イシュマエル・ノヴォーク

イシュマエル・ノヴォーク短編集

第12話: ヒーロー / アンチ・ヒーロー

イシュマエル・ノヴォーク書いた人: イシュマエル・ノヴォーク, 投稿日時: 2021.01.15

               1960s El paso
 
 朝食を済ませたデニスが噛み煙草を口に放り「馬に乗せてやる」と言った時、エミールは嬉しさでいっぱいだった。いよいよ自分もデニスと同じように馬に乗り、ゆくゆくはデニスと同じレンジャーになり、拳銃を扱って悪人を懲らしめるのだ。エミールは大急ぎで支度を済ませると厩に向かった。

 石ころだらけの地面から飛び出したリュウゼツランの刃のような葉が揺れている。
 かれこれ二時間以上、馬の背に乗っているエミールは退屈を感じていた。エミールから見えるものは澄み切った青と、茶色、あるいは薄汚れた緑色、父親のデニスが着ているシャツの白だけ。口笛のように甲高い風、蹄鉄が石ころを踏みつける音の合間に鐙が擦れる音が分け入る。
 エミールはデニスに向かって何も尋ねなかった。何処に行くかはデニスが決めることであり、口を挟むことは憚られた。エミールがデニスの顔を覗き込む。下顎に薄っすらと生えた無精ひげ、脇からぶら下がるコルトシングルアクションアーミー。風がデニスのかぶる帽子のつばを揺らした。

 地平線に半分、顔を埋めた太陽が紅炎を放射する。

 夕暮れになるとデニスが馬を停めた。後ろに乗るエミールを蹴り落とさないように片足を丸めて器用に地面に足をつくとエミールを抱いて地面におろした。エミールの内腿はすっかり硬直し、今も揺れているような感覚がした。雷に打たれて炭化した木に手綱を繋いだデニスが
「ここで野営する。焚き木を拾うぞ」と言って歩き出した。エミールはフラつきながらデニスについて行った。

 日が暮れる前に集めた焚き木に火が灯った。冷たい地面に敷かれた帆布の上に腰を下ろした二人はビスケットに缶詰の肉をのせて食べている。水が入ったブリキのコップにアーバックルの粉が放られ、沸騰すると半円を描いた。エミールがコップを手にとって飲もうとするとデニスが
「今飲んでも粉だけだ。少し待て」
 エミールはコップを地面の上に置いた。あたりに獣の鳴き声は聴こえず、焚火が弾ける音と、馬が虫を追い払うために尾をしならせる、空を切る音だけ。エミールはデニスの顔を見た。くたびれているようには見えないものの、陰のようなものが見えた。エミールが言う。
「疲れている?」
 アーバックルを一口飲んだデニスが
「どうしてそう思う?」
「なんとなく」
「疲れていない」
「そう……ならいいんだ」
 会話が途絶え、馬が尾を振る音と蹄鉄が小石を踏みつける音が聞こえた。
「皆、父さんが凄い人だって言っているよ」
「誰だ? ラフか?」
「ラフも言っていたけど、皆だよ。ぼくも父さんみたいになれるかな?」
 デニスはカウボーイハットのつばを一撫ですると
「殴られると痛いし、撃たれるともっと痛い。死ぬことだってある」
「父さんがやっつけるのは悪い人でしょ?」
「そう、悪い奴だ。泥棒、人殺し、越境者……他にもいるが、ぱっと思いつかない。今までおれが撃った奴は全員、悪い奴だ。銃を持っていたし、銃口をおれに向けた。でも、こうも思う。今、おれがこうやってお前と野営しているように、そいつらにも子どもや、兄弟、親、友だちと野営したりしていたんだろうってな」
「そうかもね」
「週末に野球やフットボールをしていたかも知れない。もちろん、悪い奴だっただろう。どうしようもない奴だっただろう。だが……」
「だが?」
「本当は別のやり方があって、もっといい形でおさめることができたんじゃないかと思う」
 エミールは言葉を出さずにアーバックルを口に含んだ。
「苦いね」
 笑顔を浮かべたデニスがエミールの頭を撫でた。
「夜が明けたら帰る」とデニス。頷いたエミールは「おやすみ」を言うと帆布の上に寝転がった。デニスはエミールの身体に毛布をかけて「おやすみ」と言った。

 目を覚ましたエミールはアーバックルを飲むデニスを見た。デニスはコップに湯を注ぐと
「目覚ましに丁度いい」と言ってコップを地面に置いた。エミールは立ち上がったものの足下がふらつき転んだ。デニスが言う。
「初めて馬に乗った次の日はそんな感じだった。親父にさっさと立てと怒鳴られた」
「ぼくのことも怒鳴る?」
「いいや、おれは親父と違う。お前はお前が思うように生きたらいい」
「父さんみたいになりたいな」
 デニスはアーバックルを一口飲むとカウボーイハットを一撫でした。


『ロクス・ソルス』という同人小説サークルで活動しています。それから、ジャズピアノの演奏活動をしています。気が向くと絵を描いたりします。
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