イシュマエル・ノヴォーク

イシュマエル・ノヴォーク短編集

第6話: ビートボックス

イシュマエル・ノヴォーク書いた人: イシュマエル・ノヴォーク, 投稿日時: 2020.10.24

 ラスターは五人兄弟の末っ子で、家族全員から可愛がられた。彼は兄弟の中で唯一、まともに学校に通った。なぜなら、兄たちが毎日、口を揃えるように
「おれみたいになるな」と言い続けたから。兄たちがストリートで有名だったことから、ラスターは学校でいじめに遭うこともなかった。
 公営住宅の狭い部屋では兄たちが日課のように過激な言葉をぶつけ合ったりしたものの、ラスターが同じような言葉を遣うことは許さなかった。
 イングルウッドという土地の中で、ラスター・ライカーガスほど温和な少年時代を送った者はそう多くないだろう。それでも彼の心の中にはイングルウッドを抜け出したいという感情が生まれ、その感情は日毎、大きなものになっていった。

 ラスターはリュックサックにノートパソコンとヘッドフォンを入れ、パイオニア製MIDIコントローラーを小脇に抱えると、母親と、兄たちが母親の産道を通った順にハグをした。ラスターが感謝と愛を伝えると母親が涙を流した。ラスターは先週買ったばかりのスポーツシューズを履き、家を出た。
前庭に置かれたテーブル、クリーム色をした公営住宅、鉄格子が設置された窓ガラス。

 後ろからクラクションが鳴らされ、ラスターが振り返ると苔色をしたシボレー・カプリスが停まっていた。自動車の窓ガラスの隙間からルベーン・カンポスが顔を出し
「空港まで乗せて行ってやる」
 ラスターは迷ったが、結局、カンポスの自動車に乗り込んだ。
 自動車の中には子ども用のゴム人形やミニカーが沢山置かれている。ラスターが
「これ、誰の?」
 首を鳴らしたカンポスが「孫のだよ」
「お爺ちゃんになったんだ」
 カンポスは前を見たまま「そう……道理で老いぼれちまったわけだ」

 フリーウェイに乗り、カプリスが速度を一定に保つ。等間隔の自動車、景色がゆっくりと色を変えていく。

 口を開いたカンポスは自身の家族について語り出す。生まれたばかりの孫について、終身刑が言い渡された息子のマルティン、中古車市場の不景気について。眠気を感じたラスターが目を擦ると「その機械は何に使うんだ?」というカンポスの声。ラスターが話し始め、カンポスは黙ってうなずく。
 ラスターがMIDIコントローラーの説明を終えると、カンポスが
「向こうの家はどうなっているんだ?」
「ワシリーとルームシェアするんだ」
「ワシリー?」
「うん。ワシリー・スタフスキー」
「ロシアン・マフィアか?」
「ロシア系が皆、ギャングっていうわけじゃないよ」
「そうか? おれの知っているロシア人は皆、やくざ者だ。おまけに飲んだくれ」
「偏見だよ。ワシリーはそういう人じゃない」
「そうか? ならいいんだが、それでも、そのロシア野郎がお前に何かしたらすぐに言えよ? 目にモノを見せてやる」
「ワシリーはそういう人じゃないから安心してよ。ぼくと同じトラックメイカーなんだ」
「クスリを製造するのか? 昔、耕運機を改造してドラッグ製造機にした奴がいたんだ。そいつとはムショで会った。本当の話だ。お前の親父……ミルマーも一緒だったし、ウルピオに聞いてもいい」
「嘘だなんて思わないよ。ウルピオは元気にしている?」
「あぁ、一昨日も会ったが相変わらずだった。今日もマトリョーシカみたいなピンを拾っているだろうさ。結局、変わるものなんてないのかもな」
 空港に着くとラスターはMIDIコントローラーを小脇に抱えてドアを開けた。
「金は? チケットは忘れていないか? スられたりしたら、目も当てられないぞ」とカンポス。
「大丈夫だよ」
「大体、服も持たずに、ピクニックだってもう少し荷物があるのに」
「ルベーン、ぼくは大丈夫。一人前って言うにはまだまだかも知れないけれど、なんとかする」
 ラスターが「ありがとう。身体に気を付けて」と言ってドアを閉めようとするとカンポスが
「おれが……」
 ドアが閉まる。カンポスは小さくなっていくラスターの後ろ姿を見つめながら
「ミルマーを殺したんだ……おれがお前の親父なんだ」


『ロクス・ソルス』という同人小説サークルで活動しています。それから、ジャズピアノの演奏活動をしています。気が向くと絵を描いたりします。
amazon