杜 昌彦

D.I.Y.出版日誌

連載第308回: 消えればいいと思うが指を鳴らす能力もない

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, タグ:
2021.
02.04Thu

消えればいいと思うが指を鳴らす能力もない

自己肯定感の成立条件に他者を介在させてはならない。コントロールできないから。努力によって操作しうる要素のみで自己評価しなければならない。それはそうなのだけれど、しかし社会的評価を完全に除外するのは社会にとっては適正な自己評価ではない。思い上がり、勘違い、迷惑ということになる。つまり評価としてではなく(適正な評価としては無価値と自覚しつつ)心持ちの問題として自己肯定感を得なければならない。どのみち無価値な人生に変わりはないし、自殺のコストを支払えないのであれば愉快にやり過ごすに越したことはない。何かをなし得る人生ではないのだから。出版がおもしろかった時期は終わったな。試せることはぜんぶ試してなんの甲斐もなかった。いまとなってはそれは顔を売るのが巧いやつが成功するゲームでしかなくなった。ソーシャルメディアとなんら変わりない『GONZO』は書き上げられるかどうかわからない。書きはじめた以上は最後まで書くつもりではいる。しかし最低限、信じられるだけのリアリティもないしユーモアも精彩に欠ける。単純に失敗作なのだろう。わたしには小説を書いて出版をする最低限の能力がないのだ。これまでに書いた分を読み返すとバイアスがかかっておもしろいかのように錯覚するのだけれど、これから書かなければならないことを考えると、どうも自分はこの物語をよく理解していないことがわかる。理解しないまま、何もわからないまま手探りで書いているので時間がかかるのも当然だ。書いた分が正解なのかもわからない。アクションもののよくあるパターンだけで書けば楽なのでは、というところからはじまった企画だけれど(ソーシャルメディアで人気の漫画に腹を立てたのがそもそもの動機ではあるけれど、筋書きにおいては技法から発想している、よく考えてみればわたしはこの年齢なら当然理解していなければならない社会常識や、当然経験していなければならないことを何ひとつ知らない。知能の発達に問題がありすぎてそれが小説の拙さにもあらわれている。細かいことはどうでもいいZ級アクションを最初から狙っていたとはいえ、やっぱり安い嘘でいいところとちゃんと書かなきゃいけないところはあると思うんだよ。少なくとも読んでいるあいだだけは信じられるような嘘でなければならないのに、それができない。46歳の大人がこんな幼稚で稚拙なものしか書けないのは恥ずかしい。社会的にも書くことにおいても無能である上に、遅かれ早かれ失明するらしいことがわかったいまとなっては『GONZO』の完結どころか別の小説を書くことすらないかもしれない。考えてみればこれまでにもたいしたものは書いてこなかった『ぼっちの帝国』は出版した 2019年当時の流行をこれでもかとばかり詰め込んだ内容なのだけれど、その売りが紹介文や宣伝文から伝わらず三万五千円にしかならなかった。社会的に無能すぎたのが売れなかった理由だと信じるが客観的にはやはりただのゴミなのかもしれない、どうでもいい他人に呼び出されて公然とばかにされたのと、気の毒がってくれた柳楽先生にていねいな感想をいただいたことがあるだけで、あとはだれからも一度たりとも言及されずまして評価などされなかった『Pの刺激』の初稿はホラ大と幻冬舎で最終だったし乱歩賞でも二次に残ったから商品価値はなかったにせよ二十代の若者が書いたものとしては伸びしろのある出来だったのだろう、しかし書きなおすうちに短くなってつまらなくなった、三万五千円『悪魔とドライヴ』はだれからも指摘されたようにたいした出来ではないが中編としてはあんなものかもしれない、九万円を稼いだから最安の Mac mini と同じだけの価値はあったということか、いやそんなわけはないだろうあれはひどいゴミだよ、一見ペド小説みたいにも読めるので金になったのかもしれない『逆さの月』は最低のゴミだがその割には二万、これは広告に無駄金を突っ込んだからか。あとはどれも人前に出せないゴミ以下の恥だ。ソーシャルメディアでうまくやれないために何をやってもだめ、というのがきつい。逆に何をやってもだめだからソーシャルメディアでうまくやれないともいえる。努力の報われなさに問題があるんだよな。報われた、という判断には他者の介在が不可欠だ。これはどうしたって免れようがない。もうちょっと読まれるための努力をすべきなのかなぁ、それはまったく無駄なことで、見返りのない努力をすることに疲れてはいる。かといって現状がいいとも思えないし努力をやめるのも何か違う気がする、人間として。The Beatles について調べていると、登場人物のだれもかれもが魅力的で、成功したプロジェクトはひととの縁でできてるんだなぁと実感する。決して主役の才能だけでは成り立っていない。作家になろうとしていた若い頃は、控えめにいって縁に恵まれなかったと思う。類は友を呼ぶというけれど価値のない人間には上から目線で貶めようとする輩しか寄りつかないのだ。そのことを身に染みて理解したいまは寄稿者にとっての「縁」のひとつに自分がなれたらいいなと願っている、おこがましいのは承知しているし、現状なんの価値も提供できていないのも今後もその見込みがないことも、所詮は何ひとつ満足にやれない無能である事実も理解してはいるが。


(1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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