イシュマエル・ノヴォーク

ペリフェラル・ボディーズ

第15話: 青い光、赤い光

イシュマエル・ノヴォーク書いた人: イシュマエル・ノヴォーク, 投稿日時: 2021.03.20

 ピーターはゴミ置き場の陰に隠れている心拍数が上がっているのは全速力で駆けたからだけではないピーターは自身の軽薄さを心の底から悔いていたどうしてこんなことになったのか?
 一週間前までピーターはリオヴェルデに一人で住む大叔母と暮らしていたこれは叔父のウルピオ・エステベスから勧められたことだったがピーター自身は納得していなかった母親のモニが反対しなかったことはピーターを傷付けたもののピーターは虚栄心からリオヴェルデに移り住んだ半年間ピーターはおおらかで優しい大叔母の手伝いをしながら学校に通ったがイングルウッドで育ったピーターにとってリオヴェルデは刺激に乏しく退屈極まりない場所でしかなかったあらゆる荒野には誘惑者が潜んでいる埃っぽい低木や埴輪のようなサボテン時折顔をのぞかせる野ネズミの瞳にすら
 ピーターはポケットから携帯電話をとり出したモニにコールするものの一〇回のコールが繰り返された後に自動音声による有料音声案内を聞くことができただけだったピーターの脳裏にウルピオの顔と名前が過ぎったもののその後に聞かされるだろう小言を考えるとコールする気になれなかった頭の中でピーターは考えろ落ち着けと繰り返したが言葉は咽頭からせり上り震える唇から漏れ出ていたピーターの肩に黒い棍棒があてられる棍棒は青と赤い光に照らされていたピーターの顔にライトがあてられピーターは目を細める

 翌朝面会に留置場を訪れたのはモニではなくウルピオだった母親ではなく叔父がやってきたことはピーターを落胆させたピーターは不満げな顔で椅子に座ったピーターとウルピオの間には蓮の実のように穴が開いた厚いアクリル板が二人を分け隔てているピーターが口を開くとウルピオは隅に備えつけられた苔色をした受話器を指差したピーターはこんなに近くの相手と話すのにも受話器が必要なのかと滑稽に感じたピーターが受話器をとるとウルピオが口を開いた
馬鹿な真似をしたな
責めてる?
そうだな責めているし呆れてもいる
ろくでなしの息子だからね
ガルシーはろくでなしだがお前まで同じになる必要はない
母さんは?
息子が逮捕されて嬉しがる母親がいると思うか?
不肖の息子?
 ウルピオはため息をついて額を撫でた
リオヴェルデの何が気に入らない? ここで暮らすよりはマシだ
退屈な場所だよ何もないそれより保釈金を支払ってもらえる? 保釈金があればすぐに出られるしあとは一か月ぐらい奉仕活動すればいいんだ
 ウルピオは垂れた前髪を撫でつけると
おれに金があると思っているのか?
週に六日はボウリング場で働いているでしょ? 朝から晩までさそれでも休みになればショッピングセンターの駐車場で家具組み立ての手伝いまでしている
 苦笑いを浮かべたウルピオが言う
金があると思っているのなら大間違いだおれは首が回らない出所したばかりの頃厄介ごとに首を突っ込んで撃たれた当然病院行きだ医療費は誰が出したと思う?
さぁねルベーン?
ホーミーから借りた馬鹿だったと思っているでもあの時はそうするしかなかった利子をつけて返済すればホーミーはおれを殺さない儲けさせた貸しがあるからな
囚人からお金を借りるなんてできるの?
力のある奴はなんでもできるのが世の中だ
服役してどうだった?
それはどういう意味だ?
いや別に……
昔話をする二〇年以上前の話だおれとガルシールベーンは三人で馬鹿なことを山ほどやっていたある日ガルシーから車上荒らしを持ち掛けられたおれは気乗りしなかったがルベーンがやろうと言うから話に乗ることにした当日ルベーンが来なかった随分と後になって聞いた話だと女の家に行っていたんだとさそんなことを知らないおれとガルシーはヤキモキしてとうとう二人でやることにしたガラスを破って鍵を開けて目ぼしいものを探したおれは見張りだったがうっかりしていた車の持ち主があらわれてひと悶着起きたおれはこの通りいつものやり方で一発殴って終わりにしようと思ったが焦ったガルシーがそいつを撃ち殺したガルシーは観察処分中だったから捕まれば終身刑だガルシーがおれに泣きついてきた。 〈助けてくれよ兄貴となおれは九一一と警察に電話したガルシーにはおれがなんとかすると言ったガルシーが最後に言った言葉を忘れない。 〈恩に着るよ兄貴〉」
それでウルピオが服役している間にあのろくでなしは母さんにぼくを産ませた
そうだな
憎い?
憎くないといったら嘘になるでも
でも?
もう終わったことだどちらにせよおれの時間は戻って来ないピーターよく考えろお前はまだ道を変えられる時間を自分のために使える
保釈金がないとダメだよ
金ならルベーンに貸してもらえその代わり当分の間はルベーンのところで下働きだ
おれがなんとかすると言うんじゃないの?
そんなことを言うほど若くない
 受話器を置いたウルピオが立ち上がったウルピオがよく考えるんだぞと言って去って行った

 トヨタのピックアップトラックハイラックスは四〇五号フリーウェイを曲がり中古車がズラリと並ぶ敷地に入ったウルピオは通りの向こうに立つ巨大なドーナッツの看板を見ながらため息をつきハイラックスから降りた敷地に停められた小ぶりの中古車はどれも丸みを帯びており越冬中のテントウムシのように見えたノックせずにドアを開けると紙コップに入ったコーヒーを飲みながらひじ掛け椅子に腰掛けるルベーン・カンポスの姿が見えた
珍しいな車が欲しくなったのか?
足なら足りている少し話せるか?
 カンポスが喉を鳴らして込み入った話みたいだなと言うとウルピオは椅子に腰掛けたウルピオが言う
金を貸して欲しい
いきなりだなどうかしたのか?
ピーターが馬鹿をやった
どんな馬鹿だ? 親父譲りか?
殺しじゃない警官のパトロールカーの窓ガラスを叩き割った程度だ
 苦笑いを浮かべたカンポスが馬鹿は遺伝するらしいと言ったウルピオはカンポスを見据え
ピーターにはガルシーと違う生き方をして欲しい
ガルシーが見つかったのか? てっきり死んだと思っていたよ
あいつが帰って来たら殴ってやる
いっそ殺したほうがいい
ミルマー・ライカーガスと同じようにか?
 カンポスは目を逸らさずに首を捻ったカンポスは一口でコーヒーを飲み干すと空になった紙コップをゴミ箱に放り投げ肩を上下に振ったウルピオが言う
ピーターにもチャンスをやりたいんだ
馬鹿な若造のために金を出す? 冗談じゃない第一返すアテはあるのか? ホーミーから借りるつもりか?
金はピーターに返させるここでピーターを働かせるのではどうだ? 取りっぱぐれることもない
ガルシーの倅だぞどうせ役に立たない
ルベーン時代は変わった同じことの繰り返しにはならないおれが責任を持つ
 目を細めたカンポスがウルピオお前ドツボにはまっているぞ
わかっているよわかっている
 カンポスは事務所の隅に置かれた折り畳み式のベビーカーを見ながら
繰り返しにならなきゃいいんだがなと言った


『ロクス・ソルス』という同人小説サークルで活動しています。それから、ジャズピアノの演奏活動をしています。気が向くと絵を描いたりします。
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