イシュマエル・ノヴォーク

イシュマエル・ノヴォーク短編集

第10話: クリーン・イズ・オーヴァー

イシュマエル・ノヴォーク書いた人: イシュマエル・ノヴォーク, 投稿日時: 2020.12.24

 一五フィートのプラスチックレーンの上をポリウレタンに可塑剤を塗ったリアクティブウレタン、一三ポンドのボールが滑るように転がり一〇本のピンを倒した。ボウル・モアー社製ピンセッターが倒れたピンとボールを回収し、ボールは地下に設計された近未来的な円筒形の中を通り過ぎる。ピンはセッターによって元通りに並べられる。ベンチに腰掛けているブラウンは二重顎を撫でると
「ストライク。だが、どうにも気に入らん」
 マシンから吐き出されたボールをタオルで拭いたウルピオが
「おれの投球の話か? 投げろと言ったのはブラウンだ」
 ブラウンはベンチから立ち上がると歩き出し、ファウルラインの上でしゃがみ込んだ。ブラウンはスイープ・バーを指差し
「マシンの話だ。機嫌が悪い。ネコみたいにゴロゴロ鳴いている」
 ウルピオは縮れた前髪を撫でつけ
「クリスマスに、客もいないのに残って投球したおれとどっちの方が機嫌が悪いかね」
「予定があったのか?」
「アニタはパーティーに出掛けたよ」
「お前を残してか?」
「いつも一緒にいなくちゃいけないわけじゃない」
 ブラウンは深々とうなずくと
「マシンのほうは勘弁してやる。レーン・メンテナンスをしてくれ」
「オイル・ドレッシングは?」
「やらないわけがないだろう? 拭き掃除だけやって終わりだなんて、そんな店は潰れたほうが世のためだ」
「ここは今日にも潰れそうだ」
「おれの目が黒いうちは絶対に閉めない。核戦争がはじまっても店を開けてやる」
 ウルピオは手をヒラつかせて言う。
「クリスマスにレーン・メンテナンスとは、来年はいい年になりそうだ」
 ブラウンが「事務室で締めの作業をやっているからな」と言って歩き去った。ウルピオは水色の長袖シャツを脱ぐとベンチの背もたれの上に置いた。タンクトップの隙間からソンブレロをかぶった髑髏の刺青が顔を出した。

 ウルピオは油まみれになりながらモップをかけている。天井からぶら下がる電光掲示板に〈調整中〉の文字が浮かび上がり、静まり返ったボウリング場の中ではゴム靴が小気味良く歌うだけ。コンセントが引き抜かれたポップコーン・マシンのガラスの内側、凝固した塩がクリスタルのような輝きを放っている。

 事務室ではダイヤル式金庫の中から売り上げをとり出したブラウンが丸っこい指で金勘定をはじめる。あっという間に金勘定を終えたブラウンは帳簿に売り上げを記入し、壁にかけられた六角形の時計を見ると従業員用通用口の呼び鈴が鳴った。金を金庫にしまったブラウンが立ち上がり、太った身体を左右に揺さぶりながら歩いて通用口を開けた。アルコールと、混ざった香水の臭い。ブラウンが眉を顰めているとブラウンの太く弛んだ首筋にキスの洗礼が浴びせられる。唇を尖らせたブラウンが
「アニタ、今夜はしこたま飲んでいるみたいだな」
 アニタがだらしなく笑い、コルクが抜かれたワイン瓶を上下させた。ブラウンは溜息をつくと
「ウルピオならメンテナンスをしている。間違ってもレーンで吐くなよ」
 アニタは「OK」と言うとフラつきながら事務室を通り抜けて行った。

 床に顔を近付け、塵一つないレーンを見たウルピオは首を撫でながら立ち上がった。真っ赤なハイヒールとホルストンヘリテージの白いパーティードレス姿のアニタがウルピオに抱き着いた。溜息をついたウルピオが
「ワインをこぼすなよ? 拭き掃除は腹一杯だからな」
「こぼしたりしない。だって、空だもの」
「ならいい。それで、仕事を手伝ってくれるのか?」
「掃除は終わったのよ。終わり。おしまい。それでいいじゃない。それとも、まだ足りないって言うの?」
「腹一杯だ」
 アニタが脚をウルピオの膝に絡める。ウルピオはアニタからワイン瓶を取り上げて床に置いた。

 事務室ではブラウンが店内放送用BGMをラジオ放送に切り替え、ボーズ社製スピーカーから陽気な声が流れる。
「よぅ、みんな。元気にしていたかい? みんなは今夜をどう過ごしているんだい? おれはこの通り、薄暗いスタジオのブースからマイクに向かって喋るばかりで、スピーカーに耳を立てている奴らの姿は見えない。ここからうっすら見えるのは、コンソールの前で親指を立てるイースの姿だけだ。そろそろ、イースと結婚を考えなくちゃいけないぐらいさ」
 ブースの外からコンソールの前にある肘掛け椅子に腰掛けたイースタン・ジェイコブスが親指を下げる。
「OKに同意。イースから返事があったよ。ガラス張りの防音扉の向こうからでも〈くたばれ〉とか、〈冗談言うな〉とか、〈そいつは名案〉だとか、まぁ、そんな具合さ。みんな、今夜はどう過ごしている? フライドチキンのバーレルを食いながら、とっておきの映画を観てイチャつくのもよし。トイレで吐きながら生きていることを実感するのもよし。電話ボックスに入って、スーパーヒーローに変身するのだってアリだ。もちろん、とっておきはラジオの前で笑ってくれることだけどな。長話はこれぐらいにしよう。今夜はどこでも流れているような曲を流させてもらうよ。うんざりだなんて言わないでくれよ? 悲しくなるばかりさ。曲はワム!で『ラスト・クリスマス』だ」

 能天気で陰りのないスネアドラム、前面に押し出されたキーボードが等間隔で和音を打つ。
 
 悪戯っぽい笑みを浮かべたアニタが
「このミュージック・ビデオを初めて観たのは子どもの時だった。その時は大人になったらロープウェイに乗るものなんだって思ったの」
「乗ったか?」
「忘れていたの。あたし、高い所は嫌いってこと」
 アニタが足をバタつかせ、ウルピオはアニタの腰に手を回しゆっくりと踊り出す。ウルピオの耳元でアニタが囁く。
「でも、今だけは好きかもね」


『ロクス・ソルス』という同人小説サークルで活動しています。それから、ジャズピアノの演奏活動をしています。気が向くと絵を描いたりします。
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