うへ

大人って歯も上手く磨けない

連載第42回: 心配停止

うへ書いた人: うへ, 投稿日時: 2020.10.27

 新しい職場で、Nという年下の先輩さんがおられまして、初対面からなぜかわかりませんけれども、彼に対してあまりよろしくない印象を受けておりました。私と致しましても、それが何故なにゆえなのか判然とせず、身勝手極まりない理由(理由がないという理由)から、苦手意識が芽生え、それを育もうと致しておりました。
 たしかにはじめて彼に相対したとき、その声音からどこか威圧的な印象をぼんやりと受け、「おそらく私は彼に気に入られていないようだ」と心のどこかで案じ、省み、己というものを恥じました。私の体躯や相貌、声音といった要素。たしかに嫌われても仕方がない部分を宿していることは否定できません。
 上司にも学習環境にも恵まれ、幸先の良いスタートを切れたかに思えた転職先の新しい職場は、バラ色から一転、冬の枯れ木のような風景に変わり果ててしまいました……。
 しかし初対面でまだ二言三言交わしただけの間柄で、私という人間を推し量り、その嫌悪を隠しもせず表に出すというのはいかがなものでしょうか。私は自分の席に戻るなり、そうした怒りが沸々と込み上げて来るのを感じました。
 思えば彼が外斜視気味であったことが、私に若干の動揺を誘ったことは否めず、それがもしかすると、私の声音に微細な調子の狂いを生じさせ、それが彼の耳に届くやいなや、気分を害してしまったのかもしれないという考えに至りました。しかし私の脳はこうした条件反射的習性を瞬時に矯正できるほど、高性能には作られておらず、習慣という環境でせっせせっせと時間をかけて育まれて初めて人前に出ても恥ずかしくないくらいの習性を会得できるのです。つまり私にとって斜視の知人・友人の類は初めてであり、その焦点の合わぬ目に向かって必死に目を合わせて話すことは、私にとって困難を覚えることでした。一つ勘違いしていただきたくないのですが、なにもこれは悪意の発露でも、まして差別的な考えを述べているわけでもありません。私は「そう思ってしまう」というだけの話なのです。それを「斜視を馬鹿にしている」「なんて不遜なやつだ」と思われたのなら、安心してください。あなたの脳は正常なのですから。

 さて、話をもとに戻しますと、そうしたわけで私は彼にあまり好感を持たれていないことに対して不快なイメージを抱き、苦手意識を育もうとしていたのでした。なぜなのでしょう。昔の職場で兄貴のように慕っていた、歳が二十も離れた先輩に似た相貌と声を持つ直属の上司は、とても現場目線と言いますか、最初から対等に接してくれている感じをひしひしと感じましたし、歌舞伎俳優の市川海老蔵似のダンディーな上司やフィギュアスケートの小塚孝彦似の爽やかな上司、そしていかにも事務職然とした女性事務員もみな自然体で優しく接してくれるのでした。なのになぜ……。

 それは突然のことでした。あれから数日が過ぎた頃、N先輩が仕事のことで常務に熱心に説明をしているときでした。そのとき私の脳天はいかづちに貫かれ、あるひとつの重大な真実に気付かされたのです。そう、私が彼を嫌悪していた理由。それは昔の職場に居た、あのお調子者の後輩の影のせいなのでした。N先輩の声は、あの後輩の声と瓜二つで、そう気が付いて聞けば聞くほどそれは遺伝子レベルで声帯が似通っているのではないかと思わせるほど酷似していました。
 結論、私はおそらくN先輩の声を聞いたその瞬間から、無意識下で昔のあの厭な後輩の態度を想起し、それに対しての嫌悪が私の与り知らぬところで働いていたのだという推論にたどり着いたのです。
 思い返すと私が今回最初から好印象を抱いていた相手も、昔の知り合いであったりテレビで見覚えがあったりして、ある意味での顔馴染みであり、己の初っ端の態度からして好感度MAXで接するがゆえに、相手もそれ相応の態度を取っていたというだけの話だったのかもしれません。
 人の心はわからない。それは自分の心とて例外ではないのです。
 帰り際にN先輩が声をかけてくださって話をした折には、彼の声に不快なものは露ほども感じず、「明日詳しく教えますね」と言いおいて、先に職場を後にされたのでございました。


趣味でしかものを書いたことのない、名無しの素人エッセイスト(自称)。 この度、どういうわけか当サイト「人格OverDrive」の主宰者である杜 昌彦氏に「掲載してみませんか」とお誘いいただき、こちらに寄稿することに。 29年間、苦しそうなこと、辛そうなことから逃亡している人生。 寄稿するジャンルは妄想エッセイ。虚実交えた物語を書いていきたいと思います。
amazon