杜 昌彦

D.I.Y.出版日誌

連載第306回: 生きられない

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, タグ:
2021.
01.28Thu

生きられない

また PA-API が死んだ。かなりの閲覧があったあとで気づいた。調べたら 12/22 が最後のコンバージョンだった。成果がないまま丸ひと月が経過したので無効になり、情報が取得できなくなったのだろう。何をやってもうまくいかない。いまだかつて一度たりともうまくいったためしがない。出版社名およびサイト名の「人格 OverDrive」は二十代のときの語彙で、それで ISBN を取得してしまったのを後悔している。最初から複数の寄稿者を得て活動していたら「イージードッグ・プレス」でやっていた。当初は自分しか想定していなかった。だから人格が歪んでるって意味でつけたんだ。漢字二文字とカタカナ語をつなげるのは前世紀末に流行した言葉遊びで世代的なものなんだよ。筋骨スプレマシーとかそういう感じの。現代の感覚ではない。古すぎる。改称したいのだけれど ISBN をとりなおす金と労力がない「楽犬舎」ってのも考えて、それで登録する寸前だったんだけど、なんか見栄えがあまりよくないのと、犬小屋感あってあまりよろしくないと思ってやめたんだよ。長すぎると思った「イージードッグ・プレス」はそうでもなかった。そっちのほうが出版社感があるし。POD に利用している業者も出版社名を変えることには対応していない。いまさら変えるとなると金と労力がかかりすぎる。むりだな。というかもう正直あんまり出版に金と手間をかけたくないんだよな。得るものがないから。突っ込んだことをやろうとすると結局は既存出版を前提とした枠組に阻まれて何もできない。出版とは見なされないし、だれにもまともに相手にされない。相手にされるためにやっているのか、と自問してどうもそうではないらしい、となるとだったら出版なんてやるだけむだじゃね? という結論になる。書くし、書いたら出版するにはするけど、そこまで金と労力を注ぐもんじゃない。どうせだれも読まないんだから。2016年はいろいろやったけれどだれにも理解されず失敗した(がそれもまたいい経験になった。2017年は WordPress を独習して ISBN を取得して InDesign を導入し極小出版をがんばった。2018年はいい本をいくつか読んで『ぼっちの帝国』の助走としての『逆さの月』を書いた。2019年は『ぼっちの帝国』を書いた。2020年は PA-API と格闘したり寄稿を募ったり『GONZO』を書きはじめたりした。今年はもう一段階なにかおもしろいこと、かつプロフェッショナルなことを習得したり挑戦したりしたい。と考えているが具体的にはまだわからない。人格 OverDrive 新人賞とか。連載全体のシノプシスと初回分で応募してもらって、最優秀者には連載とプリントオンデマンドでの書籍化(ISBN がついて Amazon、楽天、honto などで売られる)の権利を授与、とか。あほらしい、だれが応募するんだよ。才能を認め合える天才と出逢いたい。柳楽先生のファンのような読書通に読まれたい。イシュマエル氏や諸屋さんはわたしが一方的に惚れ込んでるだけで向こうは別にわたしに関心はない。読まれてもいない。現代ではソーシャルメディアなり名刺交換会なりで顔を売ることがいい小説を書くことよりも重要であることはわかっている。残念ながらわたしにはその才覚がない。Fediverse はどうだろうと思ったが大半のアカウントがアニメ風女児イラストのアヴァターだった。成人男性がそのようなことをしているのだとしたら気色が悪い。実際、女性の身体部位を連呼する発言内容がやたら目につく。どこへ出向いてもその種の人間しかいないことに恐怖をおぼえる。望ましい客層には手が届かない。女児の身体性に執着する変態とか、京アニ放火事件の犯人のような、本を読まない作家志望者に読まれることは容易なのだけれど、それだと Amazon のアルゴリズムに同類とみなされ関連付けされて、そのような輩に火をつけられるだけの読まれ方になる。そうなるとわからずにやってしまって、筆名を変えたいまでも抜け出せないのが現状だ。柳楽先生のファンを人格 OverDrive に招くことには成功したが読まれるのは当然ながら柳楽先生だけ。お目当ての記事を読んだら彼らは満足して帰ってしまう。諸屋さんやイシュマエル氏にしてもそうで、彼らの固定ファンは確かに訪れるがほかの作品にまで関心を向けてはもらえない。ましてわたしが書いて出版した本にまで関心を向けることはない。これをどうするか。彼らが相互に言及すればファンの往来が発生する。わたしのはこの際どうでもいいや。柳楽先生、諸屋さん、イシュマエル氏に互いの書いたものを読んでもらいたい。柳楽先生に諸屋さんの『コロナ in ストーリーズ』を読んでもらったことはある。どれだけ短くてもいいから感想を twitter に書いてもらえればいいのだけれどそれはお願いできない。どこに何を書くかは作家が決めることで強いられてやることではない。例外が連載であってすでに寄稿なんてむちゃなことをお願いしている。うーんでも諸屋さんとイシュマエル氏、わたしの書くものとはどちらも親和性があるけれど、彼ら相互は作風に接点なさすぎるな……むりだなこりゃ。馴れ合いじゃないからいいってのもあるしな。頼んで何かしてもらうんじゃなく表示の工夫でどうにかすべきだ。というわけで関連付けの表示を改善した。これまでは何をどう関連づけてどう表示するかがまちがっていた。往来が発生しにくい関連付けと表示だった。改善したとはいえ自己満足にすぎずどうせ何も変わるまい。あとほかに思うこととしてはやっぱり寄稿者のファンコミュニティみたいな場所であってもいいような気がする。そのために BuddyPress をもいちど導入してみるのも悪くない、とも思ったけれどあほらしい、だれが参加するんだよ。でもたまに『翻訳日誌』に言及した記事を目にするとむりやり口説いてよかったのだろうとは思う。柳楽先生の文章が好きなのはわたしだけではないのだ。


(1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
ぼっち広告