杜 昌彦

D.I.Y.出版日誌

連載第317回: またこの話

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, タグ:
2021.
04.03Sat

またこの話

業務としてツールを活用したソーシャルメディアアカウント運営をやらねばならない時期に来ているどれだけいい仕事をしても知ってもらわねば何の意味もない他人の原稿を預かる以上はその責任もある出版とは言葉を世に在らしむことである世に在らしむるにはふたつの側面があるすなわちパッケージにする閉じる/綴じる:可搬性のある独立した形態にまとめることと存在を公に認知されることである前者は epub と POD で解決した後者が問題だ他者はコントロールできない向上心や努力ではどうにもならない下手にどうにかしようとすれば浅ましい暴力支配欲や対人操作欲求や承認欲求といった自己愛的なふるまいとなるISBN を取得し Amazon に商品登録し国会図書館に納入すれば書誌情報の上では公に存在したことになるしかしそれだけでは本が在るとまではいえないだれもいない森で倒れる木の音は存在しない他人によって満たされんとする欲求は浅ましく邪だそれは必ず他者を思いのままにしようとする欲求へつながるそれは暴力にほかならぬところが出版は世に在らしむるというその性質上どうしても邪にならざるを得ないソーシャルメディアは人間のもっとも卑劣で不衛生な部分だけでできている健康に生きたければ関わらないに越したことはないそこでうまく立ちまわることなしに出版は立ちゆかぬ機械的に運用するしか精神衛生を維持する手段はないのだけれど機械的にやろうとするとスパムと見なされ凍結されるかといってわたしがわたしである以上相容れない能力が求められる場にはどうがんばっても適応できないあまりにハードルが高すぎる極端な話ソーシャルメディアでなくともなんらかのコミュニティウェブでもリアルでもいいに属してそこで認知されればいいのだけれど社会的能力の欠如からかなわないコントロールできない他人の意思が介在する場に適応しようとするからうまくいかないのであって自分でコミュニティをおこして運営することも考えたがそれも対人スキルやら人徳やらがないので不可能この十年ずっとこの堂々巡りだ妻トーヤに愛されたいのではなく愛される価値のある人間になりたいのだと語ったロバート・フリップの言葉にヒントがあるような気はしている認知されようとするのではなく認知される技術を身につける他人を意のままにしたがる自己愛者とまともな人間との差はそこにあるのかもしれない後者になりたいしそのためにも出版をうまくやれるようになりたいこのままのだめな自分ではいたくない


(1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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