イシュマエル・ノヴォーク

ペリフェラル・ボディーズ

第16話: オールド・マン

イシュマエル・ノヴォーク書いた人: イシュマエル・ノヴォーク, 投稿日時: 2021.03.27

1970s El Paso

 こんなことを言うと決まって鼻で笑われるが人はどんどん悪くなっている人殺し泥棒麻薬……昔はそんなことは滅多になかったおれが初めて追跡した時はレンジャー総動員で荒野を駆け回ったたった一人の泥棒のためにだぞ? 最後はパトロール隊まで加わった
 昔悪いことやってはいけないことは何だと子どもに聞けば道に唾を吐くなと答えが決まっていた今はどうだ? きっとレイプか麻薬だろう人は悪くなっている悪くなる速度はどんどん上がっているこの調子だと一〇年後はどうなるんだろうなおそろしく思うよエミールをレンジャーに推薦しなかったのはそういうことに巻き込まれて欲しくなかったからだあぁいうものはできるだけ見ないほうがいい長く見ているとおれみたいになる
 エミールが将来は軍人になりたいと言ったことがあるおれは反対したどこか遠い国で死んで欲しくなかったんだ一度だけエミールを殴ったことがあるあいつが同い年の娘を道端で罵ったと聞いからだおれのことを女房に気を使いすぎていると言う奴がいるのは知っている実際おれにそう言った奴もいる知ったことか初めて会った日から女房が死ぬまで殴ったことはない女房にはあれをしろと命令したこともない。 「これをやってくれとは言ったがねお願いすることを忘れたことはないおれの親父はおふくろをしょっちゅう殴ったその度おふくろは台所で泣くんだいたたまれなかったよだからおれは親父みたいには絶対にならないと誓った実際ならなかった話を戻そうエミールを殴ったのはあいつがやってはいけないことをやったからだやってはいけないこと道端で唾を吐かない人殺しをしない麻薬を吸わない泥棒をしない道端で同い年の娘を罵らない……人はやってはいけないことを簡単に踏み越えてしまうそういう連中を嫌というほど見てきたどうしてそんなことをやったんだ? と尋ねても連中は答えることができないやってはいけないことを知らないからだ何を聞いても連中は小僧みたいに俯いて下を向いているだけ恥ずかしい奴らだもしおれのことを少しでも理解しているのならエミールは金輪際あんなことはしないだろうそうあって欲しいと思う
 エミールにはおれが知っている全部を教えてやったたった一人で追跡する方法野営について知らない場所でも居場所がすぐにわかる方法銃の扱いも教えたあいつは今のおれよりも早撃ちだろうだが撃ち合いになれば別だ撃ち合いは命の奪い合いだ相手の呼吸表情筋肉の動き風に揺れている服一瞬のことが何時間にも感じられるあの瞬間は何度経験しても肝を冷やす楽しいとか血沸き肉躍るなんて一度も思ったことはないこわくてたまらないそれでも目を背ければ死が待っている死ぬこと……どんなに丁寧に磨き上げ刻み込んだものも一瞬で崩れ去る何を言っても聞き入れてもらえないどんなに敬虔であってもどんなに抜け目なく金持ちであっても等しく刈り取られてしまう
 最近死んだあとのことを考える昔なら笑い飛ばしていたようなことだビールを飲んで居間でテレビを観ながら笑って熱いシャワーを浴びたらベッドに入る女房が寝息を立てるまで顔を眺めていればそんなことは考えもしなかった色々と考えることがあるたとえば女房にもっと言うべきことがあったできる限りのことは言ったししたつもりだでも足りないおれは出し惜しんだ明日があるからと知らん顔をしたとんでもない間違いだ
 夕べ夢を見た夢の中のおれはうんと若かった女房がエミールを抱っこしていたエミールは布に包まれていてまん丸い顔だけが出ていたおれはぷっくり膨れたエミールの頬っぺたを指で突くと遠くから声が聞こえた聞き覚えのある声女房の親父ロブの声だ知っての通りおれは余所者だ本当ならレンジャーになる資格なんてない一生ロングドライブで終わっていただろうそれはそれで良かったかも知れないがね夢の中でロブがおれを呼んだ地平線に陽が沈んでロブは赤黒い太陽を背にしていたおれは目を細めたが黒い線が揺れているだけふとおれもあそこに行くんだと思った


『ロクス・ソルス』という同人小説サークルで活動しています。それから、ジャズピアノの演奏活動をしています。気が向くと絵を描いたりします。
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