D.I.Y.出版日誌

連載第293回: 手紙

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2020.
11.10Tue

手紙

ハリウッド版ゴジラ本多猪四郎の 1954 年版と日本文化に対する敬意が感じられて同時期に日本人が撮ったものより好ましく感じられました (「文化の盗用との批判を封じるためかと思います)。 福島で起きたことへの視点が日本人の撮ったほうが明確によその土地で起きたこととして描かれていたたしか台詞にもその旨の言及がありましたのに対して遠く離れた土地に暮らす米国人の撮ったもののほうがわたしたちの問題として感じられたのは奇妙なことです冷戦の終結に関して芸術が果たした役割についてよく考えます自由な言葉が禁じられた世界でヴァーツラフ・ハヴェルはこっそり所有していたヴェルヴェット・アンダーグラウンドのレコードを仲間と聴いていたそうです彼らはルー・リードの詩集を地下出版サミズダートしてまわし読みしていましたそこに書かれていることは彼らを勇気づけました。 『巨匠とマルガリータもそのように読まれた本ですわたしはそうしたものの力を信じていますそれを宗教的な心情と呼ぶこともできるでしょうあらゆる食品が毒物に汚染されているとか手をかざすと健康になるとかいったことを信じている方々がいますそれは制度としての宗教ですが一方でそうした枠組を疑う力としての宗教もありますイエスがやったのもそのようなことだったと考えております売春婦やハンセン病患者とつきあうのは当時としては相当に反抗的だったのではないでしょうか。 「ロックは死んだのような物言いはレニー・クラヴィッツの時代から大きらいでしたなんの意味もない慣用句だと思います日本の出版においてジャンルとしての SF が死滅したというのはそれとは異なります90 年代後半のある時期文字通り出版されなくなったのですそしてそのことにオウムや震災といった時代的なものは影響しています数年前にバズった中川いさみの漫画にもそれで仕事が減った旨の言及がありました)。 わたしが編集者たちにいわれたことは単に下手くそな原稿を断るのに都合がよかっただけなのでしょうが⋯⋯その後 SF ジャンルはライトノベルやゲーム・アニメの延長上として再び出版されるようになりましたかつて SF は正しいとされているものを異なった視点から捉えなおす装置でしたいまは別な視点を排除し、 「正しいとされているものを強化するだけに感じられますかつてわたしとともにあった言葉はそこにはありません出版社を経ない出版を選んだのはそれが大きな理由です2001 年 9 月以降わたしはずっとテロリズムについて書いています直接に言及したのはピンチョンの影響を強く受けたPの刺激ですモスクワ劇場占拠事件やベスラン学校占拠事件にもおなじことを感じそのことは悪魔とドライヴぼっちの帝国に書きました。 『逆さの月を書いていたときは Oddisee の You Grew Up をくりかえし聴いていました貧しい白人と裕福な黒人の親友どうしが成長するにつれて分断される話ですこうしたことは日本でも身近に起きています偏在していて見えにくいだけです米国の分断もひとごとではありませんかつて高学歴の若者がオウムに吸い寄せられたのもそのようなことだったのかもしれませんがいまはもっと相互のかかわりが断たればらばらに偏在しているようです生還を前提としない自爆テロは日本人が世界に広めました車で通行者へ突っ込むテロはわたしの街から世界へ広がりましたアニメ制作会社への放火テロは氷河期世代の自称作家志望者が犯人でしたガソリンはどこでも買えますしそれはアシッドアタックでもおなじですこうしたことについてずっと考えていますおなじ状況に追い詰められても暴力に引き寄せられないひともいますむしろそのほうが多いはずですまともな人間はそんなことをしません自己愛や対人コントロール欲求の強すぎる人間が自己肯定感とのつりあいをとるためにそのようなことをするのではないかそうした自己愛が他者によって与えられた枠組を都合よく必要とするのではないか社会病質であるわたしの父にとってその枠組とは教育でした)。 現時点ではそのように考えております神はほんとうにひとりであることの拠り所ともなりますし十字架にかかったときイエスはほんとうにひとりでした)、 ひとりになるだけの強さを持たぬひとにとっては安易で虫のいい正当化にも使われます。 『銀河鉄道の夜の初期稿に描かれる緑色の切符は、 「どこまでもひとりで歩けるという意味で前者のように思えますがジョバンニ=ヨハネは作家と活版工の守護聖人です)、 賢治が信仰していた宗教が侵略戦争に与えた影響を思うとどうもそう簡単にはいいきれぬような複雑な気持になります


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。