イシュマエル・ノヴォーク

コロナの時代の愛

第1話: たんぽぽコーヒーを飲みながら

イシュマエル・ノヴォーク書いた人: イシュマエル・ノヴォーク, 投稿日時: 2020.12.05

 庭に生えたたんぽぽの根を塗装が剥げて赤錆がこびりついたシャベルで掘り起こしたチャーネットは、たんぽぽの根を折ってアルミのカゴにいれた。水道の蛇口を捻り、ホースの先から水が滴り落ちる。土を落としたチャーネットはカゴを振って水を落とし、裏口から台所に向かった。台所では平べったい耐熱皿の上に敷き詰めるように根を置き、電子レンジの中にいれる。耐熱皿が回り出しチリチリという耳障りな音が台所に響く。
 電子レンジが停止すると、厚手の手袋をはめたチャーネットは湯気が立ち上る耐熱皿をとり出して口が開いたフードプロセッサーに根を放り込む。けたたましい音。あっという間に根が茶褐色の粉末に変わる。棚からとり出したドリッパーと紙フィルターをセットし、計量スプーンで粉をいれる。赤いカップに注いだ水を電気ケトルに移してスイッチを押す。一分ほど経つとスイッチが切れ、紙フィルターにお湯を注ぐ。

 チャーネットはたんぽぽコーヒーを居間で飲んでいる。壁にかけれらた薄型テレビ、CNNニュースが大統領選挙の行方について熱心に語っている。
 COVID、人種差別、経済格差、社会保険、銃乱射、襲撃されるブティック。
 チャーネットはゴミ箱の中で丸められた投票用紙をうんざりした顔で見る。居間のドアが開き、妹の孫娘のポーリーンがやってきた。眉を顰めたチャーネットが
「ノックぐらいしたらどうだ?」
 スリムジーンズにTシャツ姿のポーリーンが「したわよ。返事がなかったからね」
「庭にいたんだ」
 ポーリーンは下唇を突き出し「またそれ飲んでいるの? 美味しくないじゃない」
「南米やアフリカの子どもが学校も行けずに朝から晩まで摘んだものを美味いと言うことが正しいことだと言うのか?」
「もしかして、南米人とアフリカ人は皆、貧乏だって思っている? そんなことないわ」
「たんぽぽコーヒーは身体にいい。それを証拠に八九歳のわしは今でも元気だ。一九世紀『ニューヨーク・アルビオン』にたんぽぽコーヒーの記事を世界で初めて書いたのはわしらの先祖だ。誇りだよ」
「そう?」
 チャーネットが満足気にうなずくと、ポーリーンはゴミ箱に丸められた投票用紙を見る。
「この国には関心がない?」
「七〇年前、わしはインチョン上陸作戦に参加した」
「そうじゃなくて、今の話」
 皺の寄った手を見たチャーネットが「もう十分だ。自分の行く末も知れているんだからな」
「相変わらず、今も危機よ」
「社会主義者が世界を乗っ取ろうとしているか?」
「戦争はしていないけれど、沢山、人が亡くなっている」
「人が死ぬのは自然なことだ」
「チャーネットは不自然?」
「自分自身、こんなに生きるとは思ってもいなかった。揚陸艦から降りた途端に吹き飛ばされていても不思議じゃなかったし、除隊後に消防士の仕事に就いた後も崩れた屋根や壁に下敷きにされかけたことは一度や二度じゃない。それなのに、今もこうして生きている。不思議で仕方がない。そういう意味では、わしは不自然だ」
「不自然だから家庭を持たなかったの?」
「単に忙しかっただけだ」
「一人でいて寂しいとか、孤独を感じない?」
 たんぽぽコーヒーを飲み干したチャーネットが「孤独とは言い換えれば自由なんだ」
「代償じゃなくて?」
 チャーネットが深々と頷いた。肯定とも否定とも言えない首を上下に振っただけの、ある種の生理現象のようなものとして。ポーリーンが言う。
「時代は変わっていくのね。そういえば、知っている? 弁護士のモフェットさんが亡くなったんですって。この町で最初のアフロ・アメリカンの弁護士。誇りね」
「わしはアイルランド・アメリカンの元消防士というわけだ」
「そうね。モフェットさんのことは知っている?」
「あぁ」
 チャーネットは空になったカップを覗き込み「よく知っているよ」


『ロクス・ソルス』という同人小説サークルで活動しています。それから、ジャズピアノの演奏活動をしています。気が向くと絵を描いたりします。
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