イシュマエル・ノヴォーク

コロナの時代の愛

第4話: フランス組曲

イシュマエル・ノヴォーク書いた人: イシュマエル・ノヴォーク, 投稿日時: 2020.12.05

 イトスギの響板に開けられた穴には金属の飾りがはめ込まれている時計の文字盤みたいな装飾のローズローズの上には真鍮と丹銅の弦が張られている週に一度は自分で調律する誰もいない居間で行う調律は作業じゃないそれじゃあ芸術? なんだか厳めしく聞こえる
 この曲を選んだことは後悔していない指導員のレイフマンはイタリア組曲を弾かせようとしたけれどあたしの好みじゃないレイフマン曰く
その曲は甘ったるく俗悪な趣味だと思われるだろうね
 レイフマンはイギリス組曲ドイツ組曲以外のJSの曲を認めていないならどうしてあたしにイタリア組曲を勧めたのかわかりやすい侮辱この仕打ちには理由があるけれどそのことについて言う気はない

 そういう意味では今の状況に満足している思う存分練習できるしレイフマンの顔を見なくて済むから

 クラウス・エングラーの原典版の譜面が好きフレージングついて書かれていないから自分で考えなくちゃいけないしトリルの処理をどうするべきか考えなくちゃいけないトリルの考え方は時代によって違ったうんざりさせられる練習曲ばかりを書いたツェルニーの解釈が間違っていたことは皆が知っている皆? いいえ違うこのアパートに住んでいる人たちぐらいはでもツェルニーはいい人だったみたいだし時代によって見えるものが違うということかしら

 あたしは奨学金について考えるレイフマンが嫌がらせをしようとしていることは知っているレイフマン曰く
ミス・ケチャッムは怠惰で反抗的ついでに不道徳な学生

 レイフマンが告げ口すればどうなるのかしら? 今はウェイトレスやシッターの仕事にありつくのも難しい誰もが他人を遠ざける時代なのだから気分転換にとテレビを点けてもフェイクニュースと陰謀論人種差別ばかり来年には荷物をまとめてワシントンから立ち去る大統領の画面一杯のアップ彼を見て学んだことがあるそれは自分の国を愛するのではなく恥じることがその国に帰属する証だっていうこと

 やらなくちゃいけないことがあるそれは練習指導員たちの前での演奏はテストをパスするためでもあるし怠惰じゃないことを証明しなくちゃだから今は種が土の中に潜んでいるような時春が訪れなかったことはないエリオットが書いたように残酷な月かも知れないけれど

 ブーレアポジャトゥーラ弦鳴りの響き


『ロクス・ソルス』という同人小説サークルで活動しています。それから、ジャズピアノの演奏活動をしています。気が向くと絵を描いたりします。
amazon