ペリフェラル・ボディーズ
第11話: ジェイク・キニスキー、文学を語る
キニスキー氏とコンタクトがとれたことは幸運以外の何物でもなかった。 私自身、 寝耳に水とか、 青天の霹靂とか、 そういった仰々しい言葉を並べ立てたくなるような気持ちだった。 キニスキー氏は言わずと知れた小説家だが、 これまで一切のインタビューを受けないばかりか、 著書に掲載する顔写真すら別人のものを貼り付けるような人物だ。 誰かに騙され、 担がれているような気持ちだった。 はじめ、 氏はインタビューの場所をスキッドロウのモーテルを指定したが、 私は反対した。 はっきり言って危険だからだ。 次に指定されたのはコンプトン。 同じように却下させていただいた。 紆余曲折あったが、 最終的にイングルウッドの公営住宅の中庭に決まった。 どうしてこんな場所になったのか? 氏が住んでいた場所はインペリアル群だったはずだ。 わけがわからなかったが、 絶対に機会を逃したくなかったので提案を呑んだ。
インタビュー当日、 約束の場所に辿り着いても、 中々、 自動車から出ることができなかった。 白人男性で、 護身用の拳銃を持たずにこんな場所にいるなんていいカモだろう。 窓ガラスがノックされた時はガベルが打たれたような気持ちにさせられた。 私は怯えていた。 おそるおそるパワーウィンドウを下げると球形サングラスにくしゃくしゃの髪の毛の中年男が立っていた。 世間一般に危険と知れ渡っている場所で 〈夜を一緒に過ごそうぜ〉 とプリントされたTシャツの上にアロハを羽織ったヒッピー然の男が立っていたらどんな気持ちになるだろう? 私は混乱した。
「遅れて悪い。 ジェイク・キニスキー。 ジェイクって呼んでくれよ。 さぁ、 お喋りしようぜ」
キニスキー氏は公営住宅の敷地に入って行き、 ジロジロ見ているアフロ・アメリカンたちに気さくに挨拶をした。 刺すような視線を感じていたが、 キニスキー氏はお構いなしといった様子だった。 氏は勝手知ったるといった態度でテーブルに腰を下ろして私に座るよう促した。 腰を下ろした私がポケットからソニー製のポケット録音機をとり出すと、 氏は首を横に振って
「エリック・ドルフィーも言っただろう? 音楽は捉えることができないってさ」
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どうして、 こんなことになったのか種明かししよう。 インタビューを受けるのに提示された金額が良かったからさ。 ロサンゼルスまでの航空機チケットと、 その後のちょっとしたお楽しみの代金まで支払うからと言われた時、 おれは耳を疑った。 とうとう狂っちまったのかと思ったよ。 牛乳を飲み、 ハーシーの板チョコレートとハシシュ……ハッパを吸ってから考えた。 深く考えた。 それこそ手足がなくなりそうなぐらいに。 そのあたりはゲイリー・スナイダーとか、 アレン・ギンズバーグに聞いてくれよ。 おれよりももっと詳しく話せるだろうからな。 でも、 聞いて楽しいかは別だぜ?
文学について語ってくれと言われて金をもらう仕事なんてそうはない。 ボヤっとした話だしな。 物語を書いて、 それをメシの種にしようと考えている若い奴らに何を読み、 どう考えるべきかを言うことは余計なお世話さ。 好きなものを読み、 好きなものを書き、 好きなものを吸ったらいい。 タバコ、 葉巻、 ラタキア葉のちょっと酸っぱい匂いのパイプ。 水パイプは遠慮しておくよ。 甘ったるいのが苦手なんだ。
使っている機材? バロース加算機のタイプライターだよ。 ウィリアム・バロウズの祖父さんが作った会社さ。 最近じゃあ、 インクリボンを買うのも一苦労させられる。 ステイシーに言われるんだ。 「いい加減、 パソコンを買ったら? パソコンがあれば、 インターネットにも繋げるし、 調べものも、 何か必要なものを買うのにも便利よ?」 ってな。 そういうわけで、 マリネッティに電話して、 いいパソコンはないかと聞いたんだ。
マリネッティについて? あぁ、 あいつはイタリアに住んでいて、 ヘンテコな映画を撮っている。 あいつが若い時、 たしか一八歳とか、 そんな頃に知り合ったんだ。 とびきりいい奴さ。 パソコンをプレゼントしてくれたしな。 ダンボールからパソコンをとり出して、 片手で吸盤みたいな緩衝材を潰しながらパソコンを開いた。 固まっちまったよ。 どこを押したらいいんだろう? ってな。 ステイシーに聞いてパソコンのスイッチをいれて、 インターネットを接続してもらった。 ベルリンの壁が崩壊した時、 東ベルリンの若い奴らははじめにどこに走ったか知っているかい? ポルノショップだとさ。 その点、 おれは抜けていた。 自分自身、 しまったと思った。 気恥ずかしい気持ちで一杯になった。 なぜって、 はじめにしたのはインクリボンを買ったことなんだからな。
詩について? グルーヴィ、 フランス詩は一九世紀の詩の頂点だ。 とはいえ、 おれのフランス語なんて、 せいぜい 〈セラヴィ〉 フランス語は詩に向かないって言う奴がいるが、 誰の受け売りなんだろうな。 言ってやりたいよ。 マラルメはどうなんだい? ってな。
好きな詩人? ヴィヨンだ。 泥棒だったしな。 泥棒っていう意味ではジュネもいい。 一緒に飲むならこういう奴がいい。 おれはビートニクにはイマイチ乗り切れなかった。 ケルアックもバロウズもギンズバーグもいいんだが、 どうにも馴染めないところがあった。 なんていうか、 真面目さを感じちまうんだ。 バロウズはカミさんを撃ち殺したし、 ヘロイン中毒だったが、 指先、 ペン先は素面だったように思うよ。
同時代で好きな作家? 生きていて、 好きな作家なんていやしないぜ。 でも、 しいて挙げるとするならノーマン・メイラーは好きだぜ。 作品じゃなくて名前がね。 口に出しやすい。 会ったらガッカリしそうだから会わないようにしているんだ。 でも、 いい奴なんじゃないかと思っているよ。
今までで自分が書いた中で一番面白いと思うもの? もし、 そんなものがあって、 それをリストにできる奴がいるとしたら、 そいつは廃業したんだ。 次のほうがいいに決まっている。 コールリッジは 『クブラ・カーン』 で何て書いた? 〈明日はまだ来ない〉 ……つまりはそういうことさ。
他に好きなもの? モータウン、 ビーチ、 水着姿の若い女、 ハッパ。 もういいだろう? 読む奴も退屈しているぜ。 若い奴らにアドバイス? 好きに書いたらいい。 物語じゃあ、 これをやったらマズイことなんてものはないんだ。 いい加減、 パーティーにしようぜ? ピザを五十枚ぐらいデリバリーしよう。 牛一頭まるごとのバーベキューは見たことあるかい? ここにプールがあれば、 プールサイドに寝そべってハイネケンでも飲みながら羽を伸ばせるんだが。 プールと言えば、 家の庭にプールを作ろうと思ってスコップで穴を掘ったことがあるんだ。 どうなったかって? 水道管を突いちまったらしくて庭中が水浸しさ。 ステイシーのガーデニングを腐らせちまって、 張手をお見舞いされたよ。 とりあえず、 付け合わせのライスを撒いてみたんだが、 来年は収穫ができるかもな。 グルーヴィ、 そういうわけで、 インタビューはおしまいだ。 誰かハイネケンを持ってないかい?