D.I.Y.出版日誌

連載第308回: 見せられたもの

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2021.
02.06Sat

見せられたもの

60 年代のスパイ戦さながらのパラノイアに日常を生きざるを得ないそれが社会生活いわゆる生きやすさに直結するからだ薬物依存についての発言で知られるタレントの記事を読んだ陰謀論自助グループと 12 のステップ表示アルゴリズム。 『インフィニット・ジェストの世界だったどこまでも自分の内面の問題として社会問題を語れるタレントの誠実さに感銘を受けつつ企業のアルゴリズムがひとびとに植えつける考えについて思いを巡らすQ アノンは世界初のアルゴリズムが自動生成したカルトユーザの反応をもっとも効率よく誘発する表示が変異と淘汰を繰り返して選び抜かれ幾世代にもわたって洗練された結果現代人の脳への寄生に最適化された考えが形成された人前に表示されるあらゆるものには企業の意図が働いているのであってくだんのタレントの記事もまた例外ではないたとえば政治家の差別発言に意見する別のタレントの記事がソーシャルメディアで優先表示されこちらのタレントは店員を恫喝するようなタイプだと噂があり機会を巧みに捉えて自己宣伝に利用しいずれは政治家として立候補するのではないかと思われるのでわたしは好きではないのだが提示された導線に促されるまま見に行くとアイキャッチ画像でその人物が着用するのとよく似ためがねの広告が目立つ場所に掲載されていたユーザ行動におけるこの一連の流れは決して偶然でもなければ自然に生じたものでもなく企業によって明確に意図され計算されている逆に考えると企業の望む嗜好であればそんなにも容易に関連付けが機能するのかと驚かされるわたしは YouTube を古い音楽の稀少盤を楽しむために使っていて見たいものだけ見るために強迫的なまでに調教に神経をつかっているよほど注意してこまめに排除しないと字幕だらけの素人のゴミ動画が紛れ込んでくるいちいち時間と労力を割いて教え込まねばならない油断するとすぐに紛れ込んできて放置すると黴や虫みたいに増殖するよほど見せたいのだろうそれが金になるのだAmazon よりも個人の嗜好を考慮するかに見える YouTube のアルゴリズムでさえ実際にはまるで個人を向いていないのがわかる必要に迫られてちょっと Google 検索した履歴がすぐさま Facebook 広告に反映される人間には必要に迫られて仕方なく調べることと本当に好む嗜好とがあるんだよそのくらい見分けろやと思うだから本当に見たいものだけ見るためには必要に迫られた検索はシークレットモードでやるべきなのかもしれない1995 年頃に Momus が個人情報を与えるか否かではなくどんな個人情報を与えるかを選ぶべきだと述べていて先見の明があったなぁと思うベゾスが退任するにあたりパーソナライズされたレコメンド機能を自慢していたたしかに当初はそれが売りだったけれど少なくとも日本の Kindle ストアでは機能していない彼らが売りたいものだけが執拗に表示されるかに見えるAmazon が嗜好を一顧だにしない理由は Google 検索の行動履歴を利用しないせいかもしれないBookLive! が少なくとも漫画の販売において Amazon より優れている理由は何かといえば人力のキュレーションとリコメンドだ企画記事のバナーを前面に出して優先表示している出版社や電子取次が企画して推すべき作品を選び無料キャンペーンなどを実施しているのだろうけれどストア側でも出版社や取次の意図を汲んで巧みな表示をしている結果としてそれが読者の利益になっているAmazon は読者はもちろん出版社も取次も搾取の対象としかみておらず意思疎通がうまくできていない印象があるBookLive! の人力キュレーションには商品へのタグ付けもあるのだけれどこれについては出版社の商品開発や取次やストア側の都合こそ感じられるものの作品の独創性や読者の嗜好といった本ならではの文脈とは結局のところ隔絶されていてわたし自身はそこから購入に至ったことがないのであまり意味がなさそうださておきBookLive! のように人間の意図を明確に提示するのではなくAmazon や twitter や YouTube のアルゴリズムのように隠していても見えないだけで紛れもなくそれはそこにあるむしろ隠して誘導しこっそり考えを植えつけるからタチが悪い陰謀論にせよタレントのゴシップにせよ表示されるものはひとりでに表示されるのではない企業の明確な意図によって表示されているそのへんの素人がつくった字幕だらけの陰謀論の動画と発掘されたジャズの名盤とではどちらが閲覧されやすいか企業が儲かるのはどちらか企業はどちらを閲覧させたいかアルゴリズムが個人に最適化されるのではなく個人がアルゴリズムに最適化されるのだそのように順応できる個人のみが社会で評価されるそういう意味で Q アノン信者はもっとも現代に最適化されたエリートなのかもしれない


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。