イシュマエル・ノヴォーク

ペリフェラル・ボディーズ

第8話: 二つの部分と五つのハプニング

書いた人: イシュマエル・ノヴォーク, 投稿日時: 2020.11.28

 水曜の晩居間でラスターが砂糖入りコーヒーを飲んでいるとルームメイトのワシリーが部屋から出てきたワシリーはスポーツ用ジャージを着ており作業に没頭していたのか汗ばんだ臭いが漂っていたワシリーは椅子に深々と腰掛け
金曜の夜なんだが予定はあるか?
ないよ
仕事に追われているってわけだ
やらなくちゃいけないことがあるんだだから予定は入れていない
気晴らしになるような話があるんだが聞くか?
聞くだけなら
金曜の夜にダウンタウンのクラブでDJをするんだが用事が出来たから穴埋めが必要になったんだ
へぇそれで?
穴埋めを頼みたいんだ
クラブDJなんてやったことないよ
簡単な仕事だ
みんなが踊るのをうまく演出するなんてぼくには向いていないよなんせぼく自身が踊ったりしないんだから
踊らないにせよお前はいいトラックを作るこの前アップした曲だって中々のヒット数だ
ぼくは君みたいにレーベルと契約しているわけじゃない
そう言うなこのままやっていればきっと誰かの目に留まる大目玉だ
だといいけれど
見聞を広めようとは思わないか? 図書館と部屋の中を行ったり来たりするのも十分冒険だろうがそれ以外の世界もあるんだ
どういうチョイスをすればいいの?
感じたままにやればいい難しいならおれが使っている音源を渡すよBPMだけ整えればいい
うまくできるかわからないけれどやってみるよ
 口笛を一吹きしたワシリーがその意気だ

 金曜日の夕方リュックサックにノートパソコンを詰め込んだラスターがクラブに着くと死人のように色の白い痩せた男がフラフラと近づいてきた男の視線は始終落ち着かず会話も要領を得なかったが男がクラブのマネージャーだということはわかったのでラスターはノートパソコンを変換ジャック自前の小さなミキサーに繋げてパソコンを起動させたワシリーから渡された音源をひとしきり確認し終えると瓶入りのコーラを注文した男がよろめきながらラスターにコーラを渡した

 客たちが姿を見せ始めるとラスターはエンターキーを押した他にやることもないのでラスターはDJブースから客たちを眺めるオビオイドを中心に合成された違法カクテルで陶酔しきった者たちの旋回刺青の隙間を埋めるような引っ掻き傷締まりのない笑い声単調なビートが繰り返されるだけの退屈な音楽ラスターは欠伸を噛み殺してコーラを飲む
 ジョン・ケージあるいはフルクサス的なハプニングが引き起こされるドアが開き制服警官たちが雪崩込んでくる地面に刻まれるステップ陶酔しきって床に寝転がっていた何人かが下敷きになり意識の半分が現実に戻された者は恐慌状態になりながら壁に激突した抽象と具象の中間に迷い込んだ晩年のジャクソン・ポロックのような人影血の筋が壁に押し付けられる
 ラスターが呆気にとられているとソファを飛び越えてブースにやってきた警官が皮棍棒を振りながら音を止めろと言ったラスターはエンターキーを押して音楽を止めた警官が
さぁ来いジャンキーどもめ
 手錠を後ろ手にかけられ警官に首根っこを掴まれたラスターがクラブを出るとパトロールカーに押し込まれたラスターは運転席と後部座席を分かつ頑丈な金網に指で触れる

 繋がれたままの無線が通りの名前や起こったばかりの事件犯人の特徴を告げる通りでは顔を白く塗ったパントマイム芸人が見えない壁に手で触れ驚いた顔をする一瞬の無言劇を見たラスターが笑うとハンドルを握る警官が舌打ちした

 留置場に連れて行かれたラスターは金属製のベッドに腰掛けた丸まった毛布からはネズミの死骸のような臭いがした目を瞑り記憶の断片が手繰られコラージュされる

 心配そうな顔の母親がテーブルに頬杖をついている神妙な面持ちの兄たちが黙ってソファに腰掛けるか壁にもたれかかって何かを待っている呼び鈴が鳴ると二番目の兄が廊下を早足で歩いてドアを開ける音が聞こえた長兄のただいまという声が聞こえ立ち上がった母親と兄たちが玄関に向かうラスターは廊下の先からその様子を見ている唇が切れ目の下が紫色に変色した長兄が母親と抱き合う長兄が初めて逮捕され釈放されて帰って来た夜の記憶

 翌朝になって指紋と写真をとられたラスターは警察署から追い出された石階段を下りながらノートパソコンとリュックサックの行方について考えるが絶望的な状況であることは手にとるようにわかった階段を下りると駐車禁止の標識に寄りかかりながら手を振るワシリーの姿が見えたワシリーは片手にラスターのリュックサックを持っていたラスターは小走りで近付くとワシリーが
善良な市民が落とし物を届けにきたぜ
警察が来ることを知っていた?
知っているか知らないかだけを答えるのならイエスその前に言っておくおれはドラッグをやっていないし売ったことも勧めたこともない
だから? 君はこうなると知っていてぼくを行かせた裏切りだよ
カッカするなまずは落ち着けブリトーでも食うか?
そういう気分じゃない 
そうだなおれもそういう気分じゃない
ワシリー君はぼくを裏切った
裏切ったわけじゃないお前を信用したからだ
どういうこと?
お前は真っ白だあぁ人種ジョークを言いたかったんじゃない犯罪歴がないって意味だぞ
ワシリーは?
そんなものあるか今も昔もこれからもドラッグも人殺しもレイプもやらない
じゃあどうして?
 ワシリーは声を詰まらせ髪の毛を掻くそれから鼻の頭を撫で
誰にも言わないでくれよ?
うん
おれの親父はシカゴじゃあ有名なヤクザ者だ兄貴も姉貴も弟も飼い犬のヴォイテクまで家業に首まで浸かっているおれは兄貴みたいに死体の指を全部切り落として冷蔵庫に詰めたらどこだかに埋める仕事をするのが嫌でニューヨークに来たお前は知らないだろうがヤクザ者っていうのはうまく商売するために警官と仲が良いんだ何もしていなくてもおれが捕まったなんて噂がシカゴまで風に乗っていったりすれば連れ戻されるそうすれば今度こそ同じ道を行くことになるだから絶対に親父に居場所を知られたくない
ぼくの兄さんたちはイングルウッドでストリートをやっているよ
 ワシリーは微動だにせずラスターを見たそして大きく息を吐き両手を広げてラスターの肩を抱いた
ようやく合点がいった
どういう意味?
なんでお前に親近感が湧いたのかって話だよネットの知り合いとルームシェアするなんてガラじゃないのにな自分自身ずっと不思議に思っていたんだ
不思議?
お前はイングルウッドのアフロアメリカンでおれはシカゴのイワン似たような境遇だったってわけだお互い家族とか土地とかに心底ウンザリしている
別に家族は嫌いじゃないよ
そうか? ならなんでここにいる?
遠くに行きたかったんだ
おれもそうさ腕っぷしとかずる賢さとかじゃない自分の力で生きていきたいと思っている
 ワシリーからリュックサックを受け取ったラスターがリュックサックを背負うワシリーが言う
長々とお喋りしたらハラが減ったなブリトーでも食うか?
うん
 牛革ジャケットのポケットに手を突っ込んだワシリーが
奢らせてくれよそれぐらいはいいだろ?
お願いするよ帰ったら続きをやらなきゃ
その前に寝たほうがいい
ちょっとだけでもいい進めたいんだ
強情だな筋金入りだ
もうクラブDJは引き受けたくないなこりごりだぼくには向いてないし
 二人は交差点を横切り屋台に向かって歩いて行く


『ロクス・ソルス』という同人小説サークルで活動しています。それから、ジャズピアノの演奏活動をしています。気が向くと絵を描いたりします。
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