イシュマエル・ノヴォーク

イシュマエル・ノヴォーク短編集

第9話: 歯科狂騒曲

イシュマエル・ノヴォーク書いた人: イシュマエル・ノヴォーク, 投稿日時: 2020.12.19

 ラジオ放送局、『スーパーカリフォルニアエクステンドシドヴィシャス』にやってきたラジオDJ、ジョニー・オーロラの異様さにイースタン・ジェイコブスは目を丸くした。
 アフロヘアーにトンボのように大きなサングラス、ブルース・リー風黄色の全身タイツ、腰から下がるヌンチャク。ジョニーの恰好は十分過ぎるほど異様だが、この日は群を抜いていた。ジョニーの顔、片側の頬は不自然なほど膨れ上がりトーベ・ヤンソンが描いた妖精のような顔になっていた。ジェイコブスが「どうしたんだ?」
 ジョニーは頬を擦りながら
「歯医者に行ってきたんだよ」
「とんだ薮医者だったみたいだな」
「ティフアナの医者の悪口は言わないでくれよ。何を聞かれてもシィ(はい)、シィ(はい)。おれは奥歯をほじくり返されてヒィ、ヒィ」
 ジェイコブスが笑顔を浮かべる。「ジョークのキレは悪くない」
 平手で自身の額を叩いたジョニーが「たんと笑ってくれ。そうでないと、生きたコウモリを食っちまいそうなんだ」
「オジーは最高だ」
「OKに同意。麻酔が切れたんだ。酷い痛みさ。喋っていないと痛みでどうにかなっちまいそうだ」
 腕を組んだジェイコブスが「知り合いは事故で片手を吹き飛ばされちまったが、自分で車を運転して病院に行った。案外、大丈夫らしい」
「救急車に七〇〇ドル支払える奴は少ないぜ。どうせ、金を払うのなら真っ白のリムジンで来て欲しいもんだ。高い酒を飲んで、車載電話で国際電話を使おう。〈アロー、フィデル。コモエスタス?〉っていう具合でさ」
「カストロは電話に出たりしないさ」
「電話口で『おれたちは世界』を歌うんだ。イース、コーラスをやってくれるかい?」
「その調子で喋り倒してくれ」

 ブースに入ったジョニーは椅子に浅く腰掛けた。ジェイコブスが指でカウントする。ジョニーがアフロヘアーを揉んでいると、コインが跳ね回る音、印象的な七拍子のベースラインが聴こえてくる。ジョニーがマイクに近付くとタイミングを合わせたジェイコブスがリヴァーブのつまみを上げる。

〈サタデー・ナイト・サタナイト・ショー〉

「よぉ、みんな。元気にしていたかい? 仕事が終わって、溜息交じりに一杯やりながら聴いている奴、これから夜勤で、車の中でうんざりしながらカーラジオを聴いている奴も。調子はどうだい? おれはっていうと、今日はティフアナまで出掛けてきた。ヤバい取引をしたかって? 違う、違う。話はこうだ。水曜日に歯痛で目を覚ました。歯が痛くて起きるなんてお笑い種さ。でも、その時の衝撃っていったら、小便しようとしたらヘドロみたいなものが出た時以来のものさ」
 ガラス張りのブースの外、コンソールの前に置かれた肘掛け椅子に腰掛けるジェイコブスが手を叩きながら笑う。
「OKに同意。最初は自分でなんとかしようとした。ドアに紐をかけたり、釘を逆さに打って歯を吹き飛ばそうとしたり。とはいえ、トンカチを自分の顔に向かって振るのは勇気がいるし、ドアの紐をかけても、誰がドアを閉めるんだ? 木曜日、金曜日、土曜日……眠れない日が続いたよ。麻酔がわりに酒を飲んでも、痛みが血管の中を駆け回るだけ。とうとう、意を決したおれはティフアナまで行った。結果はご覧の有様。そういうわけで、今日はちょっとばかり感傷的な気分なんだ。たとえば、どうして税金を払っているアメリカよりメキシコのほうが医療費が安いとか、どうしておれの金には羽が生えているのかとか。今、おれはフィンランドの妖精みたいな顔をしてる。狙撃手のほうじゃないぜ? 青白いカバみたいな奴だ。国境を越えようとしたら酷い渋滞だったよ。多分、おれと同じように金がない奴らで、車の中で痛みにうずくまりながら悪態をついていたんだろう。馬鹿げているってな。そう、馬鹿げている。でも、ほんのちょっぴり笑えるものがある。一曲目はピンクフロイドの『マネー』を流させてもらったよ。歌い出しの通り、金を持ったら、さっさとズラかれ。真理だな。とはいえ、大抵の場合は金を持たずにズラかるか、金だけがズラかる。金と一緒に行けるなんて夢のまた夢。感傷的になったところで次の曲を流させてもらうよ。曲はソフト・マシーンの『歯』」

 ウッドベースのロイ・バビントンと鍵盤奏者マイク・ラトリッジのワウ・ペダル。九分一五秒程度の、四本目の歯。ジョニーは首を、アフロヘアーを左右に揺さぶる。麻酔が切れたことで痺れるような痛みを振り払うためか。あるいは、ただ単にそうしたかっただけなのか。

 曲が終わると、ジョニーは汗ばんだこめかみを掻き「さぁ、一旦CMだ」


『ロクス・ソルス』という同人小説サークルで活動しています。それから、ジャズピアノの演奏活動をしています。気が向くと絵を描いたりします。
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