杜 昌彦

D.I.Y.出版日誌

連載第310回: 見せられたもの

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, タグ:
2021.
02.06Sat

見せられたもの

60年代のスパイ戦さながらのパラノイアに日常を生きざるを得ない。それが社会生活、いわゆる生きやすさに直結するからだ。薬物依存についての発言で知られるタレントの記事を読んだ。陰謀論、自助グループと 12 のステップ、表示アルゴリズム『インフィニット・ジェスト』の世界だった。どこまでも自分の内面の問題として社会問題を語れるタレントの誠実さに感銘を受けつつ、企業のアルゴリズムがひとびとに植えつける考えについて思いを巡らす。Q アノンは世界初の「アルゴリズムが自動生成したカルト」だ。ユーザの反応をもっとも効率よく誘発する表示が、変異と淘汰を繰り返して選び抜かれ、幾世代にもわたって洗練された結果、現代人の脳への寄生に最適化された考えが形成された。人前に表示されるあらゆるものには企業の意図が働いているのであって、くだんのタレントの記事もまた例外ではない。たとえば政治家の差別発言に意見する、別のタレントの記事がソーシャルメディアで優先表示され、こちらのタレントは店員を恫喝するようなタイプだと噂があり、機会を巧みに捉えて自己宣伝に利用しいずれは政治家として立候補するのではないかと思われるのでわたしは好きではないのだが、提示された導線に促されるまま見に行くとアイキャッチ画像でその人物が着用するのとよく似ためがねの広告が、目立つ場所に掲載されていた。ユーザ行動におけるこの一連の流れは、決して偶然でもなければ自然に生じたものでもなく、企業によって明確に意図され計算されている。逆に考えると、企業の望む嗜好であればそんなにも容易に関連付けが機能するのかと驚かされる。わたしは YouTube を古い音楽の稀少盤を楽しむために使っていて、見たいものだけ見るために強迫的なまでに調教に神経をつかっている。よほど注意してこまめに排除しないと字幕だらけの素人のゴミ動画が紛れ込んでくる。いちいち時間と労力を割いて教え込まねばならない。油断するとすぐに紛れ込んできて放置すると黴や虫みたいに増殖する。よほど見せたいのだろう。それが金になるのだ。Amazon よりも個人の嗜好を考慮するかに見える YouTube のアルゴリズムでさえ、実際にはまるで個人を向いていないのがわかる。必要に迫られてちょっと Google 検索した履歴がすぐさま Facebook 広告に反映される。人間には必要に迫られて仕方なく調べることと本当に好む嗜好とがあるんだよ、そのくらい見分けろやと思う。だから本当に見たいものだけ見るためには、必要に迫られた検索はシークレットモードでやるべきなのかもしれない。1995年頃に Momus が、個人情報を与えるか否かではなくどんな個人情報を与えるかを選ぶべきだ、と述べていて先見の明があったなぁと思う。ベゾスが退任するにあたり「パーソナライズされたレコメンド機能」を自慢していた。たしかに当初はそれが売りだったけれど少なくとも日本の Kindle ストアでは機能していない。彼らが売りたいものだけが執拗に表示されるかに見える。Amazon が嗜好を一顧だにしない理由は Google 検索の行動履歴を利用しないせいかもしれない。BookLive! が少なくとも漫画の販売において Amazon より優れている理由は何かといえば人力のキュレーションとリコメンドだ。企画記事のバナーを前面に出して優先表示している。出版社や電子取次が企画して推すべき作品を選び、無料キャンペーンなどを実施しているのだろうけれど、ストア側でも出版社や取次の意図を汲んで巧みな表示をしている。結果としてそれが読者の利益になっている。Amazon は読者はもちろん出版社も取次も搾取の対象としかみておらず意思疎通がうまくできていない印象がある。BookLive! の人力キュレーションには商品へのタグ付けもあるのだけれど、これについては出版社の商品開発や取次やストア側の都合こそ感じられるものの、作品の独創性や読者の嗜好といった本ならではの文脈とは結局のところ隔絶されていて、わたし自身はそこから購入に至ったことがないので、あまり意味がなさそうだ。さておき、BookLive! のように人間の意図を明確に提示するのではなく、Amazon や twitter や YouTube のアルゴリズムのように隠していても、見えないだけで紛れもなくそれはそこにある。むしろ隠して誘導し、こっそり考えを植えつけるからタチが悪い。陰謀論にせよタレントのゴシップにせよ、表示されるものはひとりでに表示されるのではない。企業の明確な意図によって表示されている。そのへんの素人がつくった字幕だらけの陰謀論の動画と、発掘されたジャズの名盤とではどちらが閲覧されやすいか。企業が儲かるのはどちらか。企業はどちらを閲覧させたいか。アルゴリズムが個人に最適化されるのではなく個人がアルゴリズムに最適化されるのだ。そのように順応できる個人のみが社会で評価される。そういう意味で Q アノン信者はもっとも現代に最適化されたエリートなのかもしれない。


(1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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