イシュマエル・ノヴォーク

イシュマエル・ノヴォーク短編集

第8話: ウィークエンド

イシュマエル・ノヴォーク書いた人: イシュマエル・ノヴォーク, 投稿日時: 2020.11.21

 ハーグレープ通り沿いのメソジスト派教会で行われた禁酒会は二〇時に終わった。円を描くように置かれた椅子から立ち上がったジャコビは会員たちに愛嬌を振りまきながら外に出て、セフィーロに乗り込んだ。
 ジャコビはイングルウッド・パーク墓地を通り過ぎてマクドナルドで食事をした。ウェンディーズの看板そっくりの店員にケチャップを断り、かわりにビニール入りのマスタードを二つ頼む。
 店内を流れるフランス訛りのザディコ。レコード針のノイズとビートはビートボックスで生み出されて合成されたもので、四拍目のウラには一オクターヴ上げたコウモリの金切り声のように変調したトライアングルが打ち鳴らされる。
 ジャコビは食品工場で正方形に刻まれた、ケイジャンならば三位一体の一つであるオニオンを舌ですり潰し、薄い口当たりのコーヒーで流し込む。

 セフィーロをバンネスまで走らせ、路上駐車をするとチーチ・エルナンデスのバーに入った。手始めにビールを、二杯目以降はメスカル。顔なじみのウルピオ・エステベスの隣に腰掛け口を開く。
「ウルピオ、調子はどうだい?」
「調子はまずまずだが、景気は悪いな」
「仕事を辞めたのかい? それならコックをやるといい。お前の料理が上手いのは有名なんだし」
「誰から聞いた?」
「ルベーンだよ。今日は姿が見えないけどな」
 広い肩を上下に竦めたウルピオが「忙しいんだろうよ」
「中古車が飛ぶように売れているのかい? 羨ましい限りだ」
「いいや、孫の世話だ。倅がムショに行ったから代わりをしている」
「ルベーンが? そんなことする柄だったか?」
「人は変わる。大抵は悪くなるばかりだが、必ずしもそういうわけじゃない」
 ジャコビはヘラヘラ笑いながらデヴィッド・ボウイのように
「か、か、か、変わるんだ」と口ずさんだ。

 日付が変わる頃、有り金をすべて置いたジャコビは自動車をそのままにして徒歩で帰った。ぼんやり灯るオレンジ色の外灯が笑っていた。

 薄暗い朝、トイレで目を覚ましたジャコビは強張った身体を震わせ、喉に手を突っ込んで胃をカラにした。黄ばんだ胃液と酒の滓。僅かに混ざる血は渦となり、深淵のように大仰に振舞いながら仄暗い穴の中に消えていく。ジャコビは糸を引く吐瀉物を手で拭いながらトイレから出ると、その足でバンネスまで歩き出す。

 バンネス。店の前では片づけを終えたエルナンデスがセフィーロの前で腕組している。エルナンデスが
「飲酒運転しないのは見上げたもんだが、わざわざ店の前に置いておく必要があるのか?」
 ジャコビは頭を掻きながら「悪い」と言った。エルナンデスが溜息をついて
「禁酒会に通っているんだろう? それなのに、どうして毎週ウチに来るんだ?」
 ジャコビはセフィーロの鍵穴に鍵を挿し「月曜から金曜までは飲んでない」
「禁酒はそういうもんじゃない」
 ドアを開けて運転席に乗り込んだジャコビが
「素面で生きられる奴なんていないよ」


『ロクス・ソルス』という同人小説サークルで活動しています。それから、ジャズピアノの演奏活動をしています。気が向くと絵を描いたりします。
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