顔が固まったというのだろうか悲鳴をあげたいのに口をぱくぱくあけたまま何も言えないでいる動くこともままならないようだ
 かわいそうになって私はエレベーターに乗るのをやめた
彼女に背を向けて自宅に戻り夫の倒れている台所ではなく洗面所に行く今朝鏡をきれいにふいておいたしっかりと色が映るように
白いシャツに血がこびりついている

 海から帰った日私はなぜか久しぶりに夫と話したくなった
 夫の帰宅を玄関で待っていた私を不気味そうに見ながら夫は着替えながら話を聞いてくれた驚くだろうなこのような過去を持つ私と別れたいと言うかもしれない
 夫が口を開いた

なんやそいつら気持ち悪い二度と会わんときお前まで巻き込まれる

 巻き込まれる? 何に
 そう聞いたが言葉になっていたかはわからない夫はそのまま寝室に行った翌朝私は彼を刺した

 洗面所に置いてあった段ボールを開け白い貝たちを見つめた
 きっとこの日のために貝たちはいたのだ

 夫のうめき声は小さくなっていた私は白い貝を彼の周辺にばらまいてあげる
 包丁が刺さった部分から流れる血と白い貝の色は極端に違っていた笑いそうになった
 悲劇なのか喜劇なのかわからない
 数時間前夫はいつもどおり横を向いたまま眠っていたそのとき既に私の話はなかったことになっていたのだろう
 翌朝もまるで私がいないかのように接した
 だから私の変化を感じ取れなかった
 まもなく私も隔離される刑務所に
 血の紅さと貝の白さは見納めだ私はじっとその彩りを見つめた後まぶたを閉じた

 空洞が埋まった


雑誌とWebで取材記事(漫画家・外国人・企業)や書評を書いています。好書好日/ダ・ヴィンチニュース他。 執筆実績 https://www.wakariowriter.work/entry/portfolio波乱万丈な人生はエッセイにhttp://note.com/wakario 編集者と日本語教師もしています。読書とフランスが好き。
amazon